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スティグマ  作者: 髪槍夜昼
七章、動乱
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第百五話 複製世界


「藍摩天鼠!」


準備を進める藍摩天鼠の背後から声がかけられた。


神無棺や江枕衣、タウやレイヴに、ルシファー達までそこにはいた。


その顔ぶれを一通り眺めた後、天鼠は舌打ちをする。


「あの役立たずめ…聖櫃が覚醒次第、あいつも潰すか」


その言葉は棺が今まで聞いてきた中で、最も冷たい言葉だった。


かつての面影はそこに存在しない。


ここにいるのはベルフェゴールではなく、無情な藍摩天鼠だ。


「…仕方ない。試運転だ。まだまだ完全とは言い難いけど、僕の力を見せてあげようじゃないか」


そう呟く天鼠の背中からはコウモリのような翼が生えていた。








「お前が足止めしている間に、あのお子様達が天鼠を止める? 出来る訳ないでしょうが、ガラクタ!」


フランソワは苛立ちながら叫んだ。


青い翅の生み出す烈風と糸が周囲の地形を変える。


いつも他人を嘲笑ってばかりのフランソワがここまで取り乱すのも珍しい。


「信頼とは裏切る為にある。仲間とは殺す為にある。希望とは、失う為にあるんですよ!」


「ッ」


大地を抉る烈風が周囲の障害物を全て排除した。


周囲に設置された箱の一つに隠れていたヘーレムは慌てて、その場から飛び退く。


「…フン、何をそんなに苛立っている。私が冷静なのが気に食わないのか?」


挑発するようにヘーレムは言う。


いつもと立場が逆だ。


ヘーレムはいつものように憎悪に駆られることなく、逆にフランソワは怒りに身を任せている。


「…お前、人間を信じるつもりなんでしょう?」


フランソワは静かに言った。


棺達を先に行かせ、ヘーレムが囮になると言うことはそういうことだ。


今まで人間を愚かだと見下していたヘーレムが人間と手を取り合うなど…


「試してみたくなっただけだ。愚者の可能性に」


「…ハッ」


フランソワは冷笑を浮かべた。


その二色の瞳には嘲りが含まれている。


「下らない。理解不能。これだけ長く人間を見てきて、どうしてそんな言葉が出るんだか…一度経験してみてはいかがですか? 奇跡を与えた者達に、磔にされ、その身を焼かれれば、オレの気持ちも少しは分かるでしょう」


火と熱にトラウマを持つ悪魔は言う。


自身も救世主の実験の為に接触した為、裏切られた…などと言うつもりはないが、人間の悪意を見たフランソワは人間を信用するつもりもない。


「やはり、貴様とは相容れないようだ」


「…そんなこと、分かり切ってることでしょうが!」


何度目かの衝撃が大地を抉った。








「ぐ…うう…」


誰かが呻き声を上げた。


それが誰なのか、棺には分からない。


水中のように息苦しく、眩暈すらする。


「やれやれ、この程度?」


その場を異様な雰囲気が包み込んでいた。


天鼠を中心として、黒い煙霧が噴き出し、周囲に漂っている。


それを吸ってしまった者は皆、喉を押さえて呻いていた。


まるで毒か何かのように…


「人間が生きる上で必要不可欠な酸素も、高分圧なら人体には有害だ。それと似たような物さ。超高濃度の癒しの力は人体を汚染する」


「くっ、こんな物で…オレを殺せると思うなよ!」


叫び声を上げたのはタウだった。


タウの力を使えば、どんな害悪だろうと、猛毒だろと、取り込んで同化することが出来る。


このような力は効かない。


「加えて、こんなことも出来る」


タウの方も向かずに、天鼠は言った。


同時にタウの身体が風船のように膨張する。


「な…何だ?」


「僕の力の本質は癒しではなく、複製…そう『複製』なんだよ」


タウの身体を突き破って、何かが出現した。


それは腕。


それは足。


それは心臓。


それは人骨。


まるでビックリ箱のようにタウの身体から飛び出す。


「ぐ…あああああああああ!」


「安心していいよ。別に君のパーツが取れた訳じゃない。余分なパーツが飛び出しちゃっただけだよ」


タウの体内に同化した天鼠の力の形を変えたのだ。


本来必要ない余分なパーツはタウと言う人間の許容を超え、外に飛び出す。


『同化』していたタウからすれば、それは無理やり中身を引きずり出されたに等しい。


余分なパーツが突き破った皮膚はすぐに修復されたが、その激痛にタウは倒れた。


「さて、と………ん?」


「藍摩天鼠…!」


自分を睨む視線に気づいた天鼠はその人物を見た。


レイヴを手にした棺が立っている。


レイヴの力で力を無効化したのか?


「結局戦えるのは君一人か…残念だったね、沢山仲間を連れてきたのに…」


周囲の苦しむ者達を一瞥した後に、天鼠は呟いた。


その中にはかつて家族と呼んだ少女達もいたが、特に反応することはなかった。


「お前は何を考えている。聖櫃を暴走させてどうするつもりだ」


レイヴを向けながら、棺は言った。


倒す前に、それだけは聞いておかなければならない。


あの悪魔と共謀し、世界を混乱させようとする理由は何なのか?


だが、天鼠の言葉は棺の予想を外れた言葉だった。


「勘違いをしないで欲しいね。聖櫃を暴走させるつもりはない。そして、別に悲劇を起こそうとしている訳でもないよ」


「何…?」


「むしろ、逆だ」


天鼠はその青い瞳で棺を見つめながら呟いた。


その瞳には二百年を超えて尚、執着する野望が宿っている。


「『不朽体』…偉大な聖人は死して尚、朽ちることなく、残ると言われる。なら、絶大なる奇跡さえあれば、生きたまま不朽体になることが出来ると思わない?」


「不老不死ってやつか…」


「そう、聖櫃で増幅した僕の力なら、それを実現できる」


そう言い、天鼠は自分の身体を指差した。


今の天鼠の身体は不死身に近い、


生前自身を完璧な状態で複製したその身は、老化せず、欠損しても修復出来る。


事実、二百年の歴史を朽ちずに生きてきた。


「この『藍摩天鼠の複製品』のように、人類の複製品を作るんだ。オリジナルより完璧な存在をね。無論、記憶も脳細胞の一つに至るまで君達と同一だから、君達として生きていくことだろう」


ただ、死なないと言う点だけを除いてね…と天鼠は付け加えた。


「…じゃあ、仮にそんな世界が出来たとして『今のオレ達』はどうする?」


「え? 当然『世代交代』してもらうよ? 別にいいでしょ? 君達の『代わり』はいるんだから」


不思議そうな顔で藍摩天鼠の複製品は言った。


ふざけてる訳ではない。


本気で思っているのだろう。


自分自身が既に『世代交代』しているのだから。


「誰も朽ちない世界。それは素晴らしいと思うよ。中身が今と変わらないから戦争とか食糧危機とか問題は残ると思うけど、まあ、人間死ななきゃいくらでもやり直せるよね?」


狂気的な笑みを浮かべて天鼠は言った。


人間である限り戦争は起きるだろう。


だが、死者は誰も出ない。


増加し続ける人口で食糧危機が起きるだろう。


だが、誰も飢え死にしない。


それは理想的な不滅の世界。


人間が一人もいない、複製世界。


これが藍摩天鼠の目的。


二百年もその身に宿していた野望だった。


「今ある世界を変える者のことをね、救世主って言うんだよ?」

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