第二十二話 ナイーブな作家
「質問が幾つかあるのだ、答えてくれないか?」
「記者みたいなことを言う奴だな」
「記者では無く、筆者は作家だ。イメージを湧かせる為に、ネタ集めをしているのだ」
きっぱりと断言する自称作家の落河揺祇。
手に持った手帳やシャーペンはマスコミか何かに見えなくもない。
「…まあ、どうでもいいけどよ。お前は…えーと、先輩か?」
棺は揺祇の顔に見覚えが無かったので違う学年だと思い、聞く。
「いや、歳は君より一つ上だが、一年留年したので、学年は同じだよ」
「留年? 初めて聞いたな」
「生まれつき、メンタル的に弱くてね、去年は休学をしていたのだよ」
「ふーん…」
(通院でもしていたのか…いじめとかに遭うタイプには見えないから、鬱病ってやつか?)
そのような体験が無い棺にはその気持ちはよく分からなかったが、好奇心で聞いていいようなことでは無いことは分かった。
「それで? 作家つーことは何か作品があるんじゃねーのか?評判はいいのか?」
「………」
棺の質問に何故か黙り混む揺祇。
「どうした? あんまり評判はよくないのか?」
「…いや、と言うよりは評価をされたことが無いと言うか…えーと」
はっきりと言いたく無いようで、曖昧に揺祇が言う。
その様子に棺はしばらく考え、
「ああ、休み過ぎて友達がいねえのか」
納得がいった…とでも言いたげにあっさりと言った。
配慮ゼロである。
「…そんな…はっきりと言うなくても…」
気にしていたのか、みるみる暗くなっていく揺祇。
取材取材と興奮していた先程までとはえらい違い…
「あれ? おい…」
ようやく揺祇の異変に気づいた棺。
トラウマ故に女性関係の免疫は無く、かなり鈍感なのである。
「…グス」
既に泣きが入ってる揺祇。
棺より年上だが、メンタルは弱い。
「…あー、何と言うかー」
鈍感な棺にもこれがマズイ事態なのはよく分かった。
この場を衣やレイヴに見られでもしたら…
正義感の塊である衣は、棺に謂れの無い罰を与え、
悪戯好きのレイヴは、面白おかしく話を学校中に広めるだろう。
「あ、あれだ。オレも友達いねえから、お前は大丈夫だ! 大丈夫!」
何が大丈夫なのか、そもそも慰めになっているのかは棺自身も分かっていなかったが、とにかく泣き止ませようと必死だった。
「…そうだな。筆者は大丈夫だ。うん、問題ない」
ようやく暗い雰囲気の無くなった揺祇。
「…それはよかった」
疲れる相手だとか、疲労感を感じる点や迷惑をかけられる点もレイヴに似ているなどと内心思いながらも、棺が答える。
「何をしてるんですか?」
そこで、ようやく棺にぐしゃぐしゃにされた髪が元に戻ったのか、衣がトイレから出てきた。
「あ、ああ、こいつが……あれ? そもそも何しに来たんだっけお前?」
「だから、色雨に聞いて興味が湧いたから、取材をしに来たと…」
(ああ、そうだった取材だったな。こいつの出す面倒くさい雰囲気で忘れていたな………あ? 今、何か妙なことを言わなかったか? こいつ?)
揺祇の言葉に何か引っ掛かることがあった棺。
その疑問はすぐに晴れることとなった。
「あれ? もしかして揺祇さんですか?」
「ん?…ああ、久しぶりだな、衣」
「知り合いか?」
その様子を見て、棺が衣に聞く。
「ええ、同じ隙間の神で、あの支部に来ている人なんですよ」
あの支部とは、例の『星を見る会』の支部である。
どうやら、知り合いなだけでは無く、隙間の神の同僚でもあるらしかった。
「…ハッ! 神無棺! 見ろ! 筆者にも友人はいるぞ!」
何かに気づいたかのような顔で衣を指差し、棺に叫ぶ揺祇。
「…それはよかったなぁ」
(こいつ、本当に友達いねえんだな)
その様子に少し切ない気持ちになりながらも、棺が答える。
「話が読めませんが…揺祇さんはどうしてここに? 一年前から支部にも来てませんでしたから、心配しましたよ」
「支部には顔を出さなかったが、仕事はしていたぞ? まあ、先日の病院での件以外はそれほど忙しいことはなかったが…」
「それはそうですよ、揺祇さんがいないと、私達は成り立ちませんから」
「いやいや、筆者の代わりなどいくらでもいるよ」
衣の話では、揺祇はかなり重要なポジションにいるようだが、揺祇自身はそれを誇るどころか、むしろ、代わりがいれば、任せていたい様子に見える。
「今度はオレが話が読めねえんだが…」
二人の話についていけない協力者、棺が言う。
「揺祇さんは私のような見習いでは無く、ある意味、隙間の神で一番重要とも言える、『主天使』なんです」
「…それは何をする部隊なんだ?」
いまいちまだ隙間の神を完全に把握出来ていない棺が再度聞く。
「秘匿をする部隊だよ。部隊と言っても、聖痕使いのカテゴリーのようなものだけどな」
自分のことだからか、衣の代わりに揺祇が答えた。
「他人の記憶を消す、操作する。そんな特殊な聖痕を筆者は持っているのだよ」
決して自慢げではなく、むしろ、友達がいないことよりも言いにくそうに、揺祇は言った。