第三十五話 指名手配
「ところでよー。オレってなんでこんなことしてんだっけ?」
資料に埋め尽くされ、床の色も分からない乱雑した部屋に、違法聖痕使いの組織『反逆者』のボスの右腕、逸谷不戒はいた。
資料を適当に見ては捨て、見ては捨て…と内職のようにしている姿は右腕と言うより雑用係のようで、肩書きに負けている。
「………オレってなんでこんなことしてんだっけー? オーミー!」
無視されたのが気に入らなかったのか、再度繰り返す言う逸谷。
「知りませんヨ。逸谷さんがこの隙間の神の支部を調べろって言ってきたんじゃないデスか」
逸谷の隣にいた濡れた雨合羽を着て、傘を持った男、オーミー・氷咲が言う。
「オーミー! このオレは誰だー!」
「…逸谷さんデスね」
「そうだ! ボスの右腕、逸谷さんだ! ボスの次に偉いんだ! だってのに、何だってんだよ!」
嘆くように叫ぶ逸谷。
相当参っているのか、おかしなテンションになってしまっている。
「ぜってー、ボスの奴、『右腕』のことをよく使う手とかそういう解釈してやがるぜー」
「間違ってマスか? その解釈?」
「メシの時に右腕ばかり使うなって言われなかったのかお前は! 左腕だよ、左腕ぇー!」
バンバンと机を叩きながら逸谷が言う。
「腕は二本だろー、隻腕は大変だよ。うん、超大変、マジ大変。だから、ぶっちゃけオレもパシりが欲しいんだよー!」
「ぶっちゃけましたネ」
呆れたようにオーミーがため息をつく。
結局のところ、逸谷は楽がしたいだけだった。
「…それにしても、逸谷さんに同意する訳では無いデスけど、こんな支部に彼の探している資料があるんデスか?」
「さぁーな。まあ、無かったとしても、ここの支部の人間が殺されてることが本部にバレるまでに、何か機密情報でも見つかれば儲けものだ…ってボスは言ってたぜー」
「…それこそ、こんな小さな町の支部には無さそうデスが…」
「だよなー…おーい、そっちはどーだ?」
逸谷が二人とは少し離れた場所に座っていた人影に声をかける。
その人影は中学生くらいの体格の少年だった。
日本人には見えない顔立ちをしており、サファイアのように鮮やか過ぎて不気味な青い髪に、銀色に輝く瞳をしている。
クリスチャンなのか、首からは瞳と同じ色の十字架のネックレスを三本も下げている。
「………」
「ヘーレム、無視か?」
「………気が散る。成果が欲しければ、私の邪魔をするでない」
ヘーレムと呼ばれた青髪の少年は見た目に反して古風な口調で言う。
十字架のような光る銀色の瞳が逸谷を睨む。
「へーへー、お前の邪魔はしねーよ」
「さっきから思ってたんデスけど、彼は誰デスか?」
「あ? お前は初対面だったか…あいつはヘーレム。この間ボスが連れてきたようでな、残留思念を読み取る力を持っているらしい」
具体的にどこまで読み取ることが出来て、どこまで応用が利くのかは逸谷は知らなかったが、とりあえず役には立つだろうと今日は連れてきた。
やや協調性に欠ける性格をしているが、そんなことを気にしていたんじゃ、この組織は纏められない。
「…問題がある奴ばかりだからなー。他人のことを言えた義理じゃ…おわッ!」
話の途中で逸谷は思い切り転倒した。
ゴガッ! と記憶でもふっ飛びそうな程に頭を地面にぶつけて、逸谷は悶絶している。
しばらく痛みを紛らわす為にゴロゴロと床を転がった後にスッと静かに立ち上がる逸谷。
「………オーミー」
足下には小さな水溜まりが出来ていた。
そして、その水の道はオーミーの濡れた雨合羽に続いていた。
「その床を水浸しにする癖を前にやめろと行っただろーが! 床が滑って危ないでしょーが!」
頭に出来た、たんこぶを押さえながら逸谷が叫ぶ。
「ボクの怪火は水と深い関係にあるから、これは必要なことなんデスよ」
「なんデスよじゃねー! やめないってなら、オレの毒手が唸るぜ!」
「ちょ、ちょっと待って下さい! それは少し洒落になってマセンよ!」
触れたら即死の病菌右手を振り回して言う逸谷に、その力を知っているオーミーが叫ぶ。
冗談で済ませるには殺傷力が高すぎる。
「…む?」
そのやり取りを無視して作業に没頭していたヘーレムが呟く。
「どーした? 何かあったかヘーレム?」
「…いや、対したことでは無い」
そう呟き、再び作業に没頭し始めた。
「まあ、いい。それはそうとオーミー! とりあえずそこに座れ! 仲直りの握手をしようぜー!」
「それ仲直りする気ないデスよね、絶対! こうなったら、この杖『ザ・パラソル』で…」
「…前々から思ってたが、お前はネーミングセンスが悪い!」
ギャーギャーと言い合う、犯罪者コンビ。
それを無視して作業に没頭するヘーレム。
その時、
『そこにいるのは分かっている! 違法聖痕使い達、大人しく投降しろ!』
外から怒声が響いた。
機械を使っているのか、室内にまでよく響く。
「…まさか、隙間の神の応援デスか?」
「…やべー、早すぎだ」
「今更気付いたのか? 存外鈍いな、貴様ら」
さらりと当たり前のようにヘーレムが言った。
「…聞き違いか? もう一度言ってくれ」
「先程からこちらへ向かう気配を感じていた数は十から二十と言ったところか」
「あ! さっきの『…む』だな! そん時に気付いて黙ってたのか!」
「そんなことより、どうする気だ。こんな所で捕まってしまってはボスに殺されてしまうぞ? 右腕様」
先程までの無表情をやめて逸谷を嘲るような笑みを浮かべてヘーレムは言う。
「…オーミーは時間稼ぎ、オレは錯乱、ヘーレムは…先に帰ってろ!」
「了解デス!」
「こちらも了解。クックック…健闘を祈る」
「うっせえ! さっさと帰ってろ! オーミー、オレはボスに殺されたくねーんだ。全力を尽くせ」
そう叫びながら憐れな二人は突撃していった。
犯罪者ライフは常にスリリングなのであった。
「…違法聖痕使いの指名手配リストって意味あるんですか? 秘匿だから貼り紙貼れないのに…」
隙間の神の第一部隊『智天使』に所属する繰上炬深が言った。
第一部隊『智天使』は戦闘力よりも補佐的な能力を優先して選ばれており、主にトップ、天之原天士の補佐をしている。
いつもの炬深は支部との連絡窓口係などの仕事をしているが、今日は手が空いていたので、天士の手伝いをしていた。
「指名手配って言っても、ブラックリストみたいなものだから、貼り紙は必要ないんじゃないかね?」
「そうですね…」
(…底なし沼を自在に造る『マッド』に触れた人間を病死させる『ウィルス』…変な名前ばかり)
指名手配リストを流し読みする炬深。
リストには本名が分かっていない者には聖痕の特徴とそれに合わせたネームがつけられている。
反逆者の場合は本名が書いてあるが、それ以外の隙間の神が危険視している違法聖痕使いは本名が書いていないのがほとんどだ。
「…ん?」
炬深がおかしなものを見つけて声を出す。
ネームは『ゴールド』。
外見特徴が色々と書いてあるところまでは他の人間と同じだが、その後が違う。
『違法聖痕使いでは無く智天使の人間』である。
と書いてあった。
「あの…普通の隙間の神の人が指名手配になっているんですけど…」
「ん? ああ、彼ね。先代トップと一緒に見習い時代の私を推薦してトップに仕立てあげた、補佐官だったんだけどね…」
「…反逆者に?」
天士の言葉が過去形であることと、寂しげな顔を見て察した炬深が言う。
「いや、仕事をボイコットして帰ってこない」
「は?」
炬深は目が点になった。
予想外すぎて頭がショートした。
「い、いやいや、補佐官なんですよね?」
「私がトップになってすぐ後に本部から出て、聖女を探して日本中を回るとか言って、全くどこへ言ったのやら…」
「いやいやいや、クビにするべきでしょ!」
「………」
「何で無言?」
「実はね、隙間の神は彼の多額の寄付を受けているんだよね………何か、彼は大金持ちで、隙間の神には拾われた恩があるから手伝ってるだけみたいだ」
「優秀で、大金持ちで、自分勝手って…一体どんな人なんですか?」
考えれば考える程に人物を思い浮かべることが出来ずに炬深が聞く。
「一言で言うなら…」
「一言で言うなら?」
「女誑し…かね?」
ハッキリと天士は言った。
「は?」
もう一度、炬深の思考は停止した。
おまけ
菌類
逸「フンフン、フフーン」
オ「どうしたんデスか? 気持ち悪いくらいにご機嫌デスね」
逸「気持ち悪いは余計だ。だが、今のオレは機嫌がいいからスルーしてやる」
オ「何してるんデスか? 畑…デスか?」
逸「そうだ。オレの唯一の趣味、キノコ栽培だ。実はオレは地球に優しい男なんだぜ?」
オ「…菌類繋がり?」
逸「まあ、オレは病原菌を操る聖痕使いだし、微生物の扱いに長けていると言うのもあるけどな」
オ「だからデスか。そこに漫画でしか見たことが無いようなグロテスクなキノコ生えているのは…」
逸「え! このキノコ食えねえのか!」
オ「…食べる気だったんデスか。笑いが止まらなくなったり、頭からキノコ生えたり、面白い展開を期待していマス」
逸「何てこった……いや、待てよ。オレは毒手使い。キノコの毒なんか効かないんじゃねえか?」
オ「…ちょっと」
逸「毒を持って毒を食らうと言う言葉があるから」
オ「いやいや、間違えてマスよ。食らわないデスよ」
逸「いただきます!」
オ「ちょっと! ええい、瞬間よ止まれ!」
逸「……………」
オ「全く、何でボクがツッコミに回らなければならないんデスか……それこそ、悪い物でも食べたんじゃないデスか」
逸「……………」
オ「キノコは燃やしときマスか…全く、しばらくはそうやって反省していて下さいよ、逸谷さん」