第四十八話 親友
「ジャジャーン、この子が私の親友である!」
棺達が言われた病室に入って早々に、レイヴがベッドに座った十二、十三歳くらいの少女の肩に手を置きながら言った。
「は、はじめまして…名残と言います」
弱々しく、腰が低そうに少女が頭を下げて言う。
「はぁ、どうも………神無棺です」
「…銘式濁里…です」
それにつられて思わず似合わない敬語を使う二人。
「何を呆けた顔をしているのであるか?」
「いや、お前の親友って言ったからさ、てっきり……なぁ?」
「ああ、お前みたいなのがもう一人いるのかと思っていたのさ」
棺と濁里が曖昧な表情を浮かべて言う。
二人共、レイヴには振り回されているので、親友と言うからにはレイヴに振り回されないような我の強い人間を思い浮かべていたのだった。
だが、名残はどう見ても振り回されるタイプだ。
「ちょっと、二人共レイヴさんに失礼ですよ!」
隣で椅子に座っていた衣が二人に言う。
「…衣、いたんだ」
「最初からいましたよ! なんか最近、私の扱いが雑じゃないですか!」
驚いたような棺の言葉に衣が叫ぶ。
どうやら、前の騒動の時に蚊帳の外だったことを未だに引き摺っているようだ。
「ハイハーイ! 続いて質問タイムである! 質問がある人は挙手!」
「レイヴ、お前はお前でマイペースだな…いや、何でもないさ」
手を叩きながら言うレイヴに呆れながら濁里が言う。
「は、はい、質問です!」
「ってお前がするのかよ! 普通オレ達が質問する方じゃね?」
何故か質問される側なのに挙手をする名残。
「はい、名残!」
棺はスルーして名残に声をかけるレイヴ。
「えーと、神無棺さん…でしたよね?」
「しかもオレかよ…」
「ひっ、ごめんなさい…」
質問をしようと棺を見た名残が、棺の言葉に怯える。
周りが奇特すぎて薄れて見えるが、棺も赤髪に赤い瞳に赤い服など、割と奇特な外見をしている。
棺は普通に答えたつもりだったが、それが怖かったのだろう。
「謝るなよ、別に怒ってる訳じゃねえから」
「ごめんなさい…」
「………」
(………やり辛い)
周りにはいなかったタイプの相手に棺は困惑してしまっていた。
これでも自分では子供好きだと思っている棺だが、怯えられてはどうしようもなかった。
「棺、名残を泣かせたら、後悔するような目に遭わせるであるよ」
「…お前が怒ってるところをオレは初めて見たぜ」
殺意の込められた目をレイヴに向けられて棺は冷や汗を流す。
レイヴは相当親友思いな性格らしい。
そして、名残を泣かせたら棺はとんでもない目に遭わせられそうだ。
「やれやれ…」
何でこんなにもいつも通りなのか。
レイヴは人間じゃない。
それだけの事実があったのに棺達は変わらなかった。
否、変わらなかった訳ではない。
変わらない関係など、ありはしない。
だが、レイヴが人間じゃないと言う事実によって棺達の関係が悪い方向に変わるとも限らない。
真実を打ち明けたことで、真実を打ち明けられたことで結果的に友情が深まる場合もあるのだ。
「…そういえば、江枕氏。今回の一件を上は割と重く見てるってこと、知ってました?」
仕事をしながら、ふと思い出したように祭月が言う。
「どういう意味だい? 君をここに残したことを言っているのかい?」
「違いますよ。まあ、元は様子見に私を配置する程度にしか最初は考えていなかったんだろうが、先程連絡が来ました」
事務仕事をする手を休めずに祭月が色雨に言う。
「…なんて?」
「どうも、例の反隙間の神の組織に力天使が全て殺されたらしいんです」
「なっ…」
事務的に言った祭月の言葉に色雨が絶句する。
力天使は隙間の神でも特に戦闘に特化した部隊だ。
逸谷に翻弄されたりしたこともあったが、戦闘訓練を積んだ者達である為に仮に撃退することが出来たとしても『一人も逃がさず、本部に連絡一つ取らせずに』全てを皆殺しにするなど不可能だ。
「奴らが再びこの町に現れる確率は高い…本部から、更に戦力が派遣されてくるらしいです」
祭月は疲れたようにため息をついた。
「反隙間の神組織、隙間の神の戦闘部隊、正体不明の青眼の聖痕使い…どうしてこの町にはこれ程聖痕使いが集うのでしょうね?」
「なあ、レイヴ。お前の正体が分かった上で聞きたいことがあるんだが…」
棺が前置きをしてからレイヴに言う。
今、二人は名残の病室から出て廊下にいる為、他の人間に聞かれることはない。
「…何であるか? 今更隠すことはないであるから、何でも答えるであるよ?」
レイヴが珍しくシリアスな顔で棺の方を向いた。
棺がそれを見てから口を開いた。
「お前って、実際は何歳なんだ?」
「んな!」
棺の素朴な疑問にレイヴは固まった。
「いや、外見は同い年ぐらいに見えるが、実際は五十年以上前から存在しているんだろ?」
「うっ!」
「いやいや、存在しているって言うなら、剣として製作されたのは更に前になる訳で…」
「うぐぐ…」
棺の言葉にレイヴが呻く。
言われたくないことだったのか、いつもと立場が逆転している。
それに気付いて段々と楽しくなってきた棺が更に調子に乗る。
「まあ、どのみちオレより年上な婆さんな訳だな」
「…メェエエエエエー!」
「痛ぇ!」
山羊のような悲鳴を上げてレイヴが棺を殴った。
「黙って聞いていれば女性に向かって歳だの、婆さんだの、失礼よ!」
「喋りながら殴るな!」
「棺は女心が一ミリも分かっていないわ!」
「つーか、いつのまにか口調が女口調になってるぞ」
「うるさいわよ! 割と本気で怒っているから覚悟するのである!」
「おい、もはやキャラが定まってないぞ」
棺のデリカシーの無さにキレて思わず女口調になったレイヴは、その後しばらく暴れ回った。
「あー、色雨の奴、病み上がりをこきつかいやがって…肩こった」
軽根間人が自分で肩を揉みながら道を歩いていた。
支部の仕事も一段落終わったので、今は休憩時間だ。
久しぶりに入院時代から仲の良かった少女、初和音実に会おうとこうして待ち合わせの場所に向かっていた。
ちなみに音実は中学生だが間人の婚約者だが、間人は断じてロリコンではない。
「………」
ようやく待ち合わせの場所の公園が見えてきた。
公園の中には人影がない。
いや、よく見ると中央の木の下に小さな人影が一つだけあった。
恐らく、音実だろう。
「しかし、誰もいない公園なんて危険だな。変態に連れさられるかもしれない」
間人が過保護なことを一人呟く。
案外、友人の色雨同様に、大切な者には過保護になる性格なのかもしれない。
「ん?」
考え事をしていて意識を逸らしていた為に間人は気付かなかったが、いつのまにか音実の隣に誰かいた。
なんと言うか、サンタクロースのような格好の男だ。
しかも、音実に話し掛けているようだが、音実が嫌がっているように見える。
「…オレの婚約者に手を出そうとするとは…いい度胸だな」
間人が静かに言うと、すぐに行動に移った。
間人の磁気浮上で公園の遊具が浮かび上がってその変態に向かっていく。
細かい操作は要らない、ただ浮かばせてぶつけるだけが間人の聖痕だ。
「うおっ! 遊具が浮かび上がった! 何々、UFOの襲来なのかって訳!」
サンタクロースに似た変態が言う。
「公園の遊具の一部に成りたくなったら、さっさと音実から離れろ」
「ちょ、ストップ! 君は聖痕使いな訳か?」
「はあ?」
「なら、オレと君はお仲間な訳よ。同じ聖痕使い同士仲良くしよう!」
サンタクロースに似た奇妙な男は間人にそう言った。