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スティグマ  作者: 髪槍夜昼
七章、動乱
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第百十一話 救世主


「イヒヒヒヒヒヒ!」


フランソワは神罰を振るう。


それは世界自体に影響を与える神の如き奇跡。


個人に対して振るわれれば、数秒と経たずにこの世から消滅するレベルの奇跡。


それが出し惜しみなく、振るわれる。


「フランソワ…!」


だが、それは躱される。


時空を歪める奇跡を持った少年によって、歪められる。


本来これは有り得ない現象だった。


そもそも、棺の持つ奇跡は聖櫃の一部。


その聖櫃の大部分を支配するフランソワの力を防げる筈もなかった。


しかし、状況はフランソワの思惑から外れ、二人の力は拮抗している。


「アハハハハハ! どういう理屈でオレと拮抗しているのかは知りませんが、それは些細なこと!」


一方的な蹂躙は悲劇とは言えない。


絶望は希望を待たなければ出来ない。


世界の命運を握る勝負。


世界の平和と希望を担う救世主。


それを殺せば、どれだけの悲劇となるだろう!


「神無棺! あなたは死ぬことで世界を変える! 嘆きと狂気と苦痛と絶望の世界へと! 過去最ッ高の悲劇が世界を毒し! 腐らせ! 蝕む!」


かつて、フランソワが世界を狂わせ、聖痕やロザリオを生み出したように…


この世界は以前とは異なる世界へ変質する。


最期の希望が死に絶えることで世界は改悪される。


フランソワが救世主に望んだのはそれだ。


世界を救って欲しい訳ではない。


ただ、変えてくれればそれでよかったのだ。


「ッ…」


一際強力な神罰が放たれ、棺は時空を歪めて逸らす。


空間を歪めることで世界自体に干渉する力から、逃れることが出来る。


だが、それは本来出来ない筈だ。


そもそも世界全体に干渉する筈なら、逃れる場所など存在する訳がない。


それなのに、棺が躱せている理由は…


「お前、その力を持て余しているだろ」


「…何?」


狂ったような笑みをやめ、フランソワは棺を見た。


興が削がれたような、不機嫌そうな表情だ。


「本当に神罰を扱えるなら、地震でも津波でも起こしてそれで終わりだろ。だが…」


そんな天変地異は起きない。


実際、あの神のような存在は地震を起こしていたというのに…


棺は倒れている衣達に目を向ける。


神罰を受けたなら、死んでもおかしくない筈だ。


しかし、見る限り、傷は負っているが気絶しているだけのようだ。


神罰の力を手にしていながら、人一人満足に殺せていない。


フランソワが神罰の力を持て余しているのは明らかだった。


「お前は神じゃない。奇跡を得ても、オレ達が所詮人間であるように…神の如き力を奪い取った所で、世界をどうにでも出来る神になった訳じゃない」


聖痕と言う奇跡を扱えるようになり、勘違いする者もいた。


奇跡が扱えると言うことは確かに、普通じゃないのかもしれない。


だが、普通じゃないということが人間じゃないことの理由にはならない。


生まれた瞬間から、奇跡を埋め込まれようが、


肉体から離れ、何百年と生きようが、


所詮、自分達はどこまでいっても人間でしかない。


人間に神罰など起こせる筈もない。


「オレが…人間? イヒヒヒヒ! オレは悪魔、オレは異物、オレは世界を変える存在だ!」


フランソワが激高した。


何か、禁忌に触れてしまったかのように…感情的に叫ぶ。


「オレは悲劇を起こし続ける! より上質な悲劇を、より強大な悲劇を、より破滅的な悲劇を!」


狂ったようにフランソワは叫ぶ。


そして、棺へ青い翅を向ける。


「嗚呼…嗚呼! 目障りだ。たかが人間が、このオレを、人間扱いするなんて!」


「ッ!」


激情のままに神罰が放たれる。


先程までとは違い、かなり雑に、様々な方向から放たれる。


不規則すぎる。


時空を歪めても躱しきれない…!


「この世界をオレが! 僕が! 私が…が、がががががががががが!」


壊れた叫びを上げながら、フランソワは無造作に神罰を振るう。


本気を出す…所か、限界すら容易く超えて奇跡を放つ。


「ぐぅ…!」


遂に神罰が棺を掠めた。


ほんの少し左腕が掠めた程度だったが、それだけで棺の左腕は使い物にならなくなった。


「ああああああ…イヒヒヒヒヒヒ! 素晴らしい奇跡だ。これが私の…あれ、オレだっけ? まあ、どっちでも構いませんね!」


「…ガ…くそっ…!」


「これぞ奇跡! これぞ神罰! これぞ悲劇! これぞ絶望です!」


棺を見えない奇跡が侵食していく。


所詮、この程度。


どれだけ希望を担おうと、こんなにも脆い。


これで悲劇は完成する。


阿鼻叫喚。


世界中の人間の憎悪と畏怖をこの身に受けるのは…さぞ、気分が良いことだろう。


他人の不幸は蜜の味とはよく言ったものだ。


「全てはこれより始まるんです…甘美な悲劇がオレを待って…ん?」


言いかけたフランソワを閃光が襲う。


フランソワは青い翅をほんの少し動かすことでそれを防いだ。


この脆弱な聖痕は覚えがある。


「今更、あなた如きが出てきて何になるというのです?」


その聖痕の主、江枕色雨にフランソワは目を向けた。


「私だけじゃない…」


「何?」


瞬間、ロンギヌス、光の鎖、冷気、水、爆発…様々な奇跡が同時にフランソワを襲った。


一々、個別に対応するのも馬鹿らしい。


フランソワは無造作に青い翅を振るった。


神罰を手に入れたフランソワに、この程度は時間稼ぎにもならない。


「…理解出来ませんね。そんなに早く死にたいのですか?」


気絶していた者達へフランソワは目を向ける。


気がついたなら逃げればいいのに、こんな脆弱な力しか持っていない者達が何をしているのか。


邪魔をされた怒りすら湧かない。


あるのは疑問だけだ。


「世界が終わるのを、黙って見ている訳にはいかないんですよ!」


「オレの弟を殺させる訳にはいかないしな…」


衣とタウが言った。


「以下同文。ついでに兄貴の敵討ち」


「右に同じよ」


「………」


かつて悪魔の証明と名乗っていた三人も引く気はないようだ。


六人の者達がフランソワと対峙する。


それが実に、癇に障る。


何だ?


ヘーレムの時も思ったが、どうしてこんなにも神無棺の周りに人が集まる?


どうしてこんなにも人を変えることが出来る?


数多の悲劇で世界を悪い方向へ変え続けたフランソワのように、


棺は救いを以て世界を変えることが出来るとでも言うのか?


「…イヒヒヒヒ」


そんなことは認めない。


悲劇を起こす。


極上の悲劇を、


この世界を揺るがすほどの悲劇を!


「認めない、認めない、そんな希望など要らない! オレは悲劇を起こして…そう、悲劇を起こす…!」


数多の人間が死ぬ悲劇を…


数多の悲しみを生む悲劇を…


オレはそれだけの存在。


それはただ、悲劇を生むだけ悪魔…


希望など、この世のどこにもないことを証明する悪魔…!


「フランソワ!」


「…!」


錯乱したフランソワは自身へ近づく者に気付かなかった。


神無棺。


自分の知らない物を持っている者。


自分の唯一の天敵。


おかしい。


「潰れろ!」


「ぐう…うう…!」


重力の味方した棺の拳をくらい、身体が軋む音をフランソワは聞いた。


おかしい。


棺の持つ力は聖櫃の一部。


自分は聖櫃の全ての力を持っている。


おかしい。


たかが十数年しか生きていない子供。


自分は数百年前からこの計画を考えていた。


おかしい。


どうして、オレは圧されている?


「ふざけるな!」


「が…!」


「オレは悲劇を生み出す悪魔だ! たかが人間に、このオレが殺されるか!」


フランソワは棺の首を掴み、怒りを込めて叫ぶ。


認めない。


悪魔を容易く打ち破る、お伽噺の救世主など…


「…それだ」


「何…?」


棺は首を掴まれた状態で言う。


その瞳に憐れみを込めて、フランソワを見つめる。


「お前は、ただ他人を貶めて、悦に浸ることしか考えていない。だから世界はお前に味方しないんだ」


ただ、悲劇だけを求める。


ただ、他者の不幸のみを求める。


崇高な目的など、そこにはない。


浅く、醜い人間だ。


だから、今まで棺の敵対した誰よりも、フランソワは『弱い』


「そんなだから、お前はオレなんかに負けるんだ」


棺はフランソワの腕に触れる。


奇妙な感覚がした。


膨大なエネルギーの中心。


その根源が、崩壊するような感覚…


「ッ!」


フランソワは棺を自分から引き離した。


しかし、崩壊は止まらない。


憶えがある。


かつて、自分の持っていた聖釘を棺が破壊した時と同じだ。


聖櫃の持つ奇跡を破壊する力。


それを使い、フランソワの取り込んだ『聖櫃自体を崩壊させている』


「オレ達の力はオレ達の物じゃない。奇跡なんて物は、人の手に届く位置にあっちゃいけない物なんだ」


聖櫃が崩壊する。


全ての奇跡の根源が消滅する。


全ての者が人間に戻る。


狂わされた世界が、本来の形へと戻る。


「オレは…悲劇を…」


悲劇を起こす…


起こさなければ…ならない…


成さなければ…ならない…


何かを…


オレは…

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