第二十七話 霊的存在
「それで、違法聖痕使いの居場所の特定は出来ないんですか、兄さん」
由来に逃げられた後、とりあえず衣はこのことを色雨に報告することにした。
棺は由来を今すぐにでも探しに行きたそうだったが、大人しく衣の隣で電話が終わるのを待っている。
『うん。元々この探知機はこの町に侵入してきた違法聖痕使いを探知するものだからね…』
探知機と言っても万能では無い。
最近出来たばかりなので、欠陥は幾つもある。
外からやって来た違法聖痕使い、もしくは、突然発生した違法聖痕使い。
正確には、探知機に登録されていない聖痕を使い、暴れている者を探知する。
だが、逆に言えば、それ以外は探知出来ない。
例えば、棺のように登録されていない聖痕を宿していながらも、聖痕を使い、暴れなかった…つまりは長時間聖痕を使わない者は探知することが出来ない。
その為、『自称魔法使い』の時には棺が倒すまで探知が遅れた訳だ。
『それに、どういう訳か、今日は調子が悪くてね』
まるで、誰かに阻害されているかのように正しく機能しない探知機に頭を悩ませながら色雨が言う。
「…分かりました。では、私と棺で引き続き、捜索を続けます」
『…見つけるだけでいいからね衣ちゃん。君は非戦闘員なんだから、戦うことは考えずに…』
「…分かりましたよ」
やや過保護な程、色雨が衣に心配そうに言い、それに衣は呆れながら適当に返事をして電話を切った。
「で、何だって?」
電話中、黙っていた棺が衣に聞く。
「…探知機は使えません。兄さんの方でも何人か捜索に出しているらしいようですし、私達は私達で探しましょう」
衣は探知機に期待をしていたのか、少し沈んだ声で棺に報告する。
「ハッ、まあ元からそのつもりだがな」
棺はさほど期待していなかったようで、それほど残念そうではない。
「…珍しくやる気満々ですね棺」
面倒なことは嫌い、トラブルを出来るだけ遠ざけようとする棺にしては意外な言葉に衣は言う。
夜の病院での一件は、偶然出会って棺が返り討ちにしただけであり、本来なら自分から積極的に倒しに行こうとはしなかっただろう。
今回も由来に偶然出会った訳だが、どうも、積極的に見える。
「はぁ? そりゃあ、あいつが『敵』かもしれないからだろ」
「敵?」
「かもしれない…だがな、『敵』になるかもしれないなら、一応、挫いておくものだろ?」
「?」
『敵』と言う言葉を重要そうに使う棺。
衣にはイマイチ理解出来なかったが、棺にとって『敵』とは、それだけ重要な言葉で、敵かもしれないと言うだけで全力で倒すと言う意味になるのだろう。
不良として、一時期喧嘩ばかりをしていた棺なりのモットーやポリシーなのかもしれない。
「とにかく! あいつは……おい! 衣!」
何かを言いかけた棺が何かを見て、衣に叫ぶ。
「え? …あ、どうして」
困惑気味に衣が言う。
「どうしてって、呼ばれてるみたいだから、それに答えただけだけど?」
三人目が言う。
「オレは他人の願いに答える便利屋だしね」
虚空に桐羽由来が浮かんでいた。
「探知機はもうダメだな」
色雨は未だに機能しない探知機を見て呟く。
既に支部の色雨以外の人間は由来の捜索に出払っている為に、それに答える者はいない。
(しかし、やはり何かおかしい…まさか、何者かに妨害をされている?)
「…そうなると、どのみち探知機は使えない。なら、私も捜索に出た方が…」
ザリッと、何か土足で床を歩くような音が色雨の背後からした。
「…誰だい? ウチの教え子の中に、土足で室内を歩くような子はいなかったはずだけどな」
色雨はそう言い、背後を振り返った。
「どういうつもりか知りませんが、こちらとしても、丁度よかったです」
「何が?」
「あなたの力について、私なりに推測が出来たので、答え合わせをして頂きたいと思いまして…」
衣が空に浮かび続ける由来に言う。
それに対して由来は相変わらず現実味と人間味の薄い表情だが、どこか面白そうに笑う。
「いいよ。別に隠してるつもりは無いけど、推測を聞こうか?」
「まず、あなたは霊能者、霊能力を所有していると言いました」
「うん」
「霊能力は霊視、徐霊など霊に関係するものが多く、つまり、あなたのソレも、何かしら霊に関係するものだと言うことになります」
「………」
「次にあなたの力の特徴は消えたように移動する、空に浮かぶ、物体を透過する…まるで、霊的な存在かのように」
棺や衣が感じた由来の現実味や人間味の無さ、存在自体の違和感の正体。
「あなた、本当に『生身』ですか?」
衣が尋ねた。
答えを確信しているかのように言った。
「おいおい、本当に幽霊だって言うのかよ」
黙って成り行きを見守っていた棺が言う。
信じられないとでも言いたげに。
「違います。霊的な存在に近いですけど、霊媒体質なんかでもない私達にも見えると言うことはやはり、別物…」
『見えない』と言うことは『いない』と言うことではないが、『認識はされない』と言うこと。
幽霊は存在するのかもしれないが、棺や衣に見えないのでは意味がない。
誰にも触れられず、見えない存在になっても、何の意味も無いのだ。
「そう、例えば、『幽体離脱』と言う霊能力がありますよね」
幽体離脱。
肉体から魂が離れる現象、もしくは力。
それによって肉体から離れた魂だけの存在なら説明がつく。
「どうです? 採点は?」
衣が黙って聞いていた由来を見て言う。
「…おしい、七十点だよ」
由来が言った。
同時に『何も見えていない』のに、衣達は何故か何かの前兆が見えた気がした。
「何が…」
何も目から情報は入って来ないのに、本能的なもので何かを感じ取る衣達。
グニャリと景色が歪んだようにも、ぐるぐると回るようにも衣達には見えた。
実際の景色の『色』の変化は由来の回りに白い煙のようなものが出現した程度だと言うのに…
「…う」
ようやく、視界と頭が元に戻り、衣達が由来の方を向いた。
「これが解答だよ」
由来は短く言った。
由来の周囲には由来の全く同じ姿形をした『存在』が存在していた。
「オレの力の名は『重複所在』だよ」
由来は特に自慢する訳でも無く、間違えられた名前を正すような感じで言った。
「分身…した?」
棺が呆然とした顔で言う。
「分身と言うのはやや語弊がある。眼通力と言う言葉を知っているかい? 透視の遠隔透視…うーん、『千里眼』と言った方が分かりやすいかな?」
「どういう意味だ?」
言葉の意味が分からず、棺が由来に聞く。
「つまり、『重複所在』は分身よりもそれで『見る』ことの方がメインな力なんだよ」
「?」
それでも理解が追い付かない棺。
「だから…」
少し呆れたように由来は言った。
「この町の全てを見て、計画の邪魔になりそうな者の足止めくらいなら簡単に出来るってこと」