第二十一話 非日常と日常
「残念ながら連中には逃げられてしまったが…無事で何よりだよ江枕色雨君」
本部にて、天士が色雨に慰めと労いの言葉をかける。
色雨はそれに感謝の言葉を言いながら、逸谷不戒の言っていた言葉を思い出していた。
「依存…か」
忠誠でも、信頼でも無く、依存。
故に誰も組織を…ボスを、裏切ろうとは思わないし、それでも不利益になる人物は逸谷が始末する。
そうして成り立っている組織『反逆者』。
『麻薬』と逸谷が言う程に周囲を魅了し、依存させるカリスマを持った暴君と言う存在。
隙間の神の存在に詳しく、支部を的確に狙い、隙間の神に敵対心を抱いている。
そのボスとやらが隙間の神に過去、所属していたことがあるのは明らかだ。
(…一度は同じように人々の為に働いていたはずだったのにね…)
色雨は何とも言えない気分になった。
それだけのカリスマがあるのなら、当然、実力もあるのだろう。
その実力で一時期は人々の為に働いていたはず…
色雨も、何も世界中の人々の為に犠牲になれとは思わない。
色雨自身も、世界中の人々よりも大切なものはある。
しかし、一時期にしろ、思惑は何にしろ、誰かを救ったと言う実感があったにも関わらず、放棄するのは、色雨には考えられないことだった。
「…願わくば、私の大切なもの達には彼らのような存在を知らないで過ごしてもらいたい」
色雨は小さく呟いた。
「はぁ…テスト…」
机に突っ伏してうなだれながら棺が呟く。
「どうでしたか?」
それを見ながら、横から衣が聞いた。
二日間のテストの内、今日の分のテストが終わり、棺のクラスメートが様々なリアクションをしながら教室から出ていく、放課後…
最近もはや恒例になりつつある、一緒に登下校を今日もしようと、衣が棺の教室にやって来ると、棺は机に突っ伏してうなだれたままだった。
「………察しろよ」
小さく棺が言う。
「あー…ダメだったんですか…勉強したのに」
「むしろ、いつもより出来なかったぜ…慣れないことはするもんじゃねえな」
「そういうことは慣れるまでするんですよ」
努力家で真面目な衣がきっぱりと言う。
「…お前が眩しいぜ」
不良で不真面目な棺にはそれは耳に痛い言葉だった。
大袈裟に目を手で隠す仕種までしている。
「もう、どうでもいいですから帰りますよ」
呆れたようにため息をついた後、棺に早く帰るように促した。
いつの間にか教室に残っているのは棺達だけになっていた。
そのことに気づき、棺も、のんびりと鞄を持って、衣と共に廊下を歩く。
「つーか、お前、オレ以外の友達いないのかよ」
毎回毎回、自分の所へ来る衣に棺は聞く。
それが迷惑そうな言い方では無く、同性の友達を作っていないか純粋に疑問に思ったようだ。
しかし、それを衣は嫌みに取ったらしく、少しムッとした表情をする。
「まだ学校に馴染んで無いだけです! コミュニケーション能力がアレな棺とは違います!」
「何でオレを例に出した? 大体アレって何だよ。はっきりと言え!」
衣の発言にこちらも少しボルテージが上がる棺。
「趣味が悪いと他人と感性が違うから友達ができないんでしょうね」
「おい、それはオレか? その趣味が悪いってのはオレのことか?」
ボルテージ急上昇の棺。
「大体何で赤なんですか、目に悪いですよ」
「………」
「前に私服だった時に思ったんですけど、隣に立ってると、光を反射して目がちかちかするんですよ全く」
「………」
「まず、その髪を黒く染めて…あれ? 何で私の頭を掴んでるんですか?」
衣が今までに溜まった不満を吐き出すのに夢中になっていると、棺がガシッと衣の頭を掴んだ。
「なら、テメェの髪を真っ赤に染めてやるよぉ!」
「キャー! 髪をグシャグシャにしないで下さい! 頭をぐりぐりしないでー! っていうか拒絶反応はどこに行ったんですかー!」
その後しばらく、棺は衣の髪を目茶苦茶にした。
「うう…酷い」
海藻みたいなグシャグシャ頭になった衣が言う。
「レイヴに便乗してるのか知らねえが、オレを馬鹿にするには百年早えよ」
ヘッと棺が気分が晴れたのか少し満足そうに笑った。
「…少しトイレで髪を直して来ます。これでも女の子ですので」
そう言うと、衣はふらふらと近くの女子トイレに入って行った。
「もたもたしてると校舎閉まるから、早くしろよ」
その後ろ姿に棺がそう声をかけた。
誰のせいで…とか恨み言がトイレから聞こえる。
(…そういや、静かだと思ったら、レイヴに今日は会ってないな)
壁に背もたれながら棺が考える。
(勉強会したくせに今日はサボったとかねえよな…)
基本的に気分屋で面白そうなことは率先してやり、面倒臭いことはしないのがレイヴだからだ。
大体は棺にそのしわ寄せが来て損するのだが…
「あいつが静かだと、後々ろくな目に遭わない…」
本当にそれが迷惑そうに棺が言う。
これだけ迷惑をかけられてもつるんでいるのは腐れ縁故か…
「女子トイレの前で何をぶつぶつ言っているのだ?」
「あ?」
考えに夢中になっていて、棺は目の前に立っていた人物に気づかなかった。
両手首に赤と青のミサンガを付け、べたな新聞記者のように右手に手帳、左手にシャーペンを持った、棺と同い年か、一つ上くらいの歳の少女だった。
「…何だ? 取材に来たとか言うんじゃねえだろうな」
嫌な予感を感じて、棺が先に言う。
何となく、レイヴのような他人の迷惑を考えないマイペースさを感じたのだ。
「おお! よく分かったな。筆者は驚きを隠せないよ」
少女は自分のことを筆者と呼び、新聞記事のように言った。
「…また面倒臭い奴が出て来やがった」
(レイヴだけでお腹いっぱいだっつーの…)
心の中と外で愚痴る棺。
「おっと、自己紹介がまだだったな。筆者の名前は落河揺祇、しがない作家だ」
レイヴ並にキャラの濃い、作家、落河揺祇は言った。