第三十話 神の導き
「一般人を洗脳してまで盾にすることから、貴方は直接的な戦闘は苦手と見た。素直に捕まることをお勧めするよ」
「フン、本来『神の祝福』をそのようなことに使う方が間違っている」
「なら、他人を洗脳して、自分の思い通りに操ることは正しいと? 世界征服でもするつもりかい?」
色雨が言伝に言う。
聖痕を得て、気の大きくなった違法聖痕使いの中には世界を支配するだとか、世界を滅ぼすだとか言い出す者もいる。
言伝がその類いの人間だと色雨は判断したのだろう。
「ハッ、世界征服だと? そんなものに興味はない」
色雨の予想とは裏腹に言伝はそれを否定した。
「ワシが欲しいのは『統一』だけじゃ」
「………」
「かつて、人間は一つの言葉を使い、争いも無く、団結して天まで伸びる塔を築こうとした。しかし、それが神の逆鱗に触れ、天罰として全ての人間の言葉はバラバラになってしまった」
言伝は教えを語るかのように静かに言う。
「バベルの塔の話だ。それ以降、人は団結して何かを成すことが出来なくなり、争いは無くならなくなった…ならば、再び『統一』すれば、争いは無くなるのではないか?」
「…統一」
「…価値観の違い、言語の違い、宗教の違い、様々な違いが人を団結させない。じゃが、一つの教えに全て統一すれば、例えば『神の教えを忠実に守る傀儡』に世界中の人間がなれば、世界は平和になるとは…思わないか?」
「………」
御開言伝は世界征服がしたい訳でも、世界を滅ぼしたい訳でもない。
世界を平和にしたい。
そんな誰でも思うようなことを自分なりに成し遂げようとしているだけだった。
だが、
「尚更、貴方を捕まえなければならなくなった…」
「何?」
「ただの悪党なら、閉じ込めておけばいい。だけど、貴方のような間違った正義は正さなければならない」
色雨はウリエルを握り締めながら言う。
心境の変化があり、腑抜けたなどと言われることもあったが、色雨は自分なりの正義を持ち、隙間の神に入った人間。
道を踏み外した正義は正さなければならない。
「正義だ、悪だと論ずるつもりは無い。この町の人間を洗脳し、いずれ世界中の人間を洗脳することが強引な方法である自覚もある。じゃが、平和を作るとはこういうことじゃ」
「………」
色雨はウリエルを素早く構えて、炎を放つ。
通常の炎を扱う聖痕使いをモデルにした聖痕装置から放たれた炎は勢いよく、言伝へ向かっていき…
言伝の右側にあった机に衝突した。
「…?」
(外した?)
首を傾げながら色雨がもう一度炎を放つ。
しかし、炎は再び言伝には当たらず、今度は左にそれてしまった。
「不可解か? 自分の力が当たらぬことが」
「貴方の力か…」
「その通り、ワシが神から受託した祝福は『言葉を相手に伝える力』だ」
(…『意志送信』タイプの聖痕)
色雨は薄々気付いていた言伝の聖痕を確信する。
意志送信。
他人に自分の意志を送信する力。
意志受信とは違い、人の心を読み取ることは出来ない、自分の意志を送ることに特化した力。
精神系の聖痕とは言え、それほど強力とは思えないポピュラーな力だが…
「祝福の名称は『精神工学』。本質は『他者との共感』。ワシの意志、思想を他の迷える子羊に道しるべとして送ることが出来る」
「………」
色雨は絶句した。
精神工学。
直接的な破壊力は無いが、炎を放つなどの聖痕より、よっぽど強力で凶悪だ。
強制的な共感。
言伝の意志を送信された者はそれを自分の意志と誤認してしまう。
それは恐ろしいことだ、自分の意志をねじ曲げられるのだから…
どうやら、色々と準備や条件が必要なようだが、それでも危険なことには代わり無い。
精神タイプの聖痕の中ではトップクラスの聖痕かもしれない。
「ワシの『精神工学』は精神を自在に操る力では無く、ワシの意志、思想、『価値観』と『共感』させる導きの力だ」
あくまで共感させるだけ。
ただ、神の導きに忠実になるだけ。
御開言伝の傀儡になるのでは無く、神の傀儡になる。
自分の利益は考えず、全ては神の、世界の為に…
「…やはり貴方は行き場を間違えた正義だね」
「なら止めて見ろ。口先だけでは、綺麗事だけでは、平和は生み出せないと言うことを教えてやろう」
「………」
再び、色雨はウリエルを構える。
(恐らく、先程のはジャミングと同じ、共感の強制による『混線』)
ウリエルから炎を放ち、対象に当てる。
その為に必要な集中力や精神力を乱す。
それだけでウリエルの狙いは逸れてしまう。
(…ならば、乱す隙を与えない!)
バァン!と破裂音、爆発音が響く。
一度では無く、マシンガンのように連続して響く。
「チッ!」
乱すだけでは防げなくなったのか、舌打ちをして、言伝が炎弾をかわす。
しかし、意志の強さは強靭でも、所詮はただの老衰した老人に過ぎない言伝がそう長くかわしていられる訳がない。
「グッ!」
決着はあっさりと着いた。
一撃被弾しただけで、言伝は動けなくなり、地面に倒れた。
「ク、クソ…」
「…この町に行っている洗脳を解除するなら、これ以上の攻撃は加えない」
「は、ハハハ。我ながら無様だ。長々と語っておきながら、この程度とは…」
言伝は自分を嘲るように笑い始めた。
理想だけ高い、神に憧れるだけで何も成長しない自分を恥じるように…
「………」
「まあ、そんなことを言うなよ旦那。オレが味方になってあげるからさ」
唐突にそんな声がした。
「「なっ!」」
色雨と揺祇が驚きの声を上げる。
言伝に集中していた色雨はともかく、それを見守っていた揺祇すらもその存在に気付かなかった。
存在感、現実感が無い人間らしくない人間。
白い眼帯に灰色に近い色素の薄い黒髪。
女にも見える童顔、華奢な色白の身体。
桐羽由来。
現在、この町の全ての隙間の神を『一人』で足止めしている者。
「お前…本体か」
「ああ、旦那のピンチなのに分身だけが駆けつけたんじゃあ、誠意が無いかな、と思ってさ」
「フン」
ふざけた調子の由来に言伝は鼻を鳴らす。
「さて、オレは何をすればいいかな旦那?」
「倒す必要はない、足止めをしろ。どのみち、もうじき全て終わる」
言伝は由来にそういい、薄く笑った。