第十二話 VS自称魔法使い
「…瞬間を操るだと?」
「水上に揺らめく、幻想的で美しいボクの『怪火』は、魔法の炎デス」
棺の言葉を聞いていないのか、オーミーはそれを無視して、空中を漂う青い人魂を見つめながら、陶酔したように言う。
「人魂、または鬼火は、罪人の魂とされ、それは見る者を誘う力を持ちマス…ボクの力もまた同じ…」
大袈裟な動作で、オーミーが傘を振るうと、更に人魂が生み出される…
「君は既に、ボクの怪火の虜となったんデスよ」
「………」
(何を言ってるのか少しも理解できねえ!)
自称魔法使いのオーミーに頭を抱えたくなる棺。
(つまり、こいつは違法聖痕使いで、この人魂はこいつの聖痕で…)
「待てよ、人魂?」
その言葉に棺が聞き覚えがあった。
(…まさか、こいつが…間人を…)
軽根間人が病室で話した、人魂を操る違法聖痕使い…
それが、目の前の人物にそっくりだった。
「誤算でしたヨ」
その人物が言う。
「ただ、一人の人間を連れて来るだけの任務だったはずなのニ…」
「任務だと?」
「ああ、忘れて下さい。知らない方が良い事デスよ」
「………」
(任務…つまり、少なくともそれを命令した人間がいる。しかも、連れて来るだと? こいつらが欲しがるような人間って言ったら…)
棺がオーミーの言葉から推測する。
(同じ聖痕使い…だが、間人は聖痕が使えなくなったと聞いた、それを知らないのか?)
棺はちらっとオーミーの方を見る。
「どうしましタ?」
(…助ける義務は無い。だから、オレは…)
「オレも聖痕使いだ。ここを通るなら、オレを倒してから行くんだな」
(オレは、オレのやりたいようにやるだけだ)
「へえ、成る程。お知り合いの方でしたカ」
棺を見ながらオーミーが納得したように頷く。
「ああ、まあ、今日会ったばかりだけどな」
「正義の味方と言うやつですカ?」
「違えよ、それはオレじゃねえ」
車椅子の男を思い浮かべながら棺が言う。
「なら、大人しくしてくれませんか? ボクには果たさなければならない任務があるのデス」
その言葉には使命感に似た感情が込められていた。
それを聞いて、オーミーも何か譲れない理由があるのだと棺は悟った。
それが、人を救うことが使命だと言った間人の言葉に似ていたからだ。
「お前が間違ってるとは言わないぜ? 力はあくまでも自分の力だ、使いたいように使えばいい。だから…」
棺は言った。
違法聖痕使いを間違ってるとは言わず、
自分を正義の味方では無いと言い、
「オレも自分の力を使いたいように使うとする!」
棺は叫ぶと、オーミーに向かって走り出した。
(触れなければオレの聖痕は何も出来ない。まずは、接近して…)
作戦なんてあったものでは無かった。
そもそも、不可思議な力を持っていても、せいぜい喧嘩が少し強いだけの普通の高校生が、戦いに勝つ為の作戦なんて考えられるはずは無かった。
それでも、見て見ぬ振りは出来なかった。
だが、
「『瞬間よ止まれ』」
すぐに、その足は止まってしまった。
数歩進んだ所で、棺は、足を動かすことが出来なくなった。
「(またこれか! どういう仕組みだ!)」
棺は何とかこの不可思議な現象について理解しようとするが、
ゴッ! と、すぐにまた頭を殴られてしまい、思考は中断された。
「ガッ!」
同時に動けるようになり、頭を抑えて床を転がる棺。
「気絶した方が楽で助かるのデスが…喧嘩慣れしてマス? もしかして」
「…ああ、目立つ容姿のせいで中学は絶賛喧嘩ライフだったからなぁ、身体は丈夫だぜ」
棺の頑丈さに首を傾げるオーミーに立ち上がった棺が言う。
「それは凄い…だけど、君はもう、ボクに魔法をかけられマシた。君はもはや、この怪火に魅了され、虜となったのデス」
「ハッ、また訳の分からねえことを…」
チャリッと、棺がオーミーの言葉に呆れていると、金属音がした。
床に鍵が落ちていた。
どうやら、棺の服のポケットから落ちたようだ。
棺の無くした、そもそもこの夜の病院に来るきっかけとなった鍵だった。
(鍵あったー! 何だよ、それ! ここに来る必要無かったってことか! こんな絶賛バトル漫画的展開になる必要も無かったのか!)
口には出さず、棺は心の中で叫ぶ。
口に出さないのは、あまりにも情けないからだ。
「待てよ…」
棺は鍵を握り、思考する。
「いいこと思い付いたぜ」
ニヤリと棺は笑った。
「終わりにしましょう、『瞬間よ止まれ』」
再び、オーミーが言うと、棺の時が止まる。
何も変化は無かった。
「何か考えていたようデスが、失敗したようデスね」
そして、オーミーは傘を振りかぶり、棺の頭部を殴り付けた。
「ガァ!」
頭を抑えながら棺がまた床を転がる。
「本当に頑丈デスね、ウチに勧誘したいぐらいデス」
「ハハハ、悪の秘密結社か…それも悪くねえな…」
頭を抑えながら棺は言う。
「二十五秒…」
棺は呟き、床に転がる鍵を見た。
「…その鍵がどうかしましたカ?」
「お前の聖痕の正体が分かったぜ」
再びニヤリと笑い、棺はオーミーに告げた。
「どういう意味デスか?」
オーミーは聞く。
何かを呟き、鍵を見ただけで棺は聖痕の正体を理解したと言ったのだから、オーミーからすれば意味不明だろう。
「オレの聖痕は無重力にする…つまりは、モノを浮かべることだ。ちなみに名前はまだ無い」
「…それで?」
「だが、オレの聖痕は欠陥なのか、十数秒しか今まで持たなかった。だから、ちょっと最近、舎弟イジメついでに特訓して、一分以上持たせることに成功したんだよ」
「だから、それが何の関係があるのデスか?」
「おかしいだろ? お前の聖痕をくらう寸前に浮かばせた鍵は、二十五秒しか経っていないのに、床に落ちていた」
「!」
棺はオーミーの聖痕が使われている間に、ずっと数を数えていた、
そして、解除されて一番に鍵の状態を見た。
しかし、二十五秒しか経っていないにも関わらず、一分以上持つ聖痕は解除されていた。
つまり、棺と周囲とで『ズレ』が生じていたと言うことだ。
「本当に時を止めているなら、思考すら出来ない、そして、周囲の全てに聖痕が影響している訳でも無く、あくまでオレだけ…」
「………」
「体感時間…だろ?」
棺は確信を持って言う。
体感時間。
例えば、楽しい時間が短く感じたり、苦しい時間が長く感じたりするなどの気分が原因で変化する、実際の時間とは異なる時間。
「お前の聖痕は、『体感時間を延長する』こと。言わば、『タイミングをずらす聖痕』だな」
つまり、オーミーの聖痕は世界の法則に干渉するのでは無く、人の精神に干渉して瞬間を止める。
体感時間が延長された人間は、一秒、一瞬が通常より長く感じ、周囲の動きが目で追えない程に遅くなり、何よりその変化に身体がついて来ない為に動けなくなってしまう。
それは、魔法と言うよりは催眠術に近かった。
「…凄い凄い、ボクの魔法が見破られるなんて思っても見ませんでしタ」
「魔法ではなく催眠だろ? その人魂を見た者に催眠をかけてるだけだ」
「そうデス。ボクの『怪火』の本質は『魅了すること』。その青き炎の美しさは、見る者に『時間を忘れさせる』のデス」
「成る程な。なら、見なければいいんだろ?」
棺はそういうと、目をつぶった。
「…君、馬鹿デスか? 目を閉じてしまえば、どのみちボクの攻撃を避けられませんヨ」
「心眼ってやつだ。オレには全部見えてる」
棺は目を閉じたまま、自信満々に言う。
オーミーはそれを見て、出来るだけ音を発てないように接近して行く。
(どうせ、水浸しにした床を歩く音で大体の場所を探って、ギリギリまで引き付けて目を開く気でショウ)
オーミーも馬鹿では無い。
棺が何か企んでいるのは気づいた。
恐らく、聖痕を使われない状態で接近戦がしたいのだろう。
それの対策に、自分のすぐ傍に、怪火を出現させて、棺が目を開けた瞬間、催眠にかけれるようにしていた。
例の呪文は、魔法に偽装する為に使っていただけなので、無くても催眠はかけることが出来る。
(邪魔なんデスよ!)
ガッ! と、思い切り棺の頭を傘で殴り付けた。
意外にも、棺はそのまま大人しく殴り付けられ、床を転がった。
頭を切ったのか、少し血が床についた。
「…終わりデスね」
もしかしたら死んでいるかもしれないが、オーミーにとっては関係ない。
オーミーは何よりも、任務を果たさなければならないのだから。
「………狙い通り」
弱々しい声がした。
オーミーが倒れている棺を見ると、棺はニヤリと勝ち誇ったように笑った。
ゴガッ! と、オーミーの頭から凄い音がした。
「ガァ!」
棺のような頑丈さも無い、オーミーはそれに一たまりも無く、床に倒れた。
それと同時にオーミーの頭に当たったそれが床に落ちてきた。
最初に棺が使っていた消火器だった。
それを確認すると、棺に何かを言う余裕も無く、オーミーは気絶した。
「…ハハハ…石頭対決でもオレの勝ちだったな…」
流石にふらつきながら棺が弱々しく言った。