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スティグマ  作者: 髪槍夜昼
七章、動乱
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第百八話 異形


「まだだ…」


掠れた声が発せられた。


あまりにも弱弱しく、


あまりにも無力な声。


地に堕ちた藍摩天鼠は倒れた状態で空を見上げる。


そこにいる自らの障害を…


いや…


この世界の全てを見据える。


「…僕は奇跡的に生き残った…もし、この世界を支配するのが、本当の奇跡を操る存在だと言うのなら」


この世界はとっくに終わっている。


悲劇と言うスパイスを世界に混ぜ、奇跡なんて甘い飴を隠し味に加えている。


元々はただ、不朽体に成ればいいと思っていた。


だが、違う。


個人がどれだけ進化しようと、この世界自体が変わらない限り、破滅は避けられない。


限られた一部の人間だけが奇跡の恩恵を受ける世界は間違っている。


「…間違いは正さなければならない。不完全は完全でなければならない」


藍摩天鼠の身体が軋む。


四肢は人体の構造上、有り得ない動きをし、両肩や腹部からは黒い角のような物が生えている。


聖櫃の生み出す無限の奇跡に身を任せる。


聖痕と言う『方向性』を失った純粋な奇跡のエネルギーは天鼠の中で暴れ回り、天鼠を最適な形へと変える。


「…そうか」


ああ…どうして、気付かなかったんだ。


不朽体を得る為には形には拘らない。


そう決めていた筈なのに…


「『どうして、人であることに拘ってしまったんだろう?』」


藍摩天鼠が、唯一残っていた、人としての残滓を、捨てた。








「何…だ?」


ヘーレムは思わず、注意をフランソワから逸らした。


突然、棺達が戦っていた場所から尋常じゃない衝撃が伝わってきた。


人間とは比べ物にならない奇跡を内包しているヘーレムが、足下にも及ばない程の奇跡。


だが、コレの危険な所は、ただ強力なことだけじゃない。


制御できていないのだ。


あの場から吹き荒れる奇跡は藍摩天鼠と言う個人で制御できる域をとっくに超えている。


人の身で制御できず、人の形を捨ててでも、尚制御できない程のエネルギー。


「イヒヒヒヒヒヒ! 遂に覚醒しましたか! 素晴らしい! あなたは正に救世主ですよ、藍摩天鼠!」


フランソワが狂ったように笑う。


もはや、ヘーレムには殺意も敵意も向けられていない。


ヘーレムと戦う必要などない。


もう、誰が何をしようと無駄だ。


「勝利を確信するには少しばかり早いぞ…」


「勝敗ではない。既に『結末』は決まったんですよ」


そう、これは勝負ではない。


勝敗など無関係。


誰が勝とうが、誰が負けようが、引き分けようが、全員死のうが…もう誰にも止められない。


どう足掻こうと、聖櫃は世界を変える。


「アハハハハハハハハハハハ!」








「くっ…何なんだってんだ!」


それはこの世界には存在しない『形』だった。


暴走した奇跡が形作った最適な形。


背中から棘と骨が飛び出し、右腕が二本に増え、逆に左足が存在しない。


頭部すらも異形の角が生え、人の形をしていない。


本来人間は左右対称の生き物な筈なのに、どこまでも人間からかけ離れた左右非対称の人外だ。


「人間は皆、全て不完全だ。思えば、人の形に拘っていたから、完全になれなかったのかもしれない!」


人間よりも神話に出てくる怪物に近くなった天鼠は叫ぶ。


こうしている間にも、天鼠の身体は変化し続ける。


より完全な身体へ、より完璧な身体へ、


進化し続ける。


「構成が早過ぎて、斬れない…!」


先程とは逆の光景だった。


先程は修復を上回る速さでレイヴで斬り続けることで天鼠を追い詰めたが、今度はその逆。


常に変化し続ける今の藍摩天鼠の身体を斬った所で、斬れるのは薄皮一枚のみ…


そもそも、どれだけ斬れば倒せるのかすら分からない。


本当の意味で天鼠は人の域を超えてしまったのだから…


もはや、腕とか頭とかではない。


全体の九割以上を破壊尽くさない限り、例えどの部位を失おうと天鼠は止まらない。


「ッ!」


その時、天鼠の身体から放たれた棘が棺の肩を掠めた。


掠めただけで大きく肉を抉られてしまったが、それを痛がる暇はない。


天鼠の二本もある右腕が向かってきているのだ。


「潰れろ!」


躱せないことを瞬時に悟った棺は至近距離で重力を発生させる。


天鼠の右腕は両方とも重力に押し潰される。


脅威は去った。


だが、


「かはっ…」


棺の身体を尖った黒い槍のような物が貫いた。


それは鋭い先端とは裏腹に、柔軟な動きで揺らめきながら、天鼠の背中へと続いている。


サソリのような『尾』だ。


「今のは良かったよ。『さっきまで僕』だったら、防げたかもね」


先程まではこんな物、天鼠の身体にはなかった。


ほんの少しの間。


棺が棘を受け、右腕を潰すまでの間に天鼠は進化したのだ。


「………くそ」


「残念だったね」


短く言い、天鼠は棺に止めを刺す。


より確実に殺す為に更に複数の尾を出現させ、全てを棺に放つ。


心臓と脳。


急所の二つを確実に潰す。


噴水のように、赤い液体が舞う。


それは…


「…え?」


棺ではなく、天鼠の血だった。


天鼠の身体が独りでに裂けた。


まるで、紙か何かのようにあっさりと、引き裂かれる。


棺は訳が分からない。


誰かが何かをした訳じゃない。


何もしていないにも関わらず、天鼠の身体が裂けた。


棺が危機に陥った瞬間、その敵対者が唐突に致命傷を負う。


まるで奇跡か何かのように…


「…ガハッ…ゴホッ! そうか…『そういうこと』か!」


血を吐きながら、天鼠が叫んだ。


予感はあった。


都合が良すぎると。


まるで世界自体が味方をしているかのような違和感。


そういうことか…


そういうことなのか!


「『ここにいるのか! この世界を本当に支配する存在は!』」


天鼠は叫び、自分の裂けた身体に手を突っ込んだ。


そこにあったのは、


藍色の光を放ち、亀裂の入った、


『聖櫃』

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