第十話 元正義の味方の男
先程からの騒ぎが落ち着いてから、今、間人の病室には、間人と棺だけがいた。
間人が同じ協力者として話しておいた方がいいかもしれないと言い、衣に音実と一緒に病室から出るように言った。
衣は聞きたがっていたが、刺激が強すぎると間人が譲らなかった。
「君も、協力者だったね、どうして手伝うと決めたんだい?」
「…成り行き?」
頭を捻りながら何となくの答えを棺が言う。
「ふふふ、まあいい。オレはね、協力者と言えるかどうかも曖昧な程、暴走した聖痕使いだったんだ」
「どういう意味だ?」
「サポートでは無く、勝手に悪を探して、勝手に人を助けていたんだ。自分一人で、周りなど無視して」
その事を後悔しているような声だった。
「聖痕使いの聖痕って力はね、聖痕という無色のエネルギーを火や念力に変換するようなものらしい。個々によって変換する物は変わり、その為、超能力、魔法など様々な名前に別れているんだ」
「………」
「つまり、個人個人によって力の在り方は違う………君は自分の力が何の為に自分にあるか考えたことはあるかい?」
「…無いな。今まで、自分に力があるとか、自分が特別だとか思ったことが無いからな」
少し考えるような仕種をした後に棺は言った。
「そうか…オレは、この力は誰かを救う為の力だと思った…」
車椅子に座りながら間人は拳を握った。
「だから、正義の味方とか言うものに憧れてしまったんだ」
何かに後悔しているような顔だった。
「何だろ?大事な話って…のけ者はつまらなーい」
ロビーの椅子に座り、棺の買ってきたジュースを飲みながら音実が言った。
間人にのけ者にされたのが気に入らないのか、不機嫌そうに足をぶらぶらと揺らしている。
十五歳だと間人は言っていたが、その仕種は歳より下に見える。
隣に座っている衣も外見は中学生ぐらいに見えるので揃っていると同年代に見られているかもしれない。
「…多分、事件絡みなんだろうなー」
音実は小声で呟いた。
その表情は今までとは違って、大人びたものだった。
「…音実は知っているんですか?」
「知ってるよ。間人が元、正義の味方だってこと…だって…」
「だって?」
衣が聞き返すと、音実はとても悲しいことを思い出したかのような顔をした。
「だって、間人のその夢を奪ったのは私だから」
見ている方が辛くなるような顔をして音実は言った。
「二年前のことだ。自分で言うのも何だけど、昔から正義感が強かったオレは、力に気づいた時から、軽い使命感のようなものを抱いていた」
「………」
「自分には他人には無いものがある。他人を救うだけの力があると……だから、オレは人を救うことにしたんだ」
間人は思い出すように、言った。
「そして、しばらく、人知れず人助けをしていると、隙間の神に出会い、協力者と言う立場になった」
「…隙間の神」
「だが、協力者になってもオレのすることは変わらなかった。ただ、救う対象…倒すべき対象に違法聖痕使いが加えられただけ…楽なことじゃなかった。だけれど、これはオレの義務だと疑わなかった」
本当にさっきまでの間人か疑うほど、声に力が無く、弱々しく見えた。
「そして、最後に救ったのは、音実だ。違法聖痕使いに出会ってしまった憐れな少女を救う為に、立ち向かい、結果、聖痕も使えない程、ボロボロにされた」
「違法聖痕使い…」
学校で悪戯をしていた違法聖痕使いしか知らない棺はそこまでの違法聖痕使いがイメージ出来なかった。
そもそも、この間まで不可思議なことがあること以外は何も知らなかった棺に明確な敵、犯罪者がイメージ出来るはずも無かった。
「だが、正義は貫けたんじゃないのか?」
棺は言う。
結果どうなったとしても、それだけ自分の信念に従っていたのだから、後悔はしないだろうと、
その怪我も正義を誓った時に覚悟していたものだろうと…棺は言った。
しかし、
「…そうじゃない。オレは歩けなくなったことを嘆いてる訳じゃない…」
「………」
「…一瞬だったんだ。人魂みたいなものが目の前に現れたと思ったら、オレの戦いは終わっていた……オレは、オレの思い描く正義がどんなに脆いものかを思い知らされたんだ」
間人は自分が重傷を負って歩けなくなったから絶望したのでは無かった。
自分が今まで信じていたものがあっさりと敗れたことに絶望したのだ。
「正義の味方…成れたと思っていたんだけどなぁ」
弱々しく、間人は言った。
「正義の味方か…」
間人の話の後、閉院時間を迎えたので、二人は病院を出た。
暗くなって来ている道を二人は間人について話しながら歩く。
衣は直接は聞いていないが棺が問い詰められて、大体は話した。
「…オレはそんな曖昧なものは信じないが、成ろうとした間人は素直に凄いと思うぜ」
「…そうですね」
棺の言葉に何故か衣の元気が無い。
隙間の神として、何か思うところあったのだろう。
「…間人さんは間違っていたのでしょうか?」
「結末はどうあれ、間違ってはいないと思うぜ」
棺は、衣を慰める為でも無く、偽り無い本心を言う。
「自分の力だ。どう使おうと間違っていない…まあ、違法聖痕使いを認めるつもりは無いけどな。あいつの生き方は間違っていない」
「…意外に良いことを言いますね」
「意外には余計だ」
棺と衣が笑い合う。
「見直しま…「ああー! オレの鍵が無い!」…は?」
笑顔で衣が言おうとすると棺が懐に手を入れて後に叫んだ。
衣は呆気に取られた顔をした。
「落としたのか! よりによって家の鍵! くそっ、閉院時間過ぎても宿直ぐらいはいるか?」
先程までとは一変して顔つきが慌てたものになる棺。
衣は衣の中で上がっていたものが急降下したことを感じた。
そして、しばらくすると、衣は溜め息をつきながら、
「まあ、棺ですからね」
「そこはかとなく、妥協されたような気がするぞ!」
棺が戦慄したように叫ぶ。
「ほらほら、早く戻らないといけないんじゃないですか? 私のような、か弱い女の子は夜道に一人残して、さっさと戻ればどうです? ムードのかけらも無い神無棺さん」
「オレそこまで言われる程のことをしたか! って言うか、鞭を振り回す女をか弱いとは言わねえ!」
「デリカシーも無いんですね、口は災いの元だと言うことを思い知らせ…「さらば!」…あっ! ちょ! だから、人の話は最後まで聞きなさい!」
衣が怒りながら手に光る鞭を生み出した所で、棺は引いて来ていた『スコーピオン』に飛び乗って、病院へ逃走した。