第二十八話 便利屋
「足止めだと?」
「あ、余計なことまで話したかも…」
棺の言葉に由来が言う。
言葉の割りに特に気にしてはいないようだ。
ピピピピピ…とその時、衣の携帯電話が鳴った。
「兄さん?」
相手が先程、切ったばかりの色雨であることを不思議に思いながら、衣が電話に出る。
『衣、 そっちの方は大丈夫かい?』
少し焦ったような口調で色雨が言う。
『桐羽由来と名乗る違法聖痕使いが支部に現れた。どうやら戦闘目的ではなかったようで、すぐに消えたが…そっちはどうだい?』
「えっ!」
衣は思わず、目の前で浮かび続ける複数の桐羽由来を見る。
「この場所にいるのが全てとは言っていないよ。オレの『重複所在』は町中にいる。この町にいる君達の仲間は全て『オレの視界に入っている』」
由来はつまらなそうに衣に告げた。
まるで、今更気づいたのか…とでも言いたげに。
由来の『重複所在』は千里眼のような力だ。
千里眼のように二つの目で遠距離と近距離を見通すのでは無く、自身の目とは別に遠距離に別の『目』を作って見通す力だ。
カメラとモニターで例えるなら、カメラで取った映像を巨大なモニターに映し出すのでは無く、複数のカメラとモニターを用意し、纏めて映し出しているのだ。
視界を広げるのでは無く、視点を増やす。
言わば、動いて話す監視カメラを複数同時に操ることが出来る。
「少し時間稼ぎをしなければいけなくてね。足止めさせてもらうよ」
由来は棺と衣に告げる。
恐らく、捜索していた色雨の部下も全て足止めされているのだろう。
「…兄さんからの電話が切れました。兄さんの所にもあなたの分身が?」
「その兄さんと言うのが、長髪で穏やかな容姿の男だと言うなら、イエスと答えるよ」
目を瞑り、共有している視界から読み取りながら由来が答える。
「…何が目的なんだ?」
「オレに目的は無い。オレは協力しているだけだよ」
棺の言葉に由来は簡潔に言い切る。
「旦那に目的がある。その為に足止めを任せられた。だから、足止めをしているだけ」
「なら、どうして、その旦那って奴に協力している。そんなに信頼している奴なのか?」
一瞬、棺の脳裏に孤独を恐れて、ある人物の役に立とうとしていた男が過る。
「いや、旦那とは少し前にあったばかり。少ないお金で雇われた、薄い関係」
それだけ危険なことをする程に協力する割りに、薄い関係と言う由来。
「訳わかんねえよ、ならどうしてだ?」
「オレは便利屋だから」
由来は簡潔に言った。
簡潔だが、桐羽由来と言う人間の行き方の全てを表していた。
「助力を求められればそれに答える。拒否するとか、拒絶するとか、そんなことは『知らない』」
「?」
言葉の意味が分からず、首を傾げる棺。
その時だった。
キィィィィィンと、飛行機が飛び立つ時の高い音のような、人の悲鳴のような、気味の悪い音がした。
声とかそういうレベルでは無く、雷鳴のように町の端から端まで聞こえそうな音だった。
長く聞いていると発狂しそうな程の不快な音。
「一体…何ですか?」
「………」
「始まったようだね」
この場で由来だけは冷静に言う。
「まあ、オレは旦那が世界を征服しても、力を貸し続けるつもりだけど」
「今のところは順調のようじゃな。奴も、上手くやってくれたようじゃ」
ある建物の中で御開言伝が言う。
その周辺には虚ろな顔をした者が三人立っている。
「じゃが、ここからが肝要じゃ。この騒ぎでワシの居場所が捕まれては困る」
(その為にジャミングや、奴に錯乱させた訳じゃ)
そう考えながら、自分の書いた本を取り出す言伝。
そして、その中で最も自身が重要視している部分を読んだ。
「『人は神の傀儡であるべきだ』」
「棺、ここにいる桐羽由来は皆、空に浮いています」
「ああ」
「つまり、それは全て分身であり、浮かぶことの出来ない本体は別の場所にいると言うことです」
あくまで視点を増やすだけの聖痕使いである由来に、直接的な攻撃手段は無い。
故に、分身に任せてどこかへ隠れているのだろう。
「成る程。だが、どうするんだ? そしたら、二人とも居場所が分からねえじゃねえか」
「それでも仕方ありません…棺、ここは私が食い止めますから、頼みます」
「格好いい台詞を言ってるが、ただ、オレに面倒臭い捜索を押し付けているだけじゃねえか?」
「早く! 時間がありませんよ!」
「…分かったよ。仕方がねえなぁ」
諦めたように言うと、棺は走り出した。
「…止めないんですか?」
「いや、ぶっちゃけ、ほとんど実体の無い『目』で、二人共足止めする自信が無いんだよ」
困ったような顔をしながら由来が言う。
広範囲に複数生み出すことが出来るようだが、そこまで戦闘力は無いようだ。
「そうですか…なら、好都合です」
「ん?」
「私があなたを足止めできるんですからね!」
両手に光る縄を生み出しながら衣が叫んだ。
それを鞭のようにしならせて虚空に浮かぶ由来を捕らえようとする。
「幽霊は捕らえられない。彼らは自由だ」
ゆったりとした動きで『由来達』はそれをかわした。
虚空で自在に動き回ることが出来る由来の分身にはそんなものは通用しない。
「捕らえようとは思ってませんよ」
「え?」
由来が疑問の声を上げた。
言葉の意味が分からなくて言った訳では無く、目の前の光景を見て、思わず呟いてしまった。
衣がいない。
「あなたを倒そうと思っているんです」
声に気づいた由来がそちらを向く。
衣がいた。
「今からあなたを『攻撃』します。手加減はいりませんよね?」
周囲に衣は看板やゴミ箱など、様々な物を浮かばせていた。
いや、よく見ると、浮いている訳では無く、光る縄によって吊り上げられているようだ。
「観念動力の本質は『触れずに物を動かすこと』。これが本来の使い方です」
衣はほとんど手を動かさずに縄を操作しながら言う。
あの光る縄は衣の聖痕にとって、『延長した手足』に過ぎない。
その本質はそれによって物を操ること。
それは当然、ただ『手足』で殴るよりも強力だ。
「君の『延長した手足』とオレの『第三の目』…か。面白そうだね」
「すぐにその目を塞いであげますよ!」