第十五話 意外な好物
「…勉強会をするのは大助かりだし、それ自体には文句はねえよ…」
「…何ですか?」
「何でする場所がオレの家なんだよ!」
結局、転校生の衣よりも、自分達の方がヤバイと棺は悟り、勉強会をすることで纏まった。
放課後、帰り道に場所はどこにするかと言った時、棺の家がいいと衣とレイヴが言った。
「ついさっき、レイヴさんに棺の家を教えてもらいまして…」
「マジで教えやがったな、テメェ!」
「ハハハ、照れるな、純情少年」
ニコニコと嘘臭い笑みを浮かべながらレイヴが棺に言った。
「まあ、実際一人暮らしの棺の家の方が都合がいい理由もあるのであるよ」
「…行ったこと無えが、お前も一人暮らしとか言ってなかったか?」
ふと思い出したかのように棺が言った。
一年の付き合いだが、棺はレイヴには基本的に無関心なので、家に行ったこともなかった。
学校以外で会うことも無いことも無かったが、大低は棺の家だった。
と言っても、棺は特に異性として意識はしていないので何も無かったが…
「来たいのであるか?」
「いや、そういう訳じゃねえけど…」
「一応、兄さんは支部の方に住んでいるので、私も一人暮らしですよ?」
「いや、聞いてねえし」
そんな調子で会話が続き、結局、流されやすく、押しに弱い棺の家に決まった。
「ここですか…」
どこかの漫画に出てくるようなボロアパート…と言う程でも無いが、
浪人生とかが住んでそうな少し安めに見えるアパートに棺は住んでいた。
「悪いか。これでも孤児院育ちで金がねえんだよ。たまにバイトとかしても足りねえから、孤児院に借金してるぐらいなんだよ」
「そうなんですか…」
両親も親戚もいない棺の実情に同情したような顔を見せる衣。
「大丈夫です! 隙間の神は高収入ですから! 卒業後の就職先もバッチリ…」
元気付けようと衣は手で拳を作り、力説する。
「…まあ、この間辞めたバイトの代わりぐらいにはなるだろう」
就職はともかくとして、協力者の礼金を長続きしないバイトの代わりにしようと考える棺。
「隙間の神?」
「い、いえ、何でもありません」
すっかり衣に存在を忘れられていたレイヴが聞くと、慌てて衣はごまかした。
「お前ら、さっさと入れ、こんな所を近所の奴に見られたらオレが困る」
いつの間にか鍵を開け、自分の部屋の扉を開けた棺が二人に言う。
実情はどうあれ、同級生の女子の二人を一人暮らしの自分の部屋に連れ込むのを他人に見られるのは避けたいのだろう。
シャイなのでは無く、面倒事が嫌いなのだ。
「こんな美少女を二人も部屋に連れ込んで何を言うのであるか」
「お前らが押しかけただけだろうが! 今からでも追い返すぞ!」
「失礼します」
レイヴの言葉に棺が怒り、言ってると、衣が棺の前を素通りして入って行った。
「………」
入れと言ったのは自分なのでその行動に文句は言えないが、何となく肩透かしをくらった気分になり、固まる棺。
「失礼するである…プッ」
「今笑ったか? おい、今オレを笑ったのか?」
「そんな怖い顔したら叫ぶであるよ。助けてー!連れ込まれるー…って」
「グッ…」
この状況で叫ばれたら、色々と棺は終わる。
棺は素行の悪い不良、場所はその家、
レイヴはパッと見は、か弱い美少女、
何よりこういう場合、日本人は男より女の主張を優先する傾向にある。
「男に生まれたことを後悔させてやるぜ…である」
「………」
「さあ、早速、家宅捜索であるよー」
再び固まった棺を無視してレイヴも棺の部屋へ入って行った。
案外、棺が流されやすく、押しに弱いのは、流されにくく、押しに強いレイヴの影響かもしれない。
「意外と片付いてますね」
「それはどういう意味だ。これでもオレは綺麗好きなんだぜ?」
「と言うより、質素と言った方がいいである」
棺の部屋にはベットや洗濯機などの必要最低限の物以外がほとんど無かった。
一応、一般的な高校生らしく、テレビとゲームはあったが、一つや二つで、漫画などは無かった。
「貧乏は辛いであるね、またゲームを貸してあげるである」
「憐れみは要らねえ」
肩をぽんぽんと叩きながらレイヴが言うと、機嫌悪そうに棺が言った。
「…一人暮らしって、ちゃんとした物を食べてるんですか?」
ごみ箱に入ったカップ麺の容器を見ながら衣が言う。
「…茶でも持って来る」
何となく食生活が偏ってる自覚はあるのか、すたすたと冷蔵庫へ向かう棺。
「あ、逃げた」
「まあまあ、それより捜索を続けるであるよ」
衣はそれを目で追っていたが、レイヴに言われ、部屋の物色に加わった。
「それで、お前は何をやってる」
襖を開けたり、引き出しを開けたりしている衣に戻ってきた棺が言う。
何故か、レイヴは見当たらない。
「Rな本がどこを探しても見当たらない。こいつマジで健全な男子高校生かよー…である」
棺がレイヴを目で探していると、ニュッとベットの下からレイヴが顔を出した。
「女の子苦手だとか純情ぶりやがって! まずは一人称を僕にすることと髪を黒く染めることから始めろー!…である」
「よし分かった。いい加減頭に来たぜ」
そういい、不穏な空気を漂わせる二人。
これがこの二人のコミュニケーションなんだと、解釈した衣はそれを無視することに決めたようだ。
「…ん? 棺、手に持ってるそれ、なんですか?」
「麦茶とクラッカーだ」
棺が片手に持ったお盆に乗せてる物に衣が気づき、聞くと、棺がそれを近くにあったテーブルに置いた。
クラッカーと言えば、イギリスの紳士がティータイムなどで紅茶と共に楽しむアレである。
丁寧にジャムもストロベリーやブルーベリーなど様々な物が置いてある。
「「…似合わねー!」」
「うるせー!」
思わず二人とも叫び、棺も叫んだ。
好物なのだから仕方ない。
言われてみればその通りなのだが、
赤髪で赤い瞳の不良がイギリス紳士のようにサクサク優雅にやるのは似合わな過ぎる。
と言うか、各種ジャムまで用意して、気持ち悪い。
「つーか、レイヴは知ってるだろうが!」
「事情を知っても拭えぬ違和感。棺には紳士は無理であるよ」
「誰も紳士になるとは言ってねー!」
「赤髪…まさか、両親がイギリス人だったのでは?」
「…赤髪ってイギリスにいたっけ?」
棺の意外な好物から出た話はそのまましばらく続き、うやむやになった。