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スティグマ  作者: 髪槍夜昼
四章、聖遺物
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第四十五話 黒い癒し


「う、うわああああ!」


一人が悲鳴を上げた。


自分が感染しているかもしれないと言う不安に耐えきれなかったのか、誰かから伝染させられるかもしれないと言う疑心が生まれたのかは分からないが、それがきっかけだった。


「来るな! オレに近付くなよ! 殺すぞ!」


「あ、ああ、オレさっき死体に触れちまった…」


「死にたくない、死にたくない、死にたくない!」


傷口から入り込んだ病毒が全身を回るように、パニックは広がっていく。


力天使はまだ戦える人間が二十人以上存在したにも関わらず、誰も逸谷に武器を向けなかった。


否、向けれなかった。


現在、逸谷の言う感染者は逸谷の気まぐれで生きていることになる。


それが、自分かもしれない以上、誰も逸谷に逆らうことが出来ないのだ。


感染しているかどうかを区別する手段はない。


そもそも、錯乱している者達に近付いただけで、同士討ちに合うだろう。


「…くそっ」


人間の心理をついた上手い手だ…と色雨は思った。


解毒剤のない病毒を操ることで、死の恐怖から人間も操る。


もしかしたら、全てハッタリかもしれない。


なのに、その可能性を誰も信じられない。


人間誰しもネガティブな所が必ずある。


良い方に考えると同時に最悪の可能性を思い浮かべてしまうのだ。


棺とレイヴ、祭月などはパニックに陥っていないが、周囲の状況に動揺してしまっている。


「無様だなー。一応、プロだろうがー」


パニックに陥る者達を馬鹿にしたような目で見ながら逸谷は言う。


「さて、オレは人を殺すのに何の躊躇もしない殺人鬼だが、無価値な殺戮はボスに禁止されているんでな、とっとと仲間に入ってくれるなら命を助けても………って、うおっ!」


逸谷がレイヴの方を向きながら言いかけた時、いきなり何もない空間から刀が現れて、逸谷に独りでに斬りかかった。


慌てて逸谷はそれを後ろに下がり、回避する。


「…誰を敵とするか迷っていた。だが、お前が現れて迷いがなくなったさ!」


刀と甘酒を持った侍のような格好の男、銘式濁里メイシキ ニゴリが空間を通り抜けて現れた。


「おいおい! だーかーらーさー、後ろの連中がどうなっても…」


「悪いが、オレは隙間の神じゃないさ」


焦って言う逸谷にいつも通り冷静に言う濁里。


そして、逸谷を捕らえる為に刀のような聖痕装置を振るう。


「ちょ、丸腰の相手に刀を振り回すなよ!」


「感染すれば確実に死ぬ病毒を自在に操れるとは言っても、感染しなければ意味はないさ!」


そう言うと同時に濁里は刀の柄で逸谷を殴った。


頭を殴られ、ふらつきながら逸谷は後ろに倒れる。


「やったのか? 意外と肉弾戦は苦手とか?」


あっさりと倒れた逸谷に、それを見ていた棺が首を傾げた。


「濁里…」


「レイヴ。まあ、色々と言いたいことと聞きたいことはあるんだが…後回しさ」


倒れた逸谷に刀を突きつけながらレイヴの方を向いて濁里が言う。


「今すぐ病毒を解除しろ。殺人鬼とは言っても自分の命は惜しいだろ?」


「…確かに、これは死ぬかもなー。オレにはRPGの勇者みてえに秘められた力なんかねーし」


諦めたかのようにため息をつきながら逸谷は言う。


「お前には話してもらわねければならないことが沢山あるんだ、すぐに…」


「だがよー…」


逸谷が濁里の言葉を遮って言う。


首に突きつけられている刀を見る。


「殺人鬼にもプライドってやつがあるんだよ!」


そう叫ぶと、逸谷は突きつけられていた刀を素手で握り締めた。


「なっ…」


「ハハハッ! 殺人鬼が命を惜しむだと? 馬鹿言うなよ。『命が軽い』から殺人鬼なんてやってるんだろうがよー!」


聖痕装置とは言え、刀を直接握り締めたことで手から血を流しながらも逸谷は、笑う。


殺人を好まないと言い常人であろうとした部分が消え去るほどの、狂気的な笑みだった。


逸谷は刀を握り締めていない方の手で濁里の首を掴もうとする。


触れた瞬間に生死を逸谷に左右されてしまう毒手だ。


「くそっ!」


刀を手放し、濁里は自分の力を使い、逸谷から瞬時に離れた。


「ハハッ! おいおい忘れ物だぜー? オレにくれるのか? ハッ、いらねーよばーか」


刀を投げ捨てて狂ったように笑う逸谷。


「やべーよ。ボスの命令が全部どーでもよくなってきちまう! あー最近人殺してなかったからなー…あー人殺してー」


「レイヴ、あいつの聖痕を無効化できるか?」


「その前にパニックを……いや、病毒に犯された人質を解放しないと…」


棺はレイヴに聞くがレイヴは人質が気になり、戦うことが出来ない。


「さっさと終わらせて帰って頭冷やすかー…ハハッ!…ん?」


逸谷がそう笑った時、逸谷の視界に何かが映った。


「おいおい、今度はどちら様だよ。また助っ人ー?」


「その通りです! 助太刀に来ましたよ!」


逸谷の言葉に柔らかそうな栗色の髪をした低目の背の少女、江枕衣が答えた。


それを見て、色雨は驚き、棺はため息をつく。


「何でこの状況でお前が来るかな………待て、その後ろに立ってる奴…」


棺は衣に離れるように忠告しようとして、その後ろにいた黒づくめで目だけが青い男に気付いた。


「こんにちは、どうやら、めんどくさい状況になってるみたいだね」


「お前、何で衣と…」


「そんな威嚇するような目はやめてよ。せっかく僕が救ってあげようと思ってるのにさ…全く、怠惰を推奨する『ベルフェゴール』の名前に相応しくない、働きだよ」


困ったような顔でベルフェゴールが言う。


「はぁ?」


「今、胡散臭いと思ってるでしょ…見てろよ、僕の聖痕をさ」


棺を見ながらベルフェゴールが手を空に翳した。


瞬間、ゾワッと棺は全身に鳥肌が立つのを感じた。


ただ、寒気を感じただけではなく、息苦しさまで同時に感じた。


何をしようとしているのかは分からなかったが、それをやめさせようと棺が叫ぼうとした時、


「…ああ、ご心配なく。見た目がちょっとだけ有害だけど、身体には悪くない癒しの奇跡だから」


そうベルフェゴールが棺に言った。


言葉とほぼ同時に何か黒い物がベルフェゴールの手から噴き出し、錯乱している者達を包み込んだ。


光化学スモッグのような、有害で身体に悪そうな黒い煙霧だった。


癒し…とベルフェゴールは言ったが、素人でさえ触れるのを恐れるような有害なのが一目で分かる程に毒々しい煙霧だ。


「おい、お前!」


「だから、気持ちは分かるけど、アレは癒し。消毒水よりも身体に優しい、癒しの風さ」


棺の言葉にベルフェゴールはふざけた調子で言う。


「しかし、癒しと言うものは奇跡の象徴だが、それを極めると神への最大の冒涜になる。医学を極めて死者すら蘇らせ、神の怒りを受けて死んだ『アスクレーピオス』の話は有名だね」


癒しは救済だが、極めると神への冒涜になる。


不治の病は奇跡で救うことが神に許されても、死を免れることは許されない。


それ故に、ありとあらゆる奇跡を起こした救世主達は死んだ。


神の如き癒しを使い、死を拒絶することは神から最も忌諱される悪行なのだ。


だから、ベルフェゴールは救世主ではなく、悪魔と呼ばれる。


「…おいおい、マジで病菌が消えてるんだけどよー」


思わず、口を滑らしてしまう逸谷。


その目線の先は先程までパニックに陥っていた者達。


「ちなみに、病院の人質も既に癒してあるから」


逸谷を見てベルフェゴールが言う。


「旗色悪いな…撤退だ!」


「待て!」


そう言い逃げ出した逸谷を正気に戻った力天使が追いかけていった。


「深追いはしない。もう、彼には戦う力は残っていないでしょう?」


呆れたように呟きながらベルフェゴールが自分が救った者達に手を翳す。


瞬間、先程よりも更に禍々しい黒い煙霧がベルフェゴールの手から噴き出した。


棺はそれに再び寒気を感じたが、何も出来ない。


自分が救った者に向けることなどあり得ない程の害意を含んだ攻撃。


それは横から飛んできた、尖った金属片が腕に突き刺さったことで中断された。


「痛いなぁ…何するの?」


「お前こそ何をしようとしていた」


突き刺さった金属片を引き抜きながら言うベルフェゴールを軽根間人は敵意を込めた目で睨み付ける。


「救ったかと思えば、自分の手で壊そうとする…お前は誰の味方がしたい?」


「僕は誰の味方でもない。僕は平等だ。誰であろうと平等に救うし、平等に傷付ける」


ベルフェゴールは迷いなく言い切った。


それを見て、棺はレイヴの言っていた優先順位の話を思い出した。


どんな人間だろうと平等じゃない。


赤の他人より大切な者の方が大切なのは真理。


平等な人間と言うのは誰も特別な人間がいないと言うことになる。


それが、目の前いる人間なのか。


「まあいいや。こんな傷、唾でもつけていればすぐに治るし、今日はもう帰るとするよ」


ベルフェゴールがそう言って金属片が突き刺さっていた腕を振る。


だいぶ深かったその傷は、ほとんど治りかけていた。


「それじゃあね、神無月…じゃない、神無棺君」


最後に棺の方を向いてベルフェゴールは言うと、黒い煙霧に包まれて消えた。

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