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スティグマ  作者: 髪槍夜昼
七章、動乱
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第百十三話 別れ


この世界から、奇跡が失われた。


それは本来の形へと世界が戻ることを意味し、


同様にこの世に存在する奇跡の消滅を意味する。


「…フッ」


ヘーレムはフランソワの消滅した場所を見ながら、笑った。


元凶たるフランソワと聖櫃は消えた。


なら、この身ももうじき消えるだろう。


奇跡によって生まれた意志は消え失せ、元の書物に戻る。


全ての聖遺物はこの世から消えることになるだろう。


「ヘーレム…」


「…愚物。まさか、今際の際に出会うのが貴様とはな」


目の前にいる人物へ、ヘーレムは言った。


レイヴ・ロウンワード。


聖遺物のくせに人間のような愚か者だ。


「貴様は元々、人間だったらしいな。だとしたら、私のように消えず、力のみが無くなるだろう」


奇跡と剣に変わる力が失われる。


そう、まるで人間のようになる。


「貴様は聖遺物失格だ。これからは人間として生きろ」


「…フフ、意外と優しい所もあったのであるな」


レイヴはおかしそうに笑った。


気に食わないな、何がおかしいのだ。


「…まあいい、今回は見逃してやろう」


今は久しぶりに気分が良いのだ。


人間に絶望し、一人で突き進んできたが…最期に希望を見つけた。


奇跡ワタシなど要らない。


人間はそんなものに頼らずとも生きていける。


「それじゃあな、精々俗世で長生きするが良い」


最後にそういうと、ヘーレムは光に包まれ、消えた。


本来あるべき形へ戻ったのだ。


物言わぬ書物へと。


「…頑固で堅物だったけど、あなたはどこまでも真っ直ぐだった。それだけは認めるである」


レイヴは残された書物を見ながら、呟いた。








同じ頃、別の場所でも一つの奇跡が消滅しようとしていた。


「………これが、二百年の歴史の末か」


身体が崩れ、霧散していくのを感じながら、藍摩天鼠は呟いた。


この身体は奇跡の塊。


奇跡のない世界では生きてはいけない。


大地へ転がる天鼠には既に足も腕もなかった。


「聖櫃の残滓を使って、身体を別の物質に…いや、無理か。なら、精神を固定して…それも無理だな」


悪あがきに色々と思考してみるが、一つも良い案は出ない。


やはり、奇跡が失われては何も出来ないな…


八方塞がりだ。


死ぬしかない…か。


「漸く、見つけたぞ」


声をかけられたことに気付き、声の主を見た天鼠は目を見開いた。


そこにはルシファーが立っていた。


「…やあ、ルシファー。僕の為に泣いてくれるのかな? それとも僕を笑いに来ただけかな?」


「後者に決まってるだろう」


「はあ、やっぱりか。でも、それ程、面白いことを言う余裕はないよ。僕はもうすぐ消える。死体すら残さずに霧散する」


疲れたように天鼠はため息をついた。


もう悪あがきをする気力もない。


「一つだけ聞かせろ。私達を集めて、悪魔の証明を築いた本当の理由は何だ?」


「本当の理由…とは?」


「隠すな。本当にただの貴重な実験台なら、あんな風にする必要はなかった。私達を瀕死の状態で保存でもした方が楽だっただろうが」


「君、結構エグイことを考えるね。お兄さんびっくり…まあ、実際その方が都合は良かったし、合理的だった」


「やはり…」


ならば、何の為にあんなことを?


一体何の意図があって…


「まあ、ぶっちゃけちゃうと、そのことによって僕の計画を引き継いだソロモン達に僕の正体がバレないようにする為だね。いや、能天気な馬鹿を演じるのは大変だったよ」


「………」


「夢のない答えで悪かったね。君達を愛していたからだ。何て理由の方が嬉しかった? 泣いてくれた?」


「…そんな筈はないだろう」


そうだね、そんな筈はない。


元々僕らは誰も本当の家族だなんて思ってなかった。


ただ、失った家族の代わりをそれぞれが代用していただけだ。


身を寄せ合うだけの偽りの家族。


それが悪魔の証明だ。


…まあ、居心地は悪くなかったけどね。


「ルシファー、この世から奇跡は消える。それはこの世から複製が無くなるということだ。代えが効かなくなってしまう。君は君一人しかいなくなってしまう」


「そんなことは初めからだ。幾ら完成度の高い複製品を見ようと、私はそれに私の人生を任せるつもりはない」


貴様と違ってな。


そのルシファーの言葉は、耳が痛かった。


「…そうだね。代わりはいない。だからこそ、君は強さに拘るにはやめろ」


「何…?」


ルシファーが首を傾げる。


何故、この場でこんなことをこいつは言う?


「強さを求めることなど、戦い続けることなど、愚かなことだ。君はそんなことをする為に生まれたんじゃない。目的の為だけに生きるな。精一杯、今を生きろ」


「………」


「僕はそれを間違えた。死の恐怖から今を生きることを捨て、ただ死を遠ざける為だけに生き続けた…その結果がこれだ」


天鼠には何も残っていない。


何の幸福も得られていない。


ただ、不幸じゃないというだけで、幸福もない人生など、無意味だ。


「君は今を生きているんだ。目的だけの人生なんか価値はない。そんなことする前に、まず人並みの幸せを見つけてみろ」


「………」


「…以上が、歳の離れた兄から、世話の焼ける妹へ向けての初めての助言だよ」


藍摩天鼠の身体が霧散していく。


憑き物の取れたような朗らかな顔で天鼠はルシファーを見つめた。


「幸せになってくれ、それが愚兄の最期の願いだよ」


言葉と同時に藍摩天鼠は完全に霧散した。


穏やかな気分だ。


まるで、僕の人生に何か意味があったように勘違いしてしまうじゃないか。


彼女には僕と同じ道は歩まないで欲しい。


それだけ言えれば僕は満足だ。


…ああ、格好よく決めたかったのに。


やっぱり、死ぬのは…怖い…な。


そして、死に怯え続けた少年はこの世から消滅した。

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