表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スティグマ  作者: 髪槍夜昼
七章、動乱
106/114

第百六話 飛翔


「ッ!」


「…どうやら、僕の理想に不満があるようだね」


自分を睨む棺を見て、残念そうに天鼠は言う。


「まあ、理解が得られないのは分かっているよ。でも、肉体から離れてからかな? 心ってやつが僕には理解できなくなってしまった。『自分』と言うモノに執着できなくなった」


複製品は言った。


ここにいるのは人ではなく、人の形をした奇跡の塊だ。


棺の重力や衣の観念動力と同じ、ただのエネルギー。


それ故に天鼠は『形』に拘らない。


『不朽体』を実現する為なら、どのような形になっても構わない。


「…行くぞ」


「そうだ。相容れないなら殺すしかない。それがこの世の真理だよ」


天鼠はコウモリのような翼を広げた。


その翼から枝分かれのように、黒い骨格が飛び出す。


黒い骨の銃弾は全て、棺へ襲い掛かった。


「そんなの効くかよ!」


黒い骨格の攻撃は一度受けている。


棺はレイヴを大きく振るうことで、銃弾を薙ぎ払った。


叩き落とす必要はない。


触れただけでレイヴの力は発動する。


「藍摩天鼠!」


「チッ…」


レイヴを構えて駆け出す棺を見て、天鼠は舌打ちをした。


再びコウモリのような翼を広げる。


棺は攻撃を予想してレイヴを前に突き出したが、これは攻撃の為の動作ではなかった。


「翼が何の為についているのか、考える者がいると思うか?」


言葉と共に台風のような烈風が吹き荒れ、


藍摩天鼠は飛翔した。


「逃がすかよ!」


棺もそれを追い、重力を発生させる。


重力を味方に付けた棺はすぐに天鼠に追いつくことが出来たが、それは悪手だった。


「良い的だよ」


棺へ黒い雨が降り注いだ。


天鼠から噴き出した黒い煙霧が、尖った骨と言う原始的な凶器に変化し、棺を襲う。


至近距離にいる棺が躱す余裕はない。


「ぐあっ…!」


レイヴで防ぎきれなかった凶器が、棺に突き刺さる。


棺が苦悶の声を上げても、それが止む様子はない。


「前にも言ったでしょ、君は素人だと。首を突っ込まなければ、こんなことにはならなかったんだけどね」


黒い雨が弱まることはない。


時間と共に更に勢いが増していく。


それに比例して、棺の身体の傷も増えていく…


「死ぬのは怖いだろう? 誰だってそうなんだ。自分が死ぬのは怖いし、大切な誰かが死ぬのも辛い。だから、僕は不朽体になるんだ」


「ぐ…くそ…!」


「もう、誰も怯えなくていい。もう、誰も不安になることはないんだ!」


コウモリのような翼が一際大きく広げられる。


これで決めるつもりだ。


これで棺を殺すつもりだ。


「さようなら、君の代わりはしっかりと用意するから、安心して逝ってくれ」


天鼠は棺を見つめながら言った。


棺は言葉を返す余裕すらない。


翼からより一層黒い雨が放たれ、棺を串刺しにする。


その筈だった。


「焼き払え! ロンギヌス!」


「なっ…!」


天鼠の翼に白い槍が撃ち込まれる。


白い槍は天鼠の左翼に命中すると、白い炎となり、それを焼き払った。


この槍の名はロンギヌス。


その製作者は…


「オレの弟分に手は出させないぜ、兄上殿」


「く、くそ…!」


タウへの攻撃は後回しだ。


左翼を失ったことで、翼のバランスが崩れた。


右翼だけでは飛翔していられない。


すぐに天鼠は修復に取り掛かる。


「おらあああああ!」


「な、ぐっ…!」


だが、その隙に接近してきた棺に今度は右翼を斬られてしまった。


ただ、少し斬られただけ。


レイヴの力はそれだけで右翼を構成する奇跡を食い尽くす。


「邪魔を、するな!」


修復途中の左翼から、黒い雨を放つ。


しかし、黒い雨は両翼あってこそ、アレだけの数を生み出せる。


片翼ではその数は半減だ。


重力に支配されず、虚空を自在に飛び回る棺をそれだけで殺せる訳がなかった。


「!」


攻撃の隙をついて、再び接近した棺がレイヴを振るう。


今度の攻撃は、翼ではなく、天鼠の右肩を掠めた。


人間なら大したことのない程度の傷。


人間なら気にも留めない程度の傷。


だが、


「あああああああああああ!」


その攻撃で、天鼠の右腕は、肩の部分から消滅した。


理由は単純。


「お前の身体が奇跡で出来ているのなら…」


『腕だろうが、骨だろうが、触れるだけで吸収できるのである』


藍摩天鼠は奇跡の塊だ。


あらゆる物の代用が出来るとは言っても、元はただの聖痕でしかない。


そして、例えどんな形でも奇跡である限り、レイヴに喰われる。


「思えば、最初から圧倒的な力を出していたのは、近寄られたくなかったからじゃねえのか?」


『空へ逃げたのも一方的に攻撃できる環境を作る為』


「…ッ!」


棺達の言葉を否定するように、天鼠は黒い骨格を放つ。


最初の余裕はもう残っていない。


「…戦闘慣れしていないのはお前も一緒だ」


最小限の動きでそれを躱し、棺はもう一度天鼠の翼を切り裂く。


今度は大きく横に振りかぶり、両方に触れるように…


「修復が…追いつかない…!」


どんな損傷だろうと修復出来る。


無限の奇跡を自分は保有している。


もう、何も怯えることは無い筈だ。


なのに…何で…


こんなにも、死にそうになっている?


「リスクに怯えて、逃げ続けていた代償だ…『堕ちろ』」


発生した重力が、天鼠を襲う。


翼を失った藍摩天鼠は、ただ、惨めに地へと落下していった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ