第二十五話 幽霊少年
「…まだ探知は出来ないのかい?」
「す、すみません! 探知機の故障か分かりませんが、反応が弱い上に出たり、消えたりしまして…」
色雨の言葉に謝りながら急いで探知機を操作し続ける見習い隊士。
何やら予想外のことが起こっているらしく、焦りながら操作している。
「いや、別に君を責めている訳では無いんだ。機械の故障なら、メンテナンスを怠った私が悪いのだし」
未確認の聖痕使いに焦っていた為にきつい言い方をしたことに気付き、色雨が宥めるように言う。
(しかし、昨日までは正常に動いていたはずなのだけど…何かおかしい)
「…次に微かにでも反応があった場所に私が行くよ」
(理解出来ない力、存在、それが聖痕使い同士の戦いで一番怖いことだ)
「それで、旦那のジャミングはまだ効いてるのか?」
『ああ、この間使われたあのおかしな機械は今も使えていないじゃろう』
由来が道を歩きながら携帯電話で会話をしている。
相手は御開言伝であり、『計画』の最終確認をしているようだ。
『フン、神の祝福を受けた身でありながら、神の奇跡に似せた機械を作るなどと…本当に罰当たりな奴らじゃと思わんか?』
「オレに意見なんか求められてもしょうがないよ」
言伝の共感を求める言葉に困ったように由来が言う。
『ああ、そうじゃったな』
その言葉に何故か納得したかのように言伝が言う。
「そうそう、オレは意見も主義も主張も一切持たないって言っただろ?」
意見も主義も主張も一切持たない。
そんな『不可解』なことを由来はまるで当然のことのように言った。
「オレは金で雇われる便利屋であり、都合のいい道具であり…」
『………』
「ただ、他人に力を貸すだけの『奴隷』さ」
何故かそれを誇るように由来は言った。
『…フン、人間味の無い…されど、それこそが神の忠実なる下僕、神の傀儡なのかもしれんな』
「これを言って、気味が悪いと言われなかったのは初めてだよ。オレと同じ力を持った人間に出会ったのも旦那が初めてだけど…」
『フ、同じ神の祝福を受けた者、『共感』出来るに決まっているじゃろう』
言伝の好きな言葉なのか、共感と言う言葉を強調しながら由来に言う。
「やっぱり、平和が一番だよな。同類同士、争うなんて間違って…うん?」
道を歩きながら電話をしていた由来が首を傾げた。
『どうした?』
「同類を見つけたみたいだ…さて、やるとしますか」
『そうか…油断するな』
「アイアイサーっと」
そう呟くと、由来は再び、煙のように消えた。
「ようやくテストが終わったな…」
「そうですねー」
同じ頃、棺と衣は会話をしながら歩いていた。
今日で全てのテストが終わったので、いつものように二人で家に帰っている途中である。
苦手なテストから解放された為か、棺はいつもよりテンションが高めだ。
「いやぁ、結果はまだ分からねえが、この解放感は気持ちがいいぜ」
「それは同感です。勉強は嫌いじゃないですけど、緊張しますからね」
「そうだな、打ち上げみたいな感じでカラオケにでも行くか?」
「カラオケ…ですか?」
棺の誘いにキョトンとした顔で衣が言う。
「オーケーオーケー、何となく予想してたぜ。カラオケにも行ったことないんだろう? 今から連れて行ってやるよ」
いい加減、衣の生真面目なところを把握してきた棺が言う。
しかし、
「はぁ…あまりお腹は空いていないのですが…」
「………はぁ!?」
衣は棺の予想以上だった。
そもそも、カラオケの存在を知らなかった。
「お前、本当に今時の若者かよ! 実はまだ小学生なんじゃねえか!」
「だから、同い年だと言ってるじゃないですか!」
割りと本気で実は小学生なんじゃないかと、棺は言ったが、衣は全力否定。
「あー、今度お前の兄さんに教育方針について聞く必要があるな」
「何でですか。と言うか、カラオケって本当は何なんですか、レストランとかじゃないんですか?」
「説明が面倒臭え! それこそ兄さんに聞けよ!」
最初はテンション高めだったが、衣とのやり取りで、いつの間にか、いつものテンションに棺は戻ってしまった。
「…もしもーし、そこのお二方ー」
「ん?」
またいつものように言い争いになる寸前で、棺と衣は声をかけられた。
棺が声のする方を向けば、少し先の塀の上に眼帯を付けた女顔で細身の男が座っていた。
「ああ、やっと気付いた。待ってたよ」
眼帯を付けた男、桐羽由来は朗らかで儚げな笑みを浮かべて言う。
「棺の知り合いですか?」
「いや、オレの知り合いにこんな今にも死にそうな奴はいない」
衣の質問に棺が率直に由来の第一印象を言う。
何気に酷い。
「自己紹介をしよう。オレは桐羽由来。こう見えても十九歳」
十七歳の棺よりも下に見える童顔かつ女顔の自覚はあるのか、そう言う由来。
「江枕衣。十七歳、現役高校生」
十七歳と高校生を強調しながら衣も自己紹介をする。
「…神無棺だ。それで、お前は誰だよ」
(またどっかの不良か? にしては喧嘩が弱そうだが…色雨関係か?)
「自己紹介は済んだよ?」
「名前じゃねえよ、何者で何用だって聞いてんだ」
「ああ、そういう意味」
手をポンと叩き、納得した仕草をする由来。
「………」
(何だこいつ?)
儚いと言うべきか、現実味がないと言うべきか、独特な雰囲気を持つ由来に棺は困惑していた。
「自分のことを話すのは苦手なんだよね…そうだな、職業は便利屋。報酬を払えば何でもする何でも屋」
「便利屋?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる棺。
しかし、それを気にせず、由来は自分について考えている。
「後は、何だろう…」
「!」
フッとそこまで話していた由来が棺の目の前から消え失せた。
何の予兆も予告も無く、瞬く間に、まるで元からそこにはいなかったかのように消えた。
「この力とか?」
「は?」
唐突に消え失せた由来に棺が目を凝らしていると、すぐ後ろから声がした。
振り向くと、元からそこにいたかのように、由来が平然と立っていた。
音もなく消え、音もなく現れた。
「お前、一体…」
一瞬、棺の脳裏にレイヴの言っていた『幽霊』と言う言葉が過った。
「そんなに驚くなよ、『お化け』を見た訳でもあるまいに…」
棺を安心させるように由来は言った。
「オレはただの『霊能者』だよ」