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スティグマ  作者: 髪槍夜昼
七章、動乱
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第百十話 計画


「どういうこと…なんだ?」


力のない声が棺の口から零れる。


フランソワはそれに満足そうに笑った。


「数百年前、まだ人間だった頃、オレは聖櫃を見つけ、その中に潜む存在に気付きました」


ソレがあの奇跡の塊。


神と同質の存在。


聖櫃の中に眠っていた存在。


「オレはソレから、奇跡を奪い取り、力を得た。知恵の実を喰らった『先人』のようにね」


フランソワは自分の頬に浮かび上がる赤い聖痕を撫でた。


神から奇跡を略奪する人間には許されざる行為。


それが聖痕の始まり。


全ての始まり…


「ソレは聖櫃から出ようと世界を動かしていた。見えざる奇跡で世界を自身の『シナリオ』通りに動かし、この世に君臨しようとしていました」


例えば、人の運命を操り、聖櫃の行く末を操作するなど。


個人ではなく、世界自体に干渉する。


「だけど、ソレは未来を知ったオレによって、狂わされた」


世界が操られていることを知った異物であるフランソワ。


フランソワの行動で『シナリオ』は大きく狂うことになった。


本来この世に存在しなかった聖痕が生まれ、隙間の神が生まれ、インテリジェント・デザインが生まれ、堕天使が生まれ、反逆者が生まれ、ロザリオが生まれた。


結果、世界は以前とは異なる世界へ変貌してしまった。


「予定では更に数十年後だったのですが、藍摩天鼠に奇跡を奪われ過ぎて焦ったのですかね? かなり早く出てくれましたよ」


引きずり出された存在が目にしたのは、異世界。


奇跡が溢れ、乱れた世界。


適応できない、狂った世界。


「まあ、意志さえ壊してしまえば後はただの莫大なエネルギー…有り難くいただきましょう。ああ、神よ、感謝いたします! イヒヒヒヒヒヒヒ!」


「全部、お前の計画通りだったのか…」


藍摩天鼠は絶望した。


出し抜くとか、出し抜かれるとか、そういう次元じゃない。


自分がどんな行動を取ろうと、フランソワの計画から外れなかった。


奴の身体を破壊しようが、複製品で世界を埋めつくそうが、


聖櫃を強奪しようが、どれ程、理想を望もうが、


フランソワの計画の一部を担っているだけだった。


全てフランソワの手のひらの上。


この二百年の人生は、全て無意味だった。


「よく世界を変える手助けをしてくれましたね、お蔭でこんな素晴らしい力を手に入れることが出来ました…あなたは本当に役に立ってくれましたよ」


フランソワが笑みを浮かべて藍摩天鼠を見る。


その背にある青い翅が怪しく光る。


「ご苦労様」


瞬間、藍摩天鼠の身体は立っていた地面ごと消え失せた。


何が起こったのか、棺達には分からなかった。


天鼠が目にも止まらない速度で吹き飛ばされたのか、


それとも、その身体を一瞬で見えない程、粉々に砕かれたのか、


ただ一つだけ分かるのは、


それをフランソワは容易く行ったということだ。


「ふむ、味気なさ過ぎてこれは悲劇とは言い難いですね…これではまるで喜劇だ」


フランソワはどうでも良さそうに言った。


所詮、この程度、試運転でしかないのだ。


「悲劇をこの世に刻みつけるには、生きた人間が必要ですね…どうしましょうか…」


「お前、何を言って…」


「ああ、そうだ。いっそのこと、この国の人間を皆殺しにするのはどうでしょう? 全部殺せばそれなりの数になりますし、世界にも広まるでしょう」


棺達は戦慄する。


この国の人間を全て殺す…


一体この国に何人の人間がいると思っているんだ。


「人類を滅亡させては悲劇になりませんから、それで我慢しましょう。それに、必死に抵抗する人間と言うのも見てみたいですし…オレ対地球連合軍とか? イヒヒ! 良いですね、世界中の人間が手を取り合う瞬間ですよ」


こいつは悪魔だ。


元は人間として生まれたのかもしれないが、ここにいるこいつはどんな生物よりも悪魔に近い。


何故、ここまで他人の悲劇を楽しむことが出来る?


「ああ、今からワクワクしてきました………と言う訳で死んで下さい、皆さん」


フランソワは殺意に染まった笑みを浮かべる。


その時、異変が起こった。


フランソワの周囲を青い膜が出現する。


薄い薄い布は、フランソワを優しく包む。


それは、フランソワが起こした現象ではなかった。


「貴様…の…好きにさせる…訳には…いかん」


そこにはヘーレムがいた。


フランソワにやられたのであろう、傷を抑え、血塗れの姿で立っている。


苦しそうに呼吸をしながら、フランソワを睨みつける。


「お、おい! その傷…動いたら死ぬぞ!」


「貴様ら人間と同じにするな」


心配して駆け寄る棺をヘーレムは手で押し退ける。


それを見て、フランソワは嘲笑をした。


手を組むだの、囮になるだの、言っていたが、所詮はこれだ。


最終的には一人で私怨の為に戦う。


周囲の人間など、その為の道具でしかない。


「やれやれ、何度負ければ気が済むのですか?」


「…ッ!」


言葉と共にヘーレムを不可視の力が襲う。


聖痕使いや聖遺物が扱う奇跡とは異なる領域の奇跡。


神域の奇跡。


刃とか、炎とか、目に見える脅威があった訳ではなかった。


にも関わらず、ヘーレムは全身に裂傷と火傷を負い、崩れ落ちた。


「理解できないでしょう? 圧倒的で理不尽、それが『神罰』と呼ばれる奇跡です」


目に見えない形で起きる奇跡。


世界自体に干渉する現象。


運命を操る、逃れられない暴力。


フランソワはゆっくりと棺達へ目を向ける。


その殺意を感じ、すぐに棺達は身構える。


だが、


「無駄ですよ。神に支配される存在である限り、逃れられません」


その一言共に、棺達は倒れた。


身構えたって無駄なのだ。


どんなに頑丈でも、どんなに敏捷でも、無意味。


人間である限り逃れることは許されない。


神罰とはそういう物。


「聖遺物に効くかどうかは試してみるまで分かりませんでしたが、どうやら、効くようですね」


所詮、聖遺物も神に支配される存在だということか…


全く味気ない。


「つまらない。もっともっと、悲劇的な…」


言いかけて、フランソワは止めた。


目を見開く。


目の前に棺が立っていた。


俯き、顔は赤い髪で隠れてしまっている。


おかしい。


何故、立ち上がる。


この場にいる全ての人間に攻撃を放った筈だ。


確実に死に絶えた筈だ。


立ち上がるなど、有り得ない。


魔剣か?


いや、棺は魔剣を握ってはいない。


それにいくら奇跡に相性が良い魔剣とはいえ、先程の攻撃を防げるとは思えない。


「どこまでも運命はあなたの味方をしているようですね!」


フランソワの青い翅が怪しく光る。


今度は本気だ。


天鼠を跡形もなく、消し飛ばした時と同様の力で放つ。


不可視の力が棺へと襲い掛かる。


棺は跡形もなく、消し飛ぶ筈だった。


にも関わらず…


「………どういうことですか」


棺は先程と変わらず、その場に立っていた。


有り得ない。


今のは確実に死んだ筈だった。


躱した? 逸らした?


そんな筈はない。


人間である限り、神罰から決して…


…人間?


「…まさか」


聖痕使いだろうが、聖遺物だろうが、ロザリオだろうが、神の支配対象だ。


だが、それ以外は神の支配対象外。


そう例えば、


フランソワのような『異物』など…


「そのまさかだ」


棺は顔を上げた。


その右目は、青く変色していた。


フランソワと同じ赤と青の異質な瞳。


それは神の手から外れた異物の証。


「黒い聖櫃の奇跡に、青い聖櫃の奇跡…! 一体どうやって…!」


そう叫んで、フランソワは気付いた。


元々、棺達ロザリオには黒い聖櫃の奇跡が宿っていた。


そこに青い聖櫃の奇跡を加え、フランソワと同質の存在にすることが出来たのは…


「ガラクタ…!」


あの時、あいつは自分の復讐を果たしに来たのではなかった。


棺を押し退けた瞬間に、あいつは自分の持つ青い聖櫃の奇跡を棺に託した。


仲間に力と希望を託した。


「フランソワ!」


二色の聖痕、完全な聖櫃の力を宿した棺は叫ぶ。


呼応するように、空間が軋む。


「チッ、重力しか使えないお子様が!」


フランソワは手を翳す。


棺の奇跡は重力だ。


いかにそれが強化されようと、何が来るか分かっていれば脅威ではない。


無限の奇跡を使えば、重圧を無効化することなど…


「何…!」


重圧を無効化する前に、翳した手が蜃気楼のように歪んだ。


観念動力ではない。


これは、空間ごと…


「ぐっ…小細工ばかり!」


空間ごと腕を引き千切られながら、フランソワは棺に目を向ける。


今なら、隙だらけだ。


青い翅が不可視の奇跡を放つ。


この速度、このタイミングは躱せない。


しかし、又しても棺はフランソワの予想を裏切る。


「なっ!」


棺は攻撃を放つ瞬間、『加速』し、人間離れした動きでフランソワに迫った。


フランソワは状況が理解できない。


次々と予想を超える出来事が起こる。


その動揺から、フランソワに一瞬、隙が出来た。


棺はそれを見逃さない。


「潰れろ!」


「ぐ…が…!」


棺の拳がフランソワの顔を捉えた。


同時に尋常じゃない重力がフランソワを吹き飛ばした。


圧倒的な力を手にしたフランソワの身体が舞う。


全身の骨が砕ける音を聞きながら、フランソワは地に叩きつけられた。


「………なる程、重力とは『時空の歪み』…時間と空間を歪めているのですか」


静かにフランソワは言った。


冷静に敵の戦力を分析する。


聖櫃の力を完全に得たことで、時間と空間さえ自在に操るようになったのか…


中々強力な奇跡だ。


やはり、運命は彼の味方をしているらしい。


「ですが、オレは祝福しませんよ。英雄には悲劇的な末路がお似合いです…イヒヒヒヒ」


フランソワが立ち上がる。


その顔には苦痛や憎悪はない。


ただ、愉悦の表情があるだけだ。


「さあ、悲劇を始めましょうよ。一つずつ、一つずつ、一つずつ、あなたの希望を毟り取ってあげますよ!」

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