第十八話 熾天使
「………」
色雨と皆代は特に会話もせずに本部の通路を歩く。
熾天使の下へ向かう皆代に、色雨も熾天使に用があった為に同行したのだ。
(違法聖痕使いの組織…)
通路を歩きながら色雨は先程、皆代が言った言葉を考える。
通常、違法聖痕使いの組織は有り得ない。
違法聖痕使いをリーダーとした、大半が一般人の不良の集まりのような集団はいないことも無いのだが、元々目覚める可能性の少ない聖痕使いが固まって現れるのは珍しい。
しかも、多くの違法聖痕使いは自己中心的で自分の欲さえ満たせれば、何も目的は持たないタイプが多く、組織には成れない。
それが一つの組織となっているのだとすると…
(分かることは二つ。一つはその組織にはそれだけの目的にあるのだと言うこと…もう一つは…)
「………」
色雨は苦々しい顔をした。
(それだけの組織を纏め上げる、強大なリーダーがいるのだと言うこと)
そして、その目的は隙間の神と敵対することらしい。
違法聖痕使いは隙間の神や聖痕すら知らずに拘束される場合が多い。
自分でもよく理解出来ていない力を、分からないままに振りかざす…
そのような人間は脆い。
隙間の神の存在を知って、尚且つ拘束されていないと言うことは…
自分の力を理解した、強力な人間だと言うこと。
「難しい顔をしてるでありますね。無駄に気負わない方がいいでありますよ? ただの虚言かもしれないのでありますから」
「いや、君は知らないかもしれないけど、既に隙間の神に敵対する『集団』は動き始めている」
「?」
「支部が幾つか襲撃されてね…この意味は君にも分かるだろ?」
秘匿の為の隙間の神の支部を正確に見つけだし、襲撃をする…
「『元』…隙間の神…」
裏切り者。
隙間の神に入る人間が全て善良とは限らない。
隙間の神に取り入り、陰で犯罪を犯す者、
隙間の神で得た力で暴走しだす者、
そのような、『元』隙間の神の違法聖痕使いは珍しくない。
「『反逆者』…って、そういう者のことを言うんだけど、その支部を襲撃した『集団』も『反逆者』と名乗ったらしいんだ」
「つまり、その『集団』は反逆者のリーダーが統べる、違法聖痕使いの『組織』かも知れないと言うことでありますね」
「反逆者でそこそこ腕のある者が犯罪者を集めて追放された復讐でもしているのかもしれない…と言われていたけど…」
ただの犯罪者達と、違法聖痕使いの組織では戦力が桁違いだろう。
しかも、リーダーが隙間の神の特訓を受け、違法聖痕使いより実力のある反逆者。
いずれ、脅威になるかもしれない。
「反逆者…と言うことは隙間の神に敵対する理由は十分にある」
「それが誰だか分かっていないのでありますか?」
「一応、聖痕などの記録は反逆者達のは全て残っているらしいけど…」
「けど?」
「そもそも、そのリーダーを誰も見たことが無いらしいんだよ」
「用心深いでありますね」
敵ながら感心したような声で皆代が言った。
「その護送されてきた違法聖痕使いは何か言っていなかったの?」
「さあ? 『オレには組織がついてる』…みたいなことを口走っただけでありますから…読心系の方がいれば詳しい話も分かるのでありますが…」
「記憶操作系もだけど、精神に関わる聖痕使いは希少だからね…」
残念そうに色雨が言った。
「ここであります」
熾天使がいるらしい部屋の前で皆代が色雨に告げる。
丈夫そうな扉には何故か『管理室』と書かれていた。
「そのようだね」
(と言うか、炬深はどこへ行ったんだ?)
本部に帰ったはずなのに一度も会わない炬深に色雨は首を傾げた。
「熾天使さん?事前に連絡していた…」
「いや、熾天使さんはおかしいでしょ。名前で呼ばないと…」
コンコンとノックしながら言う皆代に色雨がツッコミを入れた。
「あ、そうでありますね」
ハッとしたような顔をする皆代。
改めてノックをする。
「あの…………」
そこで何故か皆代の動きが止まる。
「どうしたの?」
「…名前、何でありましたっけ?」
「え?」
熾天使の本名を知らないらしい。
しかし、本部には滅多に来る機会などなく、連絡も智天使を通して行われる為に顔を見たことすら無い。
変わったらしいことは炬深に聞いて知っていたが、色雨も本名を知らなかった。
「………」
「………」
無言。
自分達は名前すら知らない人間の下で働いていたのかと二人は思う。
「やっぱり、もっとアットホームに行かなければいけないかね…」
いつの間にか二人の後ろに立っていた人物が言う。
男の割に長い髪の色雨より長い髪を持つが、中性的な顔の為、性別はよく分からない。
歳は色雨と同じか、それ以下に見える。
「…もしかして」
皆代が呟いた。
「はい、私が熾天使の天之原天士です」
現、熾天使
天之原天士。
通常、熾天使はその補佐を担当する『智天使』か、
本部の守護をする『座天使』から選ばれる。
言わば、統括力か、戦闘力で選ばれる。
当然、人格などが前代『熾天使』に認められる必要もある。
しかし、現在の熾天使である、天之原天士は違った。
見習い…つまりは色雨のような、権天使に指導された後、いきなり熾天使に推薦された、異例だった。
「紅茶と緑茶…どっちが好きかね?」
その異例のトップが気さくに言う。
場所は『管理室』。
何の管理しているのかは不明だが、電源の入っていないモニターが幾つかあること以外は普通の部屋だ。
高級そうなソファーやテーブルもあり、色雨達はソファーに座っている。
「あ、先手を打っとくと、私がやりますとか言って断るのは無しだから〜」
本当に気さくに天之原天士が言う。
色雨達はどうしていいのか戸惑っていた。
「楽にしていい。私はアットホームな職場を目標にしているからね」
そういいながら、天士はソファーに座った。
いつの間にか、色雨の前には紅茶、皆代の前には緑茶の注がれたコップが置かれていた。
「あ、また先手を打っておくと、私はお世辞とか社交辞令とかが大嫌いだから。気をつけて」
紅茶を飲みながら天士が二人に言う。
まだ二人は戸惑っていた。
「それで? 結局、何の用があって来たのかね?」
「あ…あの、実はお耳に入れたいことがあるのであります…」
そう言われて、辟易しながら皆代が語り出した。