第四十話 増援
「落河揺祇が襲われた?」
「そうだよ、昨日ね…あ、怪我の方は特に心配はいらない。無傷だ」
色雨に呼び出された翌日、再び呼び出された棺は驚きながら色雨に聞いた。
聖遺物を探していた落河揺祇が何者かに襲われたらしい…と。
「無傷?」
「ああ、今は寝ているけど一度意識も回復した。頭を殴られたはずなのに頭部に何の外傷もなかったことを不思議に思っていたよ」
昨日、気絶した揺祇が他の隙間の神に発見され、すぐに病院に運ばれた。
今日になってようやく意識を回復した揺祇は色雨に語ったのだ。
「襲ってきた相手は、古くさい奇妙な武器を扱っていたらしい」
「古くさい奇妙な武器…? まさか」
「聖遺物の可能性が高い。通常の聖痕じゃあり得ない『聖痕を無効化する力』を持っていたらしいからね」
揺祇に教えられた情報を棺にも伝える色雨。
「あからさまだな。聖痕使いを狩るのに嫌みなぐらい『向いた』力だ」
「ああ、恐らく、落河揺祇が聖痕使いだと知って狙ったのだろう…」
隙間の神だとも知って狙ったのかは不明だけど…と付け加えながら色雨は言う。
「…ところで、衣は何で呼ばれてねえんだ?」
ふと、既に来ていると思っていた少女の人影が支部に無いことに気づき、棺が色雨に聞く。
「今回の危険度は高い。衣は関わらせたくない」
「兄心と言うやつ?」
「言うなら、親心だよ」
棺の言った軽口に色雨はそう答えた。
「さて、本題はここからなんだ。襲撃者の特徴…と言うか名前なんだけど…」
歯切れの悪く色雨は言う。
棺に伝えるべきか、今になっても迷っているようだ。
「何だ、名前まで分かっているのか?」
それに気づかず、棺は色雨にそれを促す。
「……レイヴ・ロウンワードと名乗っていたそうだ」
色雨は静かに告げた。
名乗っていたなどと曖昧に濁したのは、衣からレイヴのことを聞いていたからだった。
「………はぁ?」
「最近、町が騒がしいな」
車椅子に座った男、軽根間人が呟いた。
見慣れた自身の病室には、やたらと世話を焼きたがる初和音実もおらず、間人一人だ。
「………」
最近、色々な事件がこの町で起こっている。
この病院での一件、由来達による一件、聖遺物による一件…
全てが特に犠牲者も出さずに解決したが、かつてこの町を守っていた間人は何を思っていただろう。
何も出来ない自分自身が悔しく、解決に乗り出していた者達が羨ましかったのでは無いだろうか…
その時、病室の扉が開く音がした。
音実がやって来たのかと、辛気臭い顔をやめて扉の方を向く間人。
「ハロー、負傷者。はじめまして」
そこに立っていたのは音実ではなかった。
ポンチョのような黒い服を着た、とにかく黒いことだけが特徴的過ぎて他の個性を塗り潰している男。
「誰かな?」
「聖痕使い」
間人の質問に簡潔に黒い男は答えた。
「隙間の神…では無さそうだね」
何となく、直感で間人は理解した。
この者は違法聖痕使い。
隙間の神の敵対者だと…
「そうだとしても君に糾弾は出来ない。一般人に逮捕権がないように、無力な非聖痕使いになった君にはそんな権利はない」
間人の心を抉るような言い方をする黒い男。
「君は今、ただの一般人…だけど、君の足が、弱り切った身体が、癒せれば再び戦えるかもしれないね」
「…何?」
地獄の亡者に手を差しのべるような口調で言われた言葉に間人が反応する。
「君が力を取り戻したいならだけどね」
「取り戻せるのか!」
「ああ、僕の力は『癒し』…ありとあらゆる神話の中で最も有名な奇跡だよ」
蜘蛛の糸を掴むカンダタのように、その言葉にすがり付こうとする間人を見て、黒い男は手を翳す。
不治の病に犯された病人を癒す救世主のように…
「お前は一体…」
うま過ぎる話に少し疑心が宿ったのか、間人が黒い男に聞く。
「名前は幾つもある。だから一番頻繁に名乗っている偽名を名乗るとするよ」
黒い男は笑いながら言う。
「『ベルフェゴール』……怠惰を推奨する悪魔の名前だよ」
そう言い、悪魔の名を持つ男は笑った。
悪魔は優しい。
試練や苦痛など与えない。
ただただ、尽くして、堕落する様を楽しむだけだ。
「レイヴ…」
支部から出て一人になり、棺は呟く。
普段からよく分からなく、謎が多い悪友の名を…
「何を考えてんだか、あいつは…」
ため息をつきながら棺が呆れたように言った。
しかし、それはまるで、いつものようにレイヴの悪戯に呆れている時のような声だった。
実際のところ、棺はレイヴが聖痕使いかもしれないだとか、レイヴが聖遺物を扱うだとか、そういうことはあまり深くは考えていなかった。
ようはレイヴがこのような行動に出た理由さえ分かれば棺は仮にレイヴが宇宙人だろうがどうでもよかったのだ。
この適当さが、棺の短所でもあり、長所でもある。
納得いく理由なら、悪友としてレイヴに協力をする。
納得いかない理由なら、悪友としてレイヴの邪魔をしてやる。
その二択だった。
「…さて、と」
棺は呟く。
「じゃあ、理由を話してみろよ。腐れ縁だ、場合によっては協力しないこともないぜ? レイヴ」
「………」
棺は目の前に現れたレイヴにいつものような調子で言った。
「どうもです江枕色雨殿。私は第五部隊『能天使』の令宮祭月と言います」
学者帽を被り、サングラスをかけた白髪の男が支部から出てきた色雨に言った。
その後ろには約三十人程の人間が並んで立っている。
「これは一体何事かな?」
事情が飲み込めない色雨が聞いた。
「後ろのは全員第四部隊『力天使』の方々ですよ。聖遺物の調査の為に派遣されて来たのですが…まあ、オーバーキル上等って感じだがな」
敬語に慣れていないのか、やや素の口調が混じりながら祭月は言う。
「ちなみに私は聖痕装置の開発が専門の非戦闘員ですが、後ろの方々の中には聖痕装置を愛用している者も多いんで、そのメンテナンス係って所だ…です」
「…なるほど」
怪しい敬語を聞き流しながら色雨が言う。
「では、まあ、これよりそちらの指揮下に入るんで、よろしくお願いします」
祭月は頭を下げながら色雨に言った。
おまけ
色「そういえば祭月君、階級は同じくらいで歳もそんなに変わらなそうなのに何で敬語なんだい?」
祭「いや、私は初対面とかまだ親しくない人間には敬語を使うようにしてるんですよ」
色「ふーん。あともう一つ気になってたんだけど、三十近い人間の聖痕装置のメンテナンスに一人で当たるのかい?」
祭「…それは聞かないで下さい。うちの部隊は人数が簡単に入れて、雑用がメインなんですけど、とにかくハードワークで…これくらいはいつものことだぜ」
色「そ、そうなのかい? 部隊ごとに違うようだね」
祭「ふ、ふふふ…」