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スティグマ  作者: 髪槍夜昼
三章、聖痕使いは十人十色
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第三十一話 VS霊能者2


「…おや?」


「?」


衣を足止めしていた由来の分身が動きを止めた。


衣はそれに首を傾げる。


「我らが本体様が、何故か前線に出ているな…日光が苦手だったはずなのに大丈夫か?」


他人事のように自分のことを言う由来(分身)。


記憶と視界は共有しているようだが、不思議なことは不思議だと思うのだ。


「…珍しく張り切っているようだ…そろそろ合流するかな」


「待っ…!」


「大丈夫だよ。君がオレに追い付く頃には全部終わった後だと思うから」


慌てて捕まえようと衣は縄を伸ばしたが、分身のいた位置に届く頃には既に分身は姿を消していた。








「………」


現実感の無い、


人間味の無い、


儚くて脆くて虚ろな煙や幻のような少年。


(この少年が、本物の桐羽由来…)


分身と瓜二つであり、その分身以上に虚ろな雰囲気を持つ少年だ。


「…拘束させてもらうよ。これ以上、町を危険に晒す訳にはいかない」


ウリエルを握り締めて色雨が決意するように言う。


「そればかりだな。流石に飽きた」


由来のその言葉が終わった瞬間、色雨はウリエルを素早く由来に向けた。


「ッ!」


だが、炎弾はウリエルから放たれなかった。


いや、それだけではない。


突然、色雨は身動きが完全に出来なくなった。


「…何をしたんだ?」


「不思議そうな顔をしているな。まあ、聞かれたからには素直に答えよう。何てことはないさ、ポピュラーな心霊現象だよ」


手品の種を明かすように由来は言う。


「『金縛り』さ。科学的には睡眠中に起きたりするらしいけど、まあ、それの非科学バージョンだよ。ちなみに、そちらの女の子も、身動き出来なくしといたからね」


「………」


よく見ると、色雨の身体には白い煙のようなものが纏わりついていた。


実体か幽体かを曖昧にした『重複所在バイロケーション』だろう。


「…私には君と言う人間が理解出来ない。確固たる目的もなく、何故こんなことが出来る? 良心が痛まないのか?」


色雨は静かに由来に言う。


それは説得と言うよりは、疑問を尋ねるような言い方だった。


「理解が出来なくて当然だと思うよ…そうだな、例えるなら…オレは『零』なんだよ。正でも負でも無い、ただの零」


「………」


「邪心と良心が無いんだ。カラッポだから、悪行も善行も自主的にはしないし、することに躊躇いも無い」


由来は零と自分を例えた。


色雨はそんな人間がいる訳が無いと否定したかったが納得した部分もあった。


儚くて脆くて虚ろな人間らしくない雰囲気。


あれは中身が空っぽで人間として必要なものがほとんど無かったから、そう思わず感じてしまったのでは無いだろうか…


空っぽで空洞。


邪心と良心が無く、そもそも心が無いかもしれない。


それは虚ろな幽霊によく似た少年だった。


「分かってもらえた? 説得なんか出来ないんだよ。説得は無駄、理解は不能」


何を考えて、何をして生きているのか、まるで分からない少年だ。


ただ、一つだけ言えることは由来は言伝に手を貸しており、何が起ころうと、それを自分からやめることは無いと言うこと。


破壊力を持っている訳では無いが、掴み所の無い、その力と人格は脅威だ。


時間を稼ぐ、広い範囲で監視をする、と言う点では、どんな聖痕よりも優れているだろう。


広範囲を遠隔透視し、実体化も出来る分身を自在に生み出す力。


「…!」


それ故に、由来が最初に気付いた。


「?」


色雨が表情が変わった由来に首を傾げる。


今まで一度も出さなかった困惑したような、驚愕したような表情。


まるで、


「…よう、白いの。やっと見つけたぜ」


いないはずの存在を見たような、幽霊でも見たような表情だった。


「…棺。どうして、この場所が分かった?」


「ハッ、これだけザーザーザーザーとうるせえんだ、大体の場所は分かる…ま、見つけるのには手間取ったけどな」


神無棺は忌々しそうに耳を抑えながら言った。








「………」


(薄々だけど、旦那の力を感じ取った? いや、そんなことは…)


由来は眼帯のついていない方の目で棺を見つめる。


「弱い者いじめは好きじゃねえが、これだけ、好き勝手やってくれたんだ…別に報復されても、文句はねえよな!」


「…ッ」


棺は薄暗い建物中に響く程の声で叫ぶと、由来に向かって走り出した。


由来もそれを見て、思考を止め、色雨達と同様に『金縛り』に遭わせようと、力を使う。


しかし、


「ッ!…ウラァ!」


「!」


一瞬だけ足を止めただけであり、すぐに棺は再び走り出した。


由来の言う『金縛り』とは実際の金縛りに似た現象を由来の力で起こすことだ。


簡単に言えば、ほとんど重さの無い、分身のなり損ないのようなものを無数に敵に纏わりつかせ、動きを鈍らせることだ。


幽霊に取り憑かれた人間が体調を崩したりするように段々と身体に重圧を与える。


だが、由来は知らなかったが棺には『重さを消し去る聖痕』が宿っている。


具体的にどんなもので、限界はどれくらいなのかは棺自身も分かっていないが、棺に『重さ』は通用しない。


金縛りを全て無効化した棺が由来に迫る。


距離を詰めれば由来はそれまでだ。


今回は本体であり、逃げることは出来ず、その華奢な身体では喧嘩慣れした棺の攻撃は到底かわすことは出来ないだろう。


棺は拳を振りかぶる。


「…クッ!」


由来は辛うじてそれをかわした。


棺はかわされたことに少し驚いたが、気にせずもう一度拳を振りかぶる。


しかし、


「何?」


由来は予知でもしているかのような、素早い動きで棺から距離を取った。


おかしい、と棺は思った。


誰にでも勝てるとは思っていないが、ある程度の不良なら一撃二撃で仕留める自信がある程に喧嘩慣れした棺だ。


流石に棺の目の前の由来が喧嘩慣れしているようには思えない。


むしろ、力の性質上、本人は安全な場所にいて、直接的な争いは初めてのような雰囲気でもある。


「…重複所在の本質は分身を生み出すことでは無く、『違う視点でモノを見ること』だよ」


由来が呟いた。


「分身はあくまで備品に過ぎない。その真価は透視、『目』さ」


「………」


棺が辺りを見回すと、建物内に寒気のする不気味な気配が幾つもあった。


「草食動物の目は側面についているから、視界は広いけど、距離は掴みにくい、逆に肉食動物の目は距離は掴みやすいけど、視界はそれほどでもない…」


由来は淡々と語る。


棺は訝しげな顔をした。


「動物の目が何故二つもついているかは知ってる? それは片目では視界は狭くなり、距離も掴めなくなるからさ」


「何の話だ?」


「よって、その結論を出すとね」


棺の言葉は聞こえていないかのように由来は言う。


「『目は多ければ多い程、便利なんだよ』」


ゾワッと何とも言えない気持ち悪さが棺を襲った。


『見られている』


周囲から視線を感じる。


「………」


再び辺りを見渡すとさっき見た時には無いモノが存在した。


『目』だ。


十、二十…いや、百も軽く越えてしまう程の眼球が気味悪く浮き、由来を見つめている。


「視界は共有している…君の動きは初動、前兆、全てお見通しさ」


「悪趣味な奴…子供が見たらトラウマ確定だぜ?」


「大丈夫、人前で使ったのは今日が初めてだよ」


ギョロギョロと動く眼球を見ながら由来が言う。


「そうかい、だが、あんまり見てるとオレも夢に出てきそうなんで、さっさと、消してもらうぜ!」


棺が再び由来に向かい、拳を振りかぶる。


今回は一度や二度で休めずに当たるまで棺は連続して続ける。


「………」


それを見抜いた由来はかわし続ける。


決して、反撃はしない。


由来の目的はあくまで言伝の為の時間稼ぎ。


撃退する必要は無い。


「チッ!」


棺は床を蹴り、由来の背後に回る。


由来が振り返る隙を与えずにすぐに拳を振りかぶる。


しかし、あっさりと由来にはかわされた。


当然だった。


由来に死角は無い。


周囲の気味の悪い眼球が棺を常に見つめている。


「くそっ!」


棺は近くに落ちていた古びた椅子を思い切り蹴り飛ばした。


相当脆かったのか、椅子は砕けて、木片が浮かぶ。


「視界を覆おうと思っても無駄だよ。オレの目は透視も出来るんだ」


「そんなつもりはねえよ。ただ、イラついて八つ当たりしただけだ」


再び走り出す棺。


(一撃だ。あれだけ弱々しい体格をしているんだ、オレなら一撃で確実に意識を絶てる)


そう考えるが、その一撃が難しい。


全方位、建物全てを見渡す視界を持つ由来に攻撃を当てるのは至難の業だ。


再び愚直に棺は拳を振り続ける。


だが、やはりその全ては回避される。


「オレに君を倒す力は無いけど、君もオレを倒すことは出来ない」


「うるせえ!」


由来が挑発するようにそう言い、棺が叫ぶ。


「それなら………ッ!」


突然、由来が棺が拳を振りかぶる前に何故か回避行動を取った。


棺がそれに首を傾げようとした時、


バァン! と何かが爆ぜるような破裂音が辺りに響いた。


「な…」


由来が先程までいた場所を炎弾が炭にする。


思わず、由来はそちらに目を向ける。


炎弾を放ったのは色雨だった。


棺に集中し過ぎていた為、色雨の金縛りが解けてしまったのだ。


「余所見はよくないぜ?」


「ハッ…!」


棺が拳を構えながら言った。


色雨に気を取られている間に、棺はすぐ傍まで接近していた。


例え、無数の目を持とうと、物事を考えるのは由来だけ。


仮に、視界に入っていても、気付かない場合があるように、


いくら目を増やそうと、死角がなくなる訳ではないのだ。


もう間に合わない。


ゴッ! と鈍い音を発て、由来は飛んだ。

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