渚蛹
永遠に続くかとも思える、漆黒の闇に呑み込まれていく。
ただ私が心残りなのは、愛する君が送る今後の人生が、空虚感に満たされないかどうかだ。
これは言葉のあやでも何でもなく事実なのだ。ナギサは私がいなければ、体の中がからっぽになってしまうのだ。
医者に見せた時は既に手遅れの状態で、胃、膵臓、小腸などがすっぽりと消え失せてしまっていた。前代未聞、史上稀にみる奇病なのだと診断された。治療法などまだないのだと……。
入院を勧められたが、からっぽのナギサを病院に残してはいけなかった。
家に帰ってから、私は考えた。この奇病を治すにはどうしたらいいのだと。専門家である医者が『治療法などないのだ』と匙を投げるくらいだ。これっぽっちの医療知識もない私に何が出来よう。途方に暮れた私は、もう何もかもわからなくなっていった。
ある時、在宅医療機器の訪問販売で、若い女性が一人訪ねてきた。とても健康そうで顔も私好みだった。ここでナギサを捨て、この子をとっていたら私の人生はまた違った物になっていたに違いないが、私はそうしなかった。何よりも、誰よりもナギサを愛していたからだ。
口説き落とすのに、そう時間は要らなかった。私と彼女は一夜を共にし、翌朝お別れをした。
彼女の手足を縛り、口を塞ぎ、生きたまま内臓を取り出したのだ。その頃、ナギサの症状は悪化の一途を辿っていたので、彼女のありとあらゆる内臓を取り出して、そっくりそのままからっぽのナギサに詰め込んだ。今でも間違っていないと断言できる。これがナギサと私にとって最良の方法だったのだと。
そして詰め込んでから数分後、変化は表れた。からっぽで人形のようだったナギサが動き始めたのだ。
それはまるでサナギから羽化したばかりの蝶々のように、神秘的な美しさを醸していた。
思わず私はナギサを抱き締めた。『お帰り』と言ってあげたかった。溢れんばかりの喜びと愛が沸き起こり、また同時に喪失への恐怖が黒々と渦巻いた。
私の予感は正しかった。三日と経たずナギサの体内は、再び空虚感に満たされてしまった。
私は五度ほど中身を補充したが、結果は同じだった。
絶望を感じた。それにもう他人は殺したくなかった。ならば私に残された道は一つ。ナギサの中に入り、ナギサと一心同体になることだ。
今度は内臓も骨も無く、ナギサの皮だけだ。
内側から皮を閉じていく時、ナギサの声が聞こえた。
『おかえりなさい』
と優しい声で。
前蛹山の元ネタショート。2010/5




