第百四話 決戦
無造作に生い茂る草木。
荒れ果てた大地。
流れ着いたゴミで溢れた浜辺。
この世の科学の恩恵を一切受けていない『無人島』
地図にすら載っておらず、一応日本に分類されるが、日本人も滅多に訪れることはない。
隙間の神崩壊から数時間後の夜。
そんな無人島に、二人の人外が訪れた。
「よりによって、ここか…」
「良いじゃないですか。かつて、インディゴ一族が移り住み、聖櫃が暴走したこの大地こそ悲劇のフィナーレに相応しい」
「あれから二百年も経っているせいか、懐かしさは感じないね」
二百年以上前、自分が生まれた場所を眺めながら天鼠は呟く。
本当に、途方もない時間が過ぎたものだ。
まだ子供だったあの頃は、ずっとこの島から出ずに暮らして行くものだと思っていた。
まさか、こんなことになるとは思わなかった。
「…そろそろ始めましょう」
フランソワの全身から伸びる青い糸が地面に文様を描く。
複雑な図形を含んだ、大きな円。
蜘蛛の巣によく似た、巨大なサークルだ。
「良い月だ。気分が良い」
糸に構成されたサークルが輝く。
それに呼応して天鼠の身体も輝きだした。
「う…ぐ…!」
黒と青が混ざった、藍色の光。
天鼠の全身から溢れるその光が、黒い煙霧を取り込んで形を成す。
コウモリの翼に似た黒曜石のような黒い骨格…
「イヒヒ…そんなもんじゃないでしょう?」
挑発するようにフランソワが言った。
「あああああああ…!」
それに応え、天鼠の骨格に異変が起きる。
藍色の薄い膜のような物が出現し、骨格を覆う。
元々突出した骨格のような異物感を放っていたモノを、自身の身体の完全に一部とする。
『完全』になる。
その光景は異様だった。
人間に本来翼はない。
にも関わらず、藍摩天鼠にはコウモリのような翼がある。
生まれた時から存在していたかのように、何の違和感もなく、その背に生えている。
「そうなりましたか…不格好な翼ですね。まあ、哺乳類にはそれが限界ですか」
「…昆虫には言われたくないね」
「蟲じゃない。悪魔です」
訂正するように言うと、フランソワの背中を突き破るように青い翅が出現する。
絡みついた青い糸も含めた美術品のような輝きを放っているが、その形状は天鼠の言うように昆虫に近かった。
「量はともかく、奇跡の質は大した物で………ん?」
「…来たようだね」
「この感じは…あのガラクタですか? ハッ、自分のプライドを捨ててでもオレを殺したいと見える」
あの独善の塊のような男が、人間に助力を求めるとは…
叩き過ぎて、どっか壊れたのか?
「フランソワ、迎撃を頼む」
「オレはお前の下僕じゃないんですがね…」
とは言っても、聖櫃を持つ天鼠を相手にする気はない。
前回の時は天鼠が青い聖櫃しか持っていなかったから何とか生き延びることが出来たのだ。
今の状態で戦えば流石に死ねる。
「ま、いいですよ。その代わり救世主の役目、確りと果たして下さいよ」
「わかってる」
「中々面白いことになってるじゃないですか、一体何人仲間を引き連れてきたんだか」
天鼠のいた場所から、少しだけ離れた場所に青い光を放つ切り取ったエレベーターのような巨大な箱が数十個も出現していた。
その内、フランソワに一番近い物が開く。
中から現れた者は、フランソワの予想通りの人物だった。
「まるで宇宙船から降り立つエイリアンですね。流石、天下の聖遺物様は便利な力をお持ちだ」
「貴様の挑発は聞き飽きたな」
「そうですか?…………まあ、こちらとしても、お前はうんざりなんで、とっとと死んで下さい」
フランソワの青い翅から、無数の糸が放たれる。
ヘーレムは自分が出てきた箱の裏に隠れることでそれを防いだ。
「そんなのがいつまでも持つと思ってるんですか!」
フランソワの右側の翅が歪む。
物理的におかしい程に膨張した右翼はギロチンのように、箱を盾にするヘーレムへ襲い掛かる。
エレベーターのような大きさを持つ箱を紙のように翅は切り裂いた。
その裏にいるヘーレムをも切断しようと更に膨張する。
だが、
「…いない?」
箱の裏にヘーレムの姿はなかった。
フランソワが箱を壊す前に移動した?
箱の裏に隠れたのは盾ではなく、姿を隠す為だったのか?
なら、次は奇襲が来る。
そう思い、フランソワは身構えたが、ヘーレムは何も仕掛けてこなかった。
「何を考えているんですか?」
これはヘーレムの戦い方じゃない。
今までの怒りに任せた戦いではない。
こそこそと隠れて時間を稼ぐ戦い方など…
時間を稼ぐ?
「時間が長引いて不利になるのはそちらですよ! こちらは天鼠が聖櫃を発動させれば終わりなんですから!」
時間を稼いでるのはこちらだ。
天鼠の下へ行かせないように、ここにいる全員の足止めを…
「いや、待てよ…」
フランソワは周囲の青く光る箱へ目を向ける。
その数、数十。
ヘーレムが中から出てきたものだから、中には引き連れた仲間がいると思っていたが、
なら、何故出て来ない?
「気付いたか。そうだ、この場にいるのは『私のみ』だ」
どこからか声が聞こえた。
何故か、それぞれの箱からスピーカーのように同じ声が聞こえる為に、場所を把握できない。
「『既に、私以外の者は聖櫃の下へ転送している』」
この場にいるのはヘーレムとフランソワのみ。
他の面子はヘーレムがわざと気配を気付かせて、おびき寄せた隙に天鼠の下へ転送した。
ということは…
「足止めしているのは私の方だ。私は囮だよ…漸く、貴様を出し抜けたぞ」