第三十二話 監獄にて
「うっしゃー、今日から三連休だぜー」
「なら、三人でどこか遊びに行くであるか?」
「あ、それなら、私は前に言っていたカラオケ…と言う所に行きたいです」
「お前、カラオケが何か分かってるのか?」
祝日を含む三連休の初日、待ち合わせをした棺とレイヴと衣が談笑しながら道を歩いていた。
霊能者達との一件は全て解決し、後のことは色雨達に任せて棺は再び日常へ戻ってきた。
霊能者達が何を考えてあんな行動に出たのか、まだ分からない点はいくつかあったが、それは棺の関わることではない。
敵対するから、撃退しているだけで、敵も味方も救う正義の味方になるつもりは無いのだから…
「…神無棺」
「うおぁ!」
考え事をしていた時、いきなり背後から声をかけられて棺は飛び上がった。
聞き覚えのある声に気づいて振り返ると、
「………」
目の下に濃い隈を作った落河揺祇がフラフラしながら立っていた。
「お、おい、どうした?」
尋常じゃない様子に棺は心配して声をかける。
「…この町の人間の記憶操作をしているのは誰だと思っている」
ボソボソとした声で恨み言のように揺祇が言う。
そうなのだ、この町の担当の記憶操作の隙間の神は揺祇一人。
記憶操作系は希少な為に、さほど大きくも無い町には一人ぐらいしか派遣されない訳だが、流石に今回は仕事が多すぎた。
町の人間のほぼ全員だ。
記憶を残していても大丈夫そうな人間は除いたとしても多すぎる。
結果。
「徹夜三日目だ。今にも倒れそう…いや、むしろ倒れたい、倒れて寝たい」
末期だった。
「あー…応援してるぜ」
苦笑しながら棺が言う。
「…次に事件があったら出来るだけ迅速に解決して、筆者の仕事を増やさないでくれ」
そう伝えると、またフラフラとしながら揺祇は去っていった。
「…衣」
「何ですか?」
「あいつ、また休学したりしないよな?」
「…どうでしょう?」
二人はそう言い、ため息をついた。
「…暇だな」
桐羽由来は呟いた。
狭い部屋。
家具は机と椅子に、固いベッドだけ。
小さな窓と、鉄格子…などでは無く、小さいが、頑丈そうな扉。
「………」
桐羽由来は隙間の神、特別収容所にいた。
そこは監獄のような場所であり、隔離施設だ。
違法聖痕使いの中で更生する可能性が無い、もしくは聖痕を秘匿する気が無い者を隔離する収容所だ。
言わば、監禁である為、そう簡単には見つからない場所に存在するらしいが、ここの担当である『大天使』と言う部隊に所属する人間以外は隙間の神でさえ、知らない者が多い。
極悪な違法聖痕使いの存在そのものを秘匿する極秘、隔離施設。
それが隙間の神、特別収容所だ。
そこに収容された者は、一部の例外を除いて永久的に収容される。
故に、そこは違法聖痕使いにとっては刑務所よりも恐れられている場所で、地獄と称されることもある。
あるのだが…
「…暇だな。ねえ、何か話してよ」
「………」
由来が閉じ込められている部屋の前に座っている女に声をかける。
どこかの国の軍服を学ラン風に改造した、戦闘用と言うよりはコスプレのように着て楽しむ実用的じゃない服を着た女だった。
女はパイプ椅子に座り、小説を読んでいる。
「オレさ、一人で話すのは苦手なんだよ。誰かと自己が薄いから会話も自分が楽しむと言うよりは他人を楽しませる為にすると言うか…ね? 分からないこの気持ち? 分からないかな?旦那なら何て言うだろ? 例えるなら、興味の無い会話を相手に合わせて話しているような…」
「えーい、うるさーい! 囚人はもっと静かに、自分のしてきたことを悔いるものであります!」
長々と喋り続ける由来に、いい加減頭に来たのか、女が叫ぶ。
女の名は様土皆代。
色雨とも面識のある、若い隙間の神の一員だ。
隙間の神として任されている仕事は囚人の様子を観察すること。
監視もそうだが、観察し、更生の色が見え始めたら、条件付きで解放することもある。
だが、実際はこんなところに閉じ込められた時点で極悪人であり、ただ、恨み言を聞き流すことだけが皆代の仕事だった。
そう、この変な囚人がやって来るまでは…
女顔で童顔で華奢な身体、眼帯に白い肌に色素の薄い灰色の髪。
最初はこんな若い歳でどうしてここに来たのかと皆代は疑問に思ったが、しばらく観察して、すぐに理由に気づいた。
この男は人間としてどこかがおかしい。
「後悔はしないよ、それよりは貴女みたいな人と話す方が有意義だ。カミングアウトすると、オレ、年上好きなんだ。オレは十九歳、お姉さんは幾つですか?」
「……二十歳であります。ですが、女性にいきなり歳を尋ねる人と恋仲になるつもりはないであります」
「厳しいな…」
無表情の割にやたら嬉しそうな声を上げる由来。
表情や感情表現に乏しいが会話好きらしい。
「そういえば、今日は妙に騒がしくない? 何かあったのか?」
「どうしてそれを…ああ、あなたは透視が出来るのでありましたね」
「ま、捕まった時にイロイロされちゃって、今じゃ、『目』の一つも生み出せないけどね」
「………」
「ね、教えてよ。何があったの?」
興味を持っていると言うよりは、会話の話題にする為に由来が聞く。
「…大したことではないであります。また、反逆者が出ただけであります」
「反逆者?」
「何を考えているのだか、しかも逃げられてしまったようであります」
「成る程…それで騒がしかったのか」
「興味は無くなったでありますな? なら、静かにしているのであります」
「うーん…」
皆代に言われて素直に黙り混む由来。
しかし、無表情ながら、どこか不満げで退屈そうに見える。
「…はぁ、まあこれも看守の仕事の内でありますか」
皆代がため息をつきながら言う。
「?」
「暇なら会話の相手を務めてあげるのであります」
渋々と言った様子で皆代が由来に言う。
割と他人には甘い性格のようだ。
「でも、私もあまり話上手では無いでありますから、聞き手のみでありますよ」
「了解。それで、どんな話に興味があるかな?」
話すからには相手の退屈しない話をしようと、皆代に聞く由来。
「そうでありますね…取り調べがてらあなたの身の上話を聞くのもいいかもしれないであります」
ふと、由来についての情報が何一つ無かったことを思い出して皆代が言う。
違法聖痕使いだって、表の世界の顔を持っている。
世界的にも有名な人物だったり、ごく普通の人間で、裏でだけ犯罪を犯していたりと様々だ。
だが、由来には表の顔と呼べるものがなかった。
戸籍などは存在せず、どこで生まれたのかすらも分かってはいなかった。
『便利屋』と言う金を払われれば何でもする何でも屋をして金を稼いでいたことしか分かっていない。
その便利屋も不思議なことに少額の金しか取らず、ほとんどボランティアのような感じで、御開言伝のような手段を選ばなくなった人間に力を貸していた。
ボランティアと言うと聞こえはいいかもしれないが、こんな人間を利用するのは大抵が悪人。
言わば、悪事の片棒を担ぐことをしているだけだ。
何を考えてこんなことを始めたのか、皆代は好奇心から気になっていた。
しかし、当の本人は…
「面白く無いと思うけど…聞きたい?」
話したくなさそう…と言う訳でも無いが、少なくとも進んで話すようなことでは無いと由来は思っているようだった。
「聞きたい」
その様子にますます好奇心が湧いたのか、皆代が即答する。
表情に乏しいくせによく喋る由来が消極的なことが気になったのだろう。
「なら、話そうか。頼まれたら断らないのがオレだからね」
そういい、由来は薄く笑った後、語りだした。
おまけ
定食屋にて
衣「ここがカラオケですか?」
棺「違う、ここはただの定食屋だ」
レ「遊ぶ前に昼食を取ろうと思ったのであるよ」
衣「なるほど。これがメニューですね」
棺「ああ、流石にそれくらいは知っているよな?」
衣「失礼ですね! ここではないですけど、定食屋は行ったことあります!」
棺「そうか。で、何にするか決まったか?」
衣「えーと、洋風定食……いや、和風定食…うーん」
棺「……………お子さまランチにでもしておけよ」
衣「聞こえてますよ! 流石にそこまで小さくないですよ!」
棺「分かった、分かった。じゃあ、オレはAランチでいいや」
衣「あ、じゃあ私もそれでお願いします。レイヴさんは何にします?」
レ「………」
棺「さっきからずっとメニュー見てるが、まだ決まらないのか?」
レ「………」
棺「………お前、まさか」
レ「……漢字が読めない。一番上から読み上げてくれである」
棺「…………はぁ」