第三十三話 ある霊能者の話
ある所に『里』があった。
この科学の発達した日本の山の中にひっそりと隠れ住む人里があった。
誰も知らないその里に住む一族は、外の世界に興味は無く、ただ自分達の信じている世界が無事ならそれでよかった。
その里は『霊能者』の里だった。
幽霊に近い力を代々持っていた里の者は、時に悪霊として封印し、時に神霊として崇拝し、幽霊と共に生きてきた。
しかし、里の全ての人間が特別な力を持っている訳では無い。
むしろ、そんな力を持っているのはごく一部だけで、この里にいながら、幽霊を見ることすら出来ない者もいた。
力を得ても、一時的なものに過ぎず、数年と経たずに霧散してしまう者もたまにいた。
故に里は自分達の『象徴』となるべき霊能者を欲していた。
ある時、象徴となる霊能者を選び出すことになった。
才能ある霊能者を集め、誰か一人を決める為に様々なことをさせられた。
一人で悪霊退治、餓死寸前までの断食など、拷問に近いことをさせられた。
霊能者だって人間だ。
苦しいことは苦しいし、辛いことは辛い。
霊能者達は既に限界を迎えていた。
そんなある日、その中の一人の霊能者が象徴に『立候補』した。
何を考えて立候補したのかはその霊能者にしか分からない。
だが、それによって他の霊能者が救われたのは間違いではなかった。
その霊能者の名前は『桐羽由来』。
誰かの為に行ったその行為によって、
彼は里の象徴(道具)として生きていくこととなる。
「悪霊が現れた。またお前を使う」
食料を届けてくれる無口な担当者以外の人間が数ヶ月ぶりにここへ訪れた。
古びた鉄格子と岩の壁で囲まれた狭い空間。
洞窟の中に作っている為か日当たりが悪くてしょうがない。
お陰で自慢の黒髪が日光不足で灰色っぽくなっちゃったよ。
肌も自分でも気持ち悪いくらい白いし、最近では左目がなんかおかしい。
日光が目に染みるって言うか…眼帯でも付けさせてもらおうかな…
「おい、桐羽由来! 聞いているのか! お前の出番だと言っているだろう!」
ああ、そうだった。
寝過ぎて頭が鈍くなっていたようだ。
「了解。場所は?」
言いながら身体を起こす。
痛たた…しばらく座ったままだったから全身が痛い。
「ついてこい」
素っ気なく、数ヶ月ぶりの来訪者はいい、手早く鍵を開ける。
さてと、では行くか…
こうして今日も、オレは道具として使われた。
何と言ったかな…
そうそう、どうやら霊能者の力を霧散させる要因は外的な刺激にあるらしい。
だから、里の象徴となるオレは外的な刺激を受けないように隔離されている。
まあ、別に、不満は無い。
里の為に、誰かの為に何かをするのはそれなりに気分が良いし…
何より『オレにしか出来ない』ってのがいい。
何と言うか、こんなオレでも『誰かに必要とされている』って言うのがすごく気分が良い。
そう考えて生きてきた。
数年が経った。
相変わらず、この牢獄にオレはいた。
寝心地は最悪だが、霊能者の力には最適らしく、力は年々、増大していった。
それは中々、嬉しいことであり、力の具合を確かめることはオレの日課となっていた。
まずは透視。
次に遠隔透視。
その次に悪霊に触れられる自分の分身。
その次にその分身の数が増える。
そして、ある程度の範囲なら自分の視界に入らない場所でも分身を作れる程度に力が増大したところで…
オレの処分が決まった。
無論、それを直接聞いた訳では無く、力を使って盗み聞きした。
どうやら、里の者はオレからの報復を恐れているようだった。
人間扱いしなかったことをオレが恨んでいて、オレが報復の為に力を蓄えているのだと思っているようだ。
勘違いなのだが、今更言っても仕方がない。
ここに居場所は無い。
ここの人間はもう、オレを必要としていない。
「…仕方がないよな」
次の日、オレはその里を抜け出した。
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「まあ、そんな感じで現在に至る…と」
長々と割とブラックでディープな話を語った由来は、そう簡潔に締めた。
「…その後は?」
黙って話を聞いていた皆代が尋ねる。
「便利屋のこと? いや、実際ね。道具のような人間と言うやつは、言われたことしか出来ないものだったんだよ」
道具のような人間と自分のを例えて由来は言う。
「自分から行動できない。自主性が無く、何事も受け身でしか無く、言われたことしか出来ない…だから、だよ」
自由を手に入れたところで自分が何をしたいのかさえ分からない。
だから、仕方がないので、前と同じように、いままで通り、他人の為に働いていたのだ。
道具として育てられ、捨てられた『持ち主不在の便利屋』はこうして生まれたのだった。
「ふぅ…人に自分のことを話したのは初めてかな?」
「………」
ため息をつく由来に皆代は何も言えなかった。
隙間の神と言う特殊な役職についているが、皆代は、由来程、特殊な境遇で育った訳でもなければ、自分で選んでここへ来た。
由来は何一つとして選べなかった。
周囲の身勝手に振り回されながら生きてきた。
自己が、主張が、主義が、無い。
それは元から無かったのでは無く、振り回される内に無くなってしまったのでは無いか…
何一つとして…
「選べなかった訳では無いわね〜」
突然、この場にいる二人以外の声が響いた。
穏やかで、それでいて子供っぽい声だった。
「…誰?」
由来がその声に気づいて、聞く。
その人物は、コスプレのような軍服の皆代とは違い、ファッション雑誌から出てきたかのような服装に、整った容姿をした女だった。
だが、それもファッションなのか、何故か頭にはピンクのシャンプーハットを被っていた。
シャンプーハットの女は少なくとも皆代よりは年上に見える外見とは裏腹に、子供っぽい笑みを浮かべて由来を見る。
「私は端橋寧利。隙間の神所属の意志受信の聖痕使いよ」
由来にニコニコと笑いながら言う寧利。
「いつの間に来ていたのでありますか?」
驚いたように皆代が聞く。
「んー。まあ、この間捕まった違法聖痕使いが、私好みの童顔君だったって聞いたから」
由来を意味深な目で見つめながら寧利は言う。
由来はそれには特に反応せずに無表情だった。
「…流石、『ハッカー』と呼ばれる意志受信なだけあって、情報が早いでありますね」
「そうでもないわよ。それはそうと、今、面白そうな話をしていたわよね〜」
寧利は皆代に言った後、再び由来に目を向ける。
「もしかして盗み聞き? まあ、別に聞かれて困る話をしていた訳では無いから構わないけど…」
由来が肩を竦めながら寧利に言う。
「そうよ。それから一つ質問があるのだけど、構わないかしら?」
「別に構わないよ。何?」
寧利の言葉に少なからず興味を示した様子で由来が聞いた。
「あなたは今の生き方を、里を追い出されたことを、後悔している?」
「………」
それは核心をついた質問だった。
由来は過去は語ったが、それについて自分がどう感じたかは語らなかった。
ただ、桐羽由来と言う人間の生い立ちを語っただけであり、自分の話をしている風ではなかった。
それについて、由来はどう思っているのか…
「…何も」
短く由来は答えた。
「特に何も思ってはいないんだ。利用されたことも、裏切られたことも、何も思っていない。ただ、彼らがオレを必要としていたから近くにいただけで、必要としなくなったから、離れただけ…」
心が無い道具のように由来は語る。
やはり、この人間はどこか決定的におかしい…と皆代は思った。
だが、寧利は特に表情を変えずに監獄に入れられている由来の手を握った。
「私はね〜。馬鹿正直で、嘘がつけないの。だから、人の心を読んでも、それを暴露してばかりだから、よく嫌われるのよ」
ニコニコと笑いながら由来を見つめて話す寧利。
「心が無い人間なんていないわ。あなたは心が無いから後悔しないんじゃない、自分で選んで末に辿り着いた場所だから、後悔がないだけよ」
そう言い、寧利は由来の手を離した。
「身勝手な者の道具として動くだけだったのかも知れないけど、最初に、自分と同じ境遇の人達を救おうとしたことは、自分で決めたことだったんじゃない?」
「………」
全ての始まり、由来がこのような生き方をする始まりの出来事。
それはただ、人並みに誰かを救いたい、誰かの役に立ちたいと願っての行動。
悪人だろうか、犯罪者だろうが、手を貸す。
それは、その願いが変質してしまった結果では無いだろうか。
「ま、あとは自分で答えを出してね〜。私は人を諭したいんじゃなくて、ただ、人の心中を暴露したいだけなんだから」
そういって、本当に満足そうに寧利は去っていった。
「…相変わらず嵐のような人だったであります」
呆れたように皆代が呟く。
「………」
「…ん?」
先程から何故か黙り込んでいる由来を見て、皆代は首を傾げた。
何かを考え込んでいるような顔だった。
だが、その顔は苦悶に満ちたものでは無く、由来にしては珍しく、穏やかで優しげな人間らしい顔だった。
「………」
(何を考えているのかは知らないのでありますが、存分に考えて答えを出すのがいいのではあります…)
「時間なら、たっぷりとあるのでありますから」
穏やかな声で皆代は小さく呟いた。