第十三話 組織
「で、これどうすっかな」
気絶して倒れているオーミーを見ながら棺が呟く。
夜の病院で、気絶している男と頭から血を流す男…
近くには消火器…
事件性満載の光景だった。
「…本当にどうしよう。多分、宿直はこいつが気絶させたんだろうし…」
ピピピピピピ…
その時、棺の携帯が鳴り出した。
「ん? 電源切れてなかったのか…」
ピッとボタンを押し、耳元に持ってくる。
「もしも…『棺! 今、支部から病院に未確認の聖痕使いがいると…』…」
オーミーについて支部から連絡を受けた様子の、衣からだった。
目撃者がいたのか、探知器のような物でもあるのか、気になる所だったが、それよりも棺には聞きたいことがあった。
「…何でオレの携帯番号を知ってるんだ?」
『それは、レイヴさんから聞きまして…』
「………」
あのお喋りから、オレの個人情報が漏れてる! と棺は思い、明日口止めをしようと考えた。
(…しかし、言って止めるような奴なら、オレはこんなに苦労しな…)
ピチャッとそこまで考えていた棺は突然聞こえた音に思考を停止させた。
「………」
オーミーが立ち上がった。
「…失敗する訳には…いかないんデスよ…」
ふらつきながら、オーミーが言う。
「お前、まだ戦えたのか」
驚いたように棺がオーミーに聞く。
「…戦えませんヨ。見た目通り、満身創痍デスし、怪火も使えそうにありません」
あっさりとオーミーは自分が満身創痍であることを明かした。
ただ、意地で立ち上がってる訳でも、勝つ為に立ち上がってる訳でも無い。
「それでも、任務は失敗は出来ないんデスよ」
「…どうしてそこまでするんだ?」
目の前の人間の生き方が理解できず、棺は聞いた。
「…ボクは最初、自分は特別な人間なんだと思っていたんデス。特別な『力』を持ち、それを他人に見せびらかしたかっただけだったんデス」
棺とオーミーの聖痕についての捉え方の違いだった。
「そして、結果は予想出来マスよね? ありがちなストーリーのように孤立して、迫害されて、魔女狩りに遭いました」
「………」
棺は想像した。
他人とは違う力が露見したオーミーを、
その迫害を…
「…そんな時に、『彼』はボクを仲間に迎えてくれマシタ。同じ『違う』者同士の仲間が持てマシタ」
(…彼?)
「彼の為にこの『魔法』を使うんデス。ボクはもう、一人にはなりたくない!」
傘を手に、オーミーは走り出した。
聖痕も使えず、自分のスタイルも全て捨てて、走り出した。
「ッ…」
棺が苦虫を噛み潰したような顔をする。
「うわぁぁぁぁ!」
敵を殴り付ける武器として改造した傘をオーミーは思い切り振るった。
しかし、それはオーミーの戦闘スタイルでは無い。
敵には、催眠はかかっていない。
その振るった傘は棺には避けられ、更にその隙をつかれて左頬を棺に思い切り殴られた。
「ガッ!」
頭がふらついていたオーミーは一たまりも無く、床を転がった。
「…出直して来いよ。任務を果たすにしても、今のお前じゃ無理だろ」
静かに、諭すように棺が言った。
「………………」
立ち上がり、しばらく沈黙した後に、オーミーはその場から走り去った。
「どうやら終わったみたいだね」
病院から少し離れた場所にあるビルの屋上で、双眼鏡を手に、棺の出会った黒づくめで黒髪の青い瞳の男が言う。
「そうみたいね」
その隣で同じく双眼鏡を持った、飴の包み紙みたいに派手で可愛いらしい色のリボンをした女が言う。
入院患者が着るような白い服を着ているが、健康そうな顔をしており、自分の足できちんと立っている。
「あれは一体何なの? あなたが私の身体を治してくれた『力』と同じもの?」
「その通りだよ。僕も、彼らも、そして、君も同じ『力』を持っている」
自分と棺達とリボンの女を順に指差して黒髪の男が言った。
「…本当に今日は驚くことばかりだわ。それも知ってるのあなたは」
「これからは驚くことばかりさ。聖痕とは奇跡を起こす力。それに進んで関わるのなら、不可思議や未知は日常茶飯事さ」
ポケットから缶コーヒーを取り出して飲みながら黒髪の男が言う。
「まあ、それも退屈しないならいいわよ。ところで、これからあなたのことは何と呼べばいいかしら?」
「そうだね。僕の『妹』になる訳だから、お兄様とでも呼んでもらおうかな?」
ニコッと笑いながら黒髪の男が言った。
「はい、お兄様」
リボンの女は、さらりとそれに答えた。
「………い、いや、冗談だからね?兄弟とか言ってるけど、好きなように呼んでくれていいからね?」
「では、やっぱりお兄様でいいわ」
少し慌てながら黒髪の男が言うが、リボンの女は呼び方を変えない。
「………まあいいや。じゃあ、紹介もしなきゃいけないから、一度戻るよ」
「分かったわ、お兄様」
何か定着しちゃいそうだな…と思いながら黒髪の男はその場を去った。
「申し訳ありません、任務を失敗しマシタ」
病院から離れ、隙間の神に見つからないように町から出る為に一旦、住家に戻ったオーミーが、電話で報告をしている。
電話の相手は、棺に『彼』と言った人物だ。
『ハッ、そうか』
短く一言、電話の相手は言った。
「…あの」
『まあ、元々お前達に俺様は何の期待もしてねーからなぁ。予想通りと言えば、予想通りだ』
「………」
非情とも取れる言葉だが、実際にこの電話の相手はオーミーに何の期待もしていないのだ。
見放してる訳では無い。
ただ、オーミーを信じていないだけだ。
故に、その過小評価を覆そうと、オーミーは任務を成功させたかったが、失敗してしまった。
『弁解は要らん。特に罰も無い。次の手は考えているから、一度戻って来い』
「はい…」
電話の相手の言葉にオーミーは気分が沈んでいた。
組織を抜けることにはならなかったが、信頼を勝ち取ることが出来なかった。
『そんな落ち込まなくていいぜー?』
電話の向こうから違う男の声が聞こえた。
オーミーはその声に聞き覚えがあった。
「逸谷さんデスか…」
『さっきの言葉はボスなりの慰めの言葉だって。ボスはあれで結構仲間思い……あれ? ボス? 何でそんなお怖いお顔をなされていらっしゃるので?』
『俺様の携帯を勝手に取るな! そして、誰が仲間思いだと? 大体貴様らは仲間では無く、部下だ!』
ドゴォン! バキィン! と物凄い音が電話から響く。
「………」
『俺様は今、機嫌が悪い。出来るだけ早く帰って来るんだな』
「は、はい! 了解デス!」
電話越しに伝わる殺気に見えていないのに背筋を伸ばしてオーミーが言った。