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スティグマ  作者: 髪槍夜昼
三章、聖痕使いは十人十色
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第三十四話 侍


「ふぅ…ようやく資料整理が終わった。記憶操作も概ね終わったし、とりあえずこれで、神の導きの一件は完全に解決かな」


色々な資料を片付けて色雨が呟く。


「タイミングがタイミングだし、雇われた桐羽由来はともかく、御開言伝の方は『反逆者』と関係があるかと思って調べたけど、無関係だったな…」


(結局、反逆者については分からず仕舞いか…)


ため息をついて、色雨は椅子に深く腰かける。


その時、電子音が響いた。


「…ファックス? 本部からだな」


送られてきた紙を抜き取って読む。


「新たな反逆者?」


驚いたように色雨が言う。


反逆者とは本来、隙間の神を裏切った違法聖痕使いのことを言う。


組織名の方はその指導者が反逆者だから、つけられているだけだ。


本来の意味での反逆者が出るのは、それほど珍しいことでは無い。


魔がさす人間など、幾らでもいる。


だが、


「このタイミング…例の組織と関係あるのか?」


色雨は頭を捻る。


しかも、その紙にはその反逆者の逃げた可能性がある場所の一つにこの町の名前があった。


理由は大きな事件の後で、支部が疲弊しているから…と書いてある。


「…どのみち、確認する必要があるね」


そう色雨が呟いた時に再び電子音が響いた。


今度はファックスでは無かった。


色雨が目を向けると、『探知機』に反応があった。








「暇であるな…」


そう言い、レイヴは公園のベンチでため息をついた。


昼食を取った後は棺達と少し遊び歩いていたのだが、用事を思い出し、棺達と別れたのだ。


思いの外、早めに用事は終わったのだが、今更棺達と合流する気にもなれず、暇を持て余していた。


「…ん?」


レイヴは首を傾げた。


この小さな公園のベンチは二つある。


レイヴが使っている物と、少し離れた所にもう一つ。


そのもう一つのベンチに誰かが座っていた。


レイヴが公園に入る時には誰もいなかったのに、いつの間にか人が現れたことを不思議に思い、レイヴはその人物を見る。


着物に草履を履いた侍のような男。


時代劇に出て来そうな格好だが、主役と言うよりは、敵側の用心棒のような雰囲気の男。


歳は大人びた冷静な顔立ちだが、未成年に見える。


右手に持った酒ビンが妙に似合っている。


(…ん? 酒?)


「昼から酒であるか…未成年の飲酒行為はいけないであるよ?」


レイヴがつかつかと男の近くに歩いていき、言う。


正義感で注意したと言うよりは面白半分で言ったようであり、特に咎めるような声ではなかった。


「………」


それを無視して酒ビンを口にする男。


「ちょっとちょっと、酔ってて聞こえていないのであるか?」


暇なので更にしつこく声をかけるレイヴ。


「…酔ってないさ。これは甘酒さ」


冷静とも冷血とも取れる、とにかく冷たい声で男が言った。


「…甘酒? あの初詣とかで飲むアレであるか?」


「…ああ」


相変わらず冷めた声で男が言う。


「通りで甘ったるい臭いがすると思ったである……私はレイヴ・ロウンワードである。そちらは?」


「…銘式濁里メイシキ ニゴリ


「濁里? 変わった名前であるな」


「お互い様さ」


「…まあ、それもそうであるか」


苦笑しながらレイヴが濁里に言う。


濁里は特に反応せず、甘酒を飲んでいる。


「………」


「…何だよ」


「こんな若くてピチピチの女の子が話しかけてきたというのに、その冷めた反応は何であるか?」


本当に暇なので、責めるように言うレイヴ。


「………」


心底、レイヴに興味が無さそうにしている濁里。


「だから、無視を…」


「おお? おい、お前ら! 見ろよ、結構可愛い外人がいるぞ」


レイヴがまた文句を言おうとした時、公園の外から声が聞こえた。


どうやらそれは、数人の不良達らしく、レイヴの容姿が珍しいのか、公園に入ってきた。


「やべー、同い年の外人とか始めてみた!」


「しかも可愛い!」


下品な笑い声をあげながらレイヴに段々と近づいてくる不良達。


「…何であるか?」


「ある? 日本語覚えたてなのか? まあいい、とにかく日本について教えてやるから、オレ達について来いって…」


「遠慮しておくである」


「いいからいいから」


拒否は許さず、無理矢理にでもレイヴを連れていこうとする不良達。


(…はぁ、明らかに人の話を聞かないタイプであるな…仕方ない、ここは悪名高い神無棺の名前を出して、虎の威を借る狐作戦で…)


レイヴは作戦を頭の中で考える。


銀色の髪で碧色の目と、かなり目立つ容姿をしたレイヴは、こんなことは何度も経験していた。


なので、適当にあしらうなど訳なかった。


ふと、レイヴは気になって濁里の方を向いた。


何となく、この場にいた人物を思い出して向いただけだったが…


(あれ?)


濁里はベンチに座っていなかった。


おかしいな…と首を傾げながら、次はレイヴは前を向いた。


地に伏した不良達の中に濁里が立っていた。


左手には甘酒。


右手には日本刀を持って…


「…峰打ちさ」


「………おおー」


呟いた言葉と日本刀がやけに似合う姿に思わず、レイヴは感嘆の声をあげた。


無意識の内に拍手なんかをしていたりもする。


「凄いであるな! 時代劇みたいであるよ!」


いつの間にか握っていた日本刀が本物か…とか、どこから出した…とか、気になることは幾つかあったが、あまりの違和感の無さに、レイヴは全て気にならなくなった。


「…努力すれば誰にでも出来ることさ」


変わらず、冷静に言うと濁里は、またベンチに座る。


「努力…であるか」


「ああ、努力さ。努力すれば必ず報われる…なんてことは努力すれば達成できる程の低い目標を立てた人間の言うことさ」


「?」


「つまり、そいつらは目標を達成する程の努力をした訳では無く、結局は『努力で達成出来そうな程に低い目標を立てた』だけだってことさ」


先程までとは違い、長々と話す濁里。


そこには何かしらの感情が見え隠れしていた。


「…本当に成し遂げたい目標ってやつは、努力程度ではどうにもならないのさ」


「その、成し遂げたい目標って?」


「………」


クールダウンしたかのように再び、黙り込む濁里。


「教えるであるよー」


濁里の前に移動してレイヴが言う。


「…オレは何も分からない子供の頃から、誰かを助けてみたかったのさ」


「ほう…」


「だから人を助ける組織で人を助ける努力をした。個人よりも組織で動いた方がより多くの人を助けることが出来ると思ったのさ」


(人を助ける組織?………警察?)


少し首を傾げたが、レイヴは濁里の話を聞く。


「努力はしたさ、言い訳っぽいけど、努力だけは人一倍した。だけど、人を助ける組織の人間は、それ程、人を助ける気は無かったようだった」


「え?」


「…だからオレは組織を抜け出した。出来るだけその組織に脅威を与えるようにしてさ。『焚き付け』さ」


濁里が初めて笑みを浮かべて話す。


それは氷のように冷たい笑みだった。


焚き付け…と言うのがどんな行為かはレイヴには想像できなかったが、それが良くないことであることだけはよくわかった。


「目標を達成するのに必要なのは、ただ単純な努力じゃない。より効率的に行うことさ。なりふりなんて構わずに…さ」


「………」


冷たい笑みを浮かべながら濁里は言う。


それをレイヴは話が終わるまで静かに聞いていた。


そして、


「…馬鹿であるなぁ」


きっぱりと断言するように言った。


「何?」

「はぁ、どんな悩みかと思えば、つまらない。あからさまな作り話の方がよっぽど面白いである」


失望したようにレイヴが額に手を当てて言う。


「周囲の人間がどうとか、効率がどうとか言う前に、そもそも、濁里は何がしたかったのであるか?」


「………」


「結局は人を助けたかっただけ、元々一人で行ってきたことに、他人の手を借りるとか効率とか、そういうものが混ざって本質が見えなくなってきていただけであろう?」


諭すようでも、説教をするようでも無く、ただ、呆れたようにレイヴが言う。


そもそも、レイヴは人を諭すようなタイプでも、人に説教をするようなタイプでもない。


だから、これは当然のことを至極当たり前のことを教えているだけ。


話を聞いただけのレイヴにも分かった、隠しきれていない濁里の本質。


「詰まる所、濁里はただ単純な努力ばかりする、愚直な努力家だったのである」


再び断言するようにレイヴは言い切った。


「………」


何かを考えるような表情のまま、濁里はベンチから立ち上がった。


「…どこに行くつもりであるか?」


濁里にレイヴが言う。


「…どこでもいい」


簡潔に濁里は答えた。


「どこでだって、一人でだって人を助ける努力は出来るのだから」


そう最後まで冷静に答えると濁里は公園から歩いて出て行った。








「銘式濁里…だね」


しばらく歩いていた濁里の背後から声がかけられた。


「………」


歩いていた足を止めて振り返る濁里。


相変わらず甘酒を左手に持っており、日本刀はどこかに仕舞ったのか、持っていなかった。


「違法聖痕使い絡みの事件で両親を失い、隙間の神に引き取られ、人一倍仕事に忠実だったようだね」


江枕色雨が資料に目を通しながら言う。


「………隙間の神か」


冷静に呟く濁里。


フッとその瞬間、濁里が消えた。


「「!」」


ガギッ! と鉄と鉄のぶつかり合う音が響く。


突然、色雨の背後に移動した濁里が日本刀によって放った斬撃を色雨がステッキのような聖痕装置、ウリエルで防いだ音だ。


片方はその速さに、片方は防がれたことに、驚愕していた。


「…日本刀の形をした聖痕装置?」


「ああ、特注で、銘は『鬼丸』さ」


地面を蹴り、距離を取りながら言う濁里。


その隙に色雨はウリエルを構える。


ドォン! と爆発音が響かせながらウリエルから炎弾が放たれる。


テニスボール程度の大きさはある、火球が数発濁里に迫る。


「………」


しかし、それは全て濁里に触れる前に消えた。


「!」


「…返すよ。自業自得って言うやつさ」


濁里がそう呟いた瞬間、炎弾が消えたのとは全く別の角度の位置から色雨の方を向いて現れた。


「クッ…!」


何とか紙一重でそれをかわす色雨。


「…厄介な聖痕を宿しているね。瞬間移動テレポート系の聖痕使いか」


「少し違う。瞬間移動のように『物を飛ばす』のでは無く『物が通過できる通路を作っている』だけさ。それがオレの『湾曲通路ワームホール』さ」


そう言うと、濁里は日本刀を構える。


自分の後ろ側に日本刀を向けた、居合のように一気に振り抜くような構えだ。


しかし、濁里と色雨の距離は三メートル以上は確実に空いている。


「シッ!」


濁里が目にも留まらぬ速度で日本刀を振る。


「…!」


それを見ていた色雨が何かに気付き、その場から飛び退いた。


ギャリギャリ! とアスファルトを刃物で引っ掻くような音が響く。


色雨の先程まで立っていた地面のアスファルトが切り裂かれていた。


「斬撃を飛ばしたとか、空間を切り裂いたとかそう言う勘違いはするなよ?」


「種は分かっているよ。空間を繋げて剣の先をここに持ってきたのだろう?」


「正解さ。湾曲通路ワームホールの本質は『障害を避けること』さ。オレがお前との『距離』を障害と認識すればオレの刃はそれを壁抜けのようにすり抜けてお前に届く」


喋りながら濁里は日本刀を振る。


そして、湾曲した通路を潜り抜けた日本刀の刃は色雨を襲う。


「グッ!」


背後に現れた刃を何とかかわす色雨。


「…悪いけど、やるべきことが見つかったのさ。そう簡単に捕まる訳にはいかないさ!」


日本刀を目にも留まらぬ速度で操る濁里。


濁里がした動きは自分の前で空気を二、三度切り裂くように素振りをしただけだったが、それは湾曲通路によって色雨に届く。


丁度、囲むように時間差で色雨に刃が襲いかかる。


一閃目をかわし、二閃目をかわし、三閃目は…


「ッ!」


紙一重でかわした後、何故かウリエルで発砲した。


「…!」


何を…と濁里が言葉に出す前に理由が分かった。


湾曲通路ワームホールは空間と空間を繋げて作った新しい通路ルート


それは濁里本人以外も潜り抜けることが出来る。


何故なら、それは新しい道を作り出すと言うより、既存する道と道を結ぶ近道を作り出すようなもの。


道を通れるのなら、何でも通り抜けられる。


生物とは限らない。


動いている物体なら何でも通れる。


例えば、弾丸だとしても…


ドォン! と濁里の傍で爆発音が響いた。


「………」


パラパラと降ってくる埃を払いながら、色雨が濁里のいた方を見続ける。


「…ケホッ、ケホッ」


巻き上げられた埃を日本刀で振り払いながら濁里が現れた。


湾曲通路で回避したのか、外傷はあまり無い。


「…これ以上は無駄だね」


それを無言で観察していた色雨が言う。


「何を言っているのさ?」


「君は人を害する力は持っているが、害意が無い。君は無害だ」


構えを止めて、ウリエルを片付ける色雨。


完全に戦意を失ったようだった。


「………」


色雨の反応に濁里の方も戦意を失ったようで、こちらも日本刀を仕舞う。


「本部には私から言っておくよ。隙間の神には戻れないだろうが、指名手配されるようなことは無くなるように」


「お人好し。お前、これから苦労するさ」


「それはお互い様のような気がするよ」


「そこまで気付いてるのか…侮れない奴さ」


「それもお互い様のような気がする」


笑いながら色雨が言う。


「………」


戦闘時にテンションが上がっていたのが急に冷めてきたのか、再び静かになり、歩き出す濁里。


「この町でしばらく過ごすのなら、一人の聖痕使いとして支部を手伝ってくれると助かるよ」


「…考えておくさ」


そう呟くと濁里は再び歩き出した。

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