第二十四話 新興宗教
「幽霊?」
テストの二日目、風邪の治ったレイヴに棺は声をかけられていた。
「そうである! 幽霊を見たのであるよ!」
「つーか、やっぱりサボりだったんだな」
昨日見たことを興奮して話すレイヴに対し、棺のテンションは低い。
と言うより、レイヴと会話している時に棺がテンション高い時の方が珍しい。
「違うである! 昨日は風邪で寝込んでて…」
「何で寝込んでて幽霊が見えるんだよ」
「それは食べ物を買いに…って、さては信じてないであるな! 何で私の言うことを一つも信じてくれないのであるか!」
その棺の様子にハッと気付き、レイヴが叫ぶ。
「オオカミ少年…と言う話を知っているか?」
「知っているであるよ?」
「そうか。ならいいんだ」
「どういう意味であるか! それは!」
暗に、レイヴの普段の行いが理由だと言う棺。
「今回は本当に本当であるって! この間、棺にあげたゲームがプレミアム版だと言うのは実は嘘であったけど、今回は絶対に本当である!」
「あれ嘘だったのかよ! この野郎! やっぱテメェは信じられねえ!」
「おかしいな…昨日、本当に反応があったのかい?」
隙間の神、第185支部、
江枕色雨が機械を見ながら近くにいた見習い隊士に言った。
「ええ、昨日は微かにですが、私達隙間の神や協力者の神無棺さんを除いた登録されていない聖痕の発動をキャッチしたんです」
見習い隊士の女が機械を操作しながら言う。
この機械は聖痕装置の一種であり、この町の中で登録されていない聖痕の使用が確認されると即座に反応する探知機だ。
最近導入されたばかりの試験品であり、欠点は聖痕を使わない限り、違法聖痕使いを特定出来ないこと、
そして、違法聖痕使いのように聖痕を何度も使わない者…例えば、棺のように極稀にしか使わず、長時間使わない者は探知しにくい。
昨日は確かに反応があったのだが、長時間使用した訳ではなかったようで、後者の欠点の為に反応を見失ってしまった。
「まあ、私がいない間に何も起こらなくてよかったと言うべきかな…」
「しかし、違法聖痕使いが町に入り込んでいる可能性もありますよ」
「だけど、それだけとは限らないよ、もしかしたら、新たに聖痕に目覚めた聖痕使いが現れただけかもしれないじゃないか」
「それはそうですけど」
とは言うものの、色雨は十中八九、違法聖痕使いでは無いかと思っていた。
何故なら、数日前にオーミー・氷咲によって、病院での騒動が起こされたばかりだったからだ。
居合わせた棺が襲われたのは偶然だとして、病院に現れたと言うことは病院にいる人間が目的なのかもしれない。
一応、色雨はあの時に病院にいた全ての人間を調べたが、聖痕使いは軽根間人を除いて一人もいなかった。
だが、連中にとってはただの一般人ではない人間がいたのかもしれない。
だから、再びそれを狙いに何者かが町へやって来ても不思議ではない。
(…病院に誰かを配備するべきか。私が行くなのかもしれない…だけれど、そうすると、衣が…)
「あの…江枕さん?」
色雨が悩んでいると、見習い隊士の女が声をかけた。
「ん? どうかした?」
「えと、その手に持ってるのは何ですか?」
悩んでいる色雨の気を紛らそうとしたのか、色雨が手に持っていた物について聞く見習い隊士の女。
「ああ、これね…さっき外に出た時に貰ったんだよ。新興宗教ってやつかな? 隙間の神が神を信じるってのもおかしいけど…」
苦笑しながら言う色雨の手には『神の導き』と表紙に書かれた小さな本が握られていた。
「それで、布教は上手くいってるのか? 旦那?」
ある建物内で、灰色に近い色の黒髪、不健康な色白、左目に白い眼帯をした男が言った。
体型はやせ形で、女にも見えるその顔は年は二十歳にも満たないだろう。
存在が希薄と言うべきか…触れたら消えてしまいそうな脆く儚い雰囲気を持った男だった。
「昨日の今日で信者が集まる訳も無いじゃろう」
その隣に立っていた男が答えた。
こちらは眼帯の男とは逆に歳を取り、黒髪に混じった白髪が目立つ初老の男だったが、弱々しさは無く、むしろ、眼帯の男よりも生気が溢れていた。
「まあ、人は見えないものはいないと決めつけるものって誰か言ってたし…仕方ないじゃないのか? 言伝の旦那?」
「黙れ、桐羽由来。じゃから、これからワシがこの町に布教をしようとしているのじゃろうが…」
初老の男、御開言伝が言った。
「布教ね…まあ、旦那がやりたいならやればいいよ。オレはあくまで、手を貸すだけだから」
眼帯の男、桐羽由来が答える。
「相変わらず貴様は何を考えているのか分からんな。真に恐ろしきは、心の読めない味方か」
「何を考えているのか分からないんじゃなくて、何も考えていないだけさ」
「フン、計画は分かっているのじゃろうな?」
「分かってる。それじゃあ手筈通りに」
言伝の言葉に頷く由来。
「よし、この町は全ての始まり、今日こそは我が布教の革命の日となるのじゃ! 『世界布教』の為のな」
建物内に言伝の叫ぶ声が響いた。
「…『今時世界征服を野望にするなんて旦那は夢見がちだね』って普通の人は言うだろうな」
「黙れぃ! 貴様まだ居たのか! さっさと行け!」
「アイアイサー」
そう呟くと由来は煙のように虚空へ消えた。
「新興宗教『神の導き』? 何なんだ、その胡散臭そうな名前は」
「いえ、学校へ来るときに貰いまして…」
いかにもなタイトルの新興宗教に心底下らなそうな顔で言う棺に衣は困ったように答える。
それは色雨が貰ったものと同じ小さな本だった。
「そういや、今日の朝は待ち伏せしてなかったな」
「ええ、支部の方によってから来たので」
「なるほど、それでか…にしても、宗教なんて興味ねえけど、これはまた強烈なやつだな」
衣の持っていた小さな本を取り、中をパラパラと捲りながら言う棺。
「『神の言葉は唯一絶対の導きであり、それに従うことこそが人の取るべき道』…うへぇ、無神論者のオレには理解不能だ」
「聖痕使いが何を言ってるんですか…」
「いや、むしろ、不可思議を知っているからこそ、逆に信じられねえんだよ」
聖痕が存在するのだから、神も存在するかもしれない…では無く、
所詮、現実の不可思議は聖痕程度で、神はそれを大袈裟にしているだけ…と棺は考えているのである。
不可思議を知っているからこその感性である。
「そうとも言える…のですかね? 私も神様を否定するつもりは無いのですが」
「それはそうと、もうそろそろテストが始まる時間だぜ、戻った方がいいんじゃねえのか?」
「そうですね。早めに戻って勉強をするとします……そういえば、先程レイヴさんが泣きながら走っていきましたが、棺、何かしましたか?」
「ああ、十中八九、嘘泣きだから別にお前は気にしなくていいぞ」
大方オレを困らせる作戦だろう…と何か悟ったような顔で棺は言った。
「はあ、棺に任せます。テスト頑張りましょうね」
そういい、衣は自分のクラスへ帰って行った。
「………あ、この本を返すの忘れてた」
ふと、新興宗教の本を手に持ったままだったことに気付き、棺が言う。
『信じるものは救われる。人間は全て、神の傀儡であるべきだ』
御開言伝
そうその本の最後には書かれていた。