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スティグマ  作者: 髪槍夜昼
四章、聖遺物
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第三十八話 指輪


「…まあ、そう身構えないでよ。何もしないから」


相変わらず少しも安心できない笑みを浮かべながら黒い男は棺に言う。


「………」


「そうだな…こういう話は知っている? とある男が王様になる話」


無言で睨む棺を気にせず、黒い男は話を続ける。


「その男は何の才能もない凡人だったけど、とあるアイテムを持っていた」


「アイテム?」


「付けることで自分の姿を消すことが出来る指輪さ、男の名はギュゲース。指輪はギュゲースの指輪と呼ばれた」


棺が反応したことに笑みを浮かべて黒い男は言った。


(姿を…まさか)


咄嗟に布津花が座っているベンチの方を向く。


「ま、実際は創作の中の話だよ。姿を消すことなんてできはしない。知ってる? 透明人間って光を取り込めないから目が見えないんだよ?」


「?」


「『似たような現象を引き起こす物』なら知っている…って言うか、それを探しに来たんだけど、中々見つからなくてね…聖遺物って言うんだけど、聞いたことない?」


(………まさかこいつ、布津花の存在には気づいているが、指輪には気づいてないのか?)


「ああ、聖遺物って言うのはキリストの遺物だとか、奇跡の力が込められた物だとか、そう言う神聖な感じのする古くさい物って解釈でいいから…」


「…聞いたことも見たことも無いな。骨董屋にでも行けばいいんじゃないか?」


「お、そのアイデアいただくよ。ありがとう。それじゃまたね…えーと」


「…神無棺だ」


「改めてそれじゃまたね、神無月君」


気さくにそう言うと、黒い男は名乗りもせずに去って行った。


「…神無月じゃねえよ」


棺がそう呟いたの時には、黒い男の姿は完全に見えなくなっていた。


「………」


「棺!」


不機嫌そうに黒い男が去っていった方を睨み付けていた棺は、丁度すれ違う感じでやって来た衣に話しかけられた。


「おお、何か久しぶりにあった気がするぜ」


「何を言ってるんですか…そんなことより、棺にも探してもらいたいものがあるんですよ」


「…話が読めねえんだけど…どういうことだ?」


「聖遺物…ああ、形はともかく、古くて神秘的な感じのするものを探してほしいんですよ」


先程の黒い男と同じような説明をする衣。


「お前らもか…まあ、なんにせよお前達に任せようと思っていたんだ、布津花」


そういうと棺は布津花に前に出るようなジェスチャーをする。


「…棺?」


「そこにいるんだよ、お前らが探している物を持った奴がな」


衣の前を指差しながら棺は言う。


と言っても棺も見えていない為になんとなく感じる気配で予想しているだけだ。


「棺、宗教にはまっちゃったんですか? それとも、とうとう頭が…」


「どちらも違うわ! つーかとうとうってなんだよ! 前兆か! 前兆が既に出ているのか!」


衣にかわいそうな人を見るような目で見られ、棺がキレて叫ぶ。


「ここにいるだろうが!」


「痛っ!」


ブンッと右腕を一振りし、布津花の(恐らく)背中を叩く棺。


「何で私を叩くんですか、先輩!」


「いや…つーか、触れるんだな」


自分の右腕を見て驚いた顔で棺は言う。


興奮して適当に手を振るっただけなのだろう。


「当たり前です! 先輩、私を幽霊か何かと勘違いしてませんか!」


「…誰もいないのに声が聞こえる」


憤慨する布津花の声に少し不気味そうに、衣が首を傾げる。


「だから、見えねえけど、いるんだよ。そこに、姿を消すアイテムとやらを持った奴がな」


「…姿を消す、そんな聖痕聞いたことありません…信じられない」


「目の前に現れてしまったからには信じるしかねえだろ…現れてはねえか」


矛盾してるようで、矛盾していないことを言う棺。


「そうですね…とりあえず支部に…と言いたいところですが、今は全員出払っているので」


困ったような顔で衣が棺に言う。


「全員総出か…聖遺物って言うのはそんなに危険な物なのか?」


「はい。私もただの一般隊士なので、今日初めて聞いたことなんですが、聖痕使いが世に誕生したことに関わる程の力を秘めているらしいのです」


「………」


「元々、隙間の神は秘匿よりも聖遺物の回収を目的に作られた組織だとも言われている程…だそうです」


(…なるほど、何故聖痕使いが日本にしか発生しないのか、何故隙間の神はそれを知っているのか、その理由が分かった気がする)


つまり、隙間の神は『その光景』を目撃した人間によって作られた組織だと言うことだ。


ある聖遺物が世界の常識を『作り替える』光景を見て危険な聖遺物の回収、聖痕の秘匿を目的に組織を作り上げた。


それがどれくらい前のことなのかは定かでは無いが、その後、長い間、隙間の神は聖痕を秘匿しながら、その原因である聖遺物も回収し続けてきたのだろう。


「聖遺物は純粋な奇跡を秘めた遺物。言わば奇跡と言う火薬を詰めた不発弾のような物。誤って『起爆』したら、どうなるか…」


どれ程の、どのような影響が出るのかは、聖遺物について詳しく知らない衣自身にも分からない。


しかし、神話の中では無数の人間を滅ぼしてきた奇跡の力だ。


人間の手によって指輪に加工されて多少は力が落ちたとしても…


「…とりあえず、色雨に連絡をしてくれ」


嫌なイメージばかり浮かぶ頭を振り、思考を止めて衣に言う棺。


「分かってますよ。すぐにその後、本部の方に…」


言いかけて衣は固まった。


この公園に先程まではいなかった人間が視界に入ったからだ。


高校生くらいの少女だ。


どちらかと言えば、大人しそうな雰囲気で、垂れ目が特徴的。


パンダのような愛嬌のある顔をしている少女。


「どうし…お前!」


急に言葉を止めた衣を不思議に思い、目線を辿った棺も驚く。


異変に気づいていないのは少女のみで、その少女は首を傾げ、


「あれ? どうしたんですかお二人とも。私の顔に何かついてますか?」


キョトンとした顔でそう言った。


「お前…布津花か?」


その声に聞き覚えがあった棺は問う。


「はい。と言うか、今更何を言って…」


「姿が…見えてる?」


「はい?」


思わず呟いた衣の声に首を傾げる布津花。


今までは棺達には見えていなかったが、表情豊かな少女のようだ。


「お前の姿が見えるようになっているんだよ!」


「え! 本当ですか! 自分じゃ全然分からないんですけど」


ようやくその事実に気づいた布津花が笑みを浮かべて言う。


今にも飛び跳ねそうなくらいに喜んでいる。


「………」


それとは反対に険しい顔をして黙り込む棺。


(何で急に姿が見えるようになったんだ? 奇跡の不発弾は電池式だったとでも言うのか?)


棺は布津花の姿が見えるようになった理由を考える。


布津花の方はそんな疑問よりも元に戻れた喜びの方が上らしく、未だにフリーズしている衣の手を取って振り回したりしている。


「…ん? 布津花、お前」


ふと、何かに気がついた棺が布津花に言う。


「何ですか? 先輩?」


ニコニコと笑いながら嬉しそうな声で布津花が棺の方を向く。


「『指輪はどうした?』」


棺は短く言った。


この騒動の原因。


支部の人間を総動員させた騒動の本元。


「それならここに…え?」


自分の指を見て布津花は固まった。


その指から指輪がなくなっていた。








「…当てが外れたなぁ」


全身黒で統一した、青い目の男は呟いた。


好物のコーヒーを飲みながらも眉を不機嫌そうにしかめたままだ。


「聖遺物、『ギュゲースの指輪』…欲深い人間が自身の悪事が誰の目にも映らぬように作り出した姿を消す指輪」


人通りの少ない裏路地で缶コーヒー片手に黒い男は言葉を続ける。


「その実態は聖遺物の欠片を埋め込んだ指輪。伝説の聖剣の中には柄に聖遺物の欠片を埋め込むことで完成する物もあるらしいけど、その模倣だ」


一人で話続ける黒い男の前には一つの人影があった。


黒い男の話を聞いていないかのようにずっと無言を貫いている。


「聖遺物、聖十字架の欠片を埋め込んだ指輪。正確には神とか、聖霊とかそういう『神聖な存在に一時的に変質する』こと…それがあの指輪の力」


神聖な存在は神聖な存在にしかその姿を見ることは出来ない。


神の姿が人には見えないように、


存在の『枠』が違うのだ。


(まあ、稀に声が聞こえる奴くらいはいるかもしれないけど…)


ふと、赤い髪に赤い目の少年を黒い男は思い出した。


「それで? 目当ての指輪を盗み出せたのなら、私に用はないはずだが?」


黒い男の前に立っていた人物が初めて口を開いた。


男のような乱暴な口調だったが、声の調子は女のようだった。


「盗人扱いは酷いなぁ、僕は彼女が古びた指輪が指から抜けなくて困っているようだったから、そっとそれを壊してあげただけさ」


両手をぶらぶらさせて何も盗んでいないことを主張する黒い男。


「………」


「そう驚くようなことじゃない。聖遺物を壊すのは簡単だ。不純物を混ぜてやればいい。純粋な物を作り出すより、不純な物を作り出す方がずっと簡単さ」


少しだけ時間がかかったけどね…と黒い男は自分を恥じて言った。


「…詳しいことは分からないが、その指輪を求めて、お前はこの町に来たのではないのか?」


「いや、そうじゃない。僕は聖遺物を手に入れる為にこの町にやって来た。指輪は要らない」


淡々と答える黒い男。


「…言いたいことが分からないが、その聖遺物とは、指輪のことだろう?」


首を傾げながら、女は黒い男に告げる。


聖遺物のことも、


指輪のことも、


黒い男の目的も、


何も知らないかのような反応だ。


「ねえ、いい加減とぼけるの飽きてこない? 『レイヴ・ロウンワード』」


静かに黒い男は女に向かって呟いた。


日本人ではあり得ない綺麗な銀髪に、学生服を来た服装。


黒い男と向かい合っていたのはレイヴ・ロウンワードだった。


「………」


「もう分かってるんだろ? 僕が求めていた聖遺物は『君』だってことに」


黒い男は何の感情も込めずに淡々と告げた。


レイヴ・ロウンワードは人ではないと…

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