第三十六話 透明人間
「うわぁ…」
ある場所で高校生くらいの年齢の少女がその中を漁っていた。
その場所は倉庫か物置のようで、埃被った色々な物が乱雑に置いてある。
「…ケホッケホッ…埃っぽいな、もう」
少女はどちらかと言えば、大人しくて目立たなそうな雰囲気で、垂れ目が特徴的でパンダのような愛嬌のある顔をしている。
掃除をしに来たのか、両手には箒とちり取りを持っていた。
「…?」
とりあえず、掃除を始めようと物を退かしていると、何か光る物が転がっていることに少女は気付いた。
「…何これ?」
それは、小さな金の指輪だった。
「行方不明?」
「そうであるよ。棺の後輩の女の子が行方不明らしいのであるよ」
連休明けで少し眠そうな顔でレイヴの話を聞く棺。
だが、いつも通り、胡散臭そうな顔をしており、話半分しか聞いてなさそうだ。
「オレの後輩と言うなら、お前の後輩でもある訳で、親しい後輩なんて少しも心当たりがねえんだが…」
しかも女子だし…と付け加える異性が苦手な棺。
「大体、行方不明ってなんだよ」
「行方不明は行方不明であるよ。学校にも来てない、家にも帰ってこない、素行の良い女の子だったから、何かの事件に巻き込まれたのかもしれない…って話であるよ」
「警察に任せろよ」
きっぱりと棺は言った。
「冷めてるであるね…ドライキャラは濁里だけで十分であるよ」
「濁里?」
「私のメル友であるよ」
何故か自慢げに胸を張りながらレイヴが言う。
「まあ、どうでもいいか。話はそれだけか?」
「まだまだ! 聞いてくれるのなら、あと三時間は話し続けるであるよ!」
「………」
棺はレイヴの言葉を無視して歩いて行った。
「行方不明…ね」
久しぶりの一人の帰り道、思い出したように棺は一人で呟いた。
(衣は何故か休んでるし、違法聖痕使いが絡んでいるのか?)
珍しく休んでいる生真面目な少女のことを考えて棺は思う。
「…いや、何もかもが違法聖痕使いの仕業と考えるのもな」
独り言を言いながら道を歩く棺。
「………ん?」
何故か肩を叩かれたような気がして、棺は後ろを振り返った。
しかし、背後には誰一人おらず、周囲にも人影は一つもない。
「…気のせいか」
そう呟き、再び道を歩き出す棺。
トントン…と今度はさっきよりも強く、棺は肩を叩かれた。
「………」
振り返ると、やはり誰もいない。
(…何だ?)
棺は気になりながらももう一度、歩き出し…
「…ハッ!」
だるまさんが転んだのようにすぐに振り返った。
だが、やはり誰も…
「キャア!」
「………」
…誰もいなかったが、声が聞こえた。
「痛たた…ビックリして尻餅ついちゃった…」
(…どういうこと?)
姿は見えないが、声は聞こえることに首を傾げる棺。
「…あ! 反応してくれました! 私のこと、見えてますか? 神無先輩!」
「………は?」
どうやら、この透明人間は棺の後輩らしい。
丁寧な口調で、声の調子から女であることが分かる。
「…透明人間に知り合いはいねえんだが」
「嘘。やっぱり見えてないですか…しかし、気付いてもらっただけでも感謝しています!」
一瞬、声の調子が暗くなったが、すぐに持ち直して明るく言う見えない少女。
「…どうやら、元々オレの知り合いで、姿が見えなくなったようだな。名前は何て言うんだ?」
何となく察しがついた棺が少女に言う。
「私は高涙です。高涙布津花(タカナミ フツカ)ですよ、神無棺先輩」
嬉しそうに少女が言った。
「…聖遺物? 何ですか、それ?」
隙間の神、支部にて衣が色雨に聞いた。
何年も色雨の手伝いをしてきたが、聞き覚えの無い単語だった。
「隙間の神が長年探し続けている物だよ。一般隊士には伝えられていないかもしれないけどね」
「…それはどんな物なんですか?」
「そうだね、言うなら聖痕以上の奇跡を宿した物のことだよ。形状は様々で武器として人間に改良された物や本来の形で遺っている物もある…」
「な…」
「ちなみに聖痕装置は聖遺物をモデルに作られているんだよ」
「…なら、聖遺物も強力な聖痕使いに作られた物なんですか?」
「違うよ。逆さ『世界の常識を覆す程の聖遺物』の存在が聖痕使いを生み出したんだよ」
「覚えてないなんて酷いですよ! ほら、私が不良に絡まれていた時に颯爽と現れて助けてくれたじゃないですか!」
「…悪い、心当たりがありすぎて分からねえ」
「どれだけ人を助けてるんですか! 正義の味方なんですか!」
見えない少女、高涙布津花が言う。
「そういう馬鹿がいくらでもいるように、そういう馬鹿に絡まれる奴もいくらでもいるんだよ。それを見かけてムカついたから殴り飛ばした…別段、珍しいことじゃねえよ」
神無棺は基本的に他人に対する興味が薄い。
照れ隠しでも何でもなく、目について、自分がムカついたから殴り飛ばしただけなのだろう。
だから、その被害者のことなど考えていないし、興味すら無い。
何度かそういう場面に出くわして、馬鹿を殴り飛ばした記憶はあるが、被害者については誰一人、棺は覚えていない。
言わば、棺が興味があったのは加害者の方であり、被害者には声をかけようとすら思わなかった訳だ。
故に、そのことについて、感謝の気持ちを述べる布津花は、鬱陶しいとまでは言わないが、面倒なことは確かだった。
「二日だか、三日だか知らないが、覚えの無い礼を言われても迷惑だ」
「布津花です! 三日ではありません!」
「大体、オレに何でついてくるんだよ。知り合いならレイヴの所にでも行けよ、四日」
「布! 津! 花!」
からかいの言葉に本気で怒る布津花。
いつも衣をからかうような調子で棺はニヤニヤしながら布津花をからかう。
「…何を一人芝居しているのであるか?」
「うおっ! …レイヴか、突然背後に立つなよ」
声に驚いて振り返った棺がレイヴに言う。
「それを言うなら、独り言を言いながら歩いていた棺の方がおかしいである」
「あ?…あー、さっきまで電話してたんだよ」
レイヴが言ったことを理解した棺が誤魔化すように言った。
レイヴは布津花の存在に気付いていないのだ。
(…どうやら、声も聞こえてないみたいだ。そういえば声が届いたのはオレだけとか言ってたか?)
「電話してたのであるか…まあ、それはそれとして、例の行方不明の子はまだ見つかっていないらしいのであるよ」
「だから、警察に任せればいいじゃねえか」
「警察が探しても未だに見つからないのである。名前は高涙布津花と言うのであるが…」
「「えっ!」」
布津花と棺が同時に驚きの声を上げる。
「棺も家出少女を見かけたら名前を聞いておいてくれである」
そう言うと、レイヴはスタスタと歩いていった。
「…お前、行方不明扱いになってるぞ」
「し、知りませんでした。倉庫で指輪を着けて、今の状況になって驚いて家を飛び出しましたから…」
姿は無いが、声の調子が慌てたものになる布津花。
「…指輪?」
それを聞きながら、どうするか考えていた棺は、ふと疑問に思い、聞いた。
「聖遺物…そんな危険な物がどうしてこの町に?」
「聖遺物はイエス・キリストの遺物と、それを改良した物だ。何せ二千年も前から存在しているんだ、世界中どこにあった不思議ではないよ」
異常な反応を見せる聖痕使い探知機を見ながら色雨が言う。
「形状も様々、ヘタしたらアクセサリーになってその辺に売っているかもしれないよ?」
色雨は冗談半分に衣にそう言った。
おまけ
メル友
濁「………」
レ『レイヴ・ロウンワードである! アドレス帳にはフルネームでは無く、レイヴのみでお願いである』
↑
メール
濁「アドレスを教えたのはいいけど、あまり機械は得意じゃないんだよね…返信した方がいいか…『了解さ』…っと」
レ『文が短い! それで私のメル友を名乗ろうとはいい度胸である!』
濁「…誰にも名乗ってないんだけどさ…まあいいや、長いメールね…『…なら、改めて自己紹介をしよう。オレはとある機関で育てられていたが、元々の生まれは〜』」
レ『遅い! それで私のメル友を名乗ろうとはいい度胸である!』
濁「…だから名乗ってないって…えーと」
レ『両手でメールを打つから遅いのである! おばあちゃんであるか!』
濁「………何故分かった。外見か。外見が古風だから機械にも疎そうって思ったのか」
レ『全くやれやれである。(~_~)』
濁「…何さ、文字が顔に見える。でも、これはかなり馬鹿にされている」
レ『どーせ、顔文字の仕方も知らないのであるよな〜 (~_~)』
濁「………流石に少し頭に来たさ。見ているがいい、レイヴ。参考書を買って勉強してやるさ、努力家をナメるなよ」
レ『(~_~)』