プロローグ:神様だってノルマに追われる時代です
御影神菜は、しがないヒラ社員の神様である。
そんな彼女が神界本社の『人事部』に呼び出されるのは、長い神生においてこれが初めてのことだった。
四畳半ほどの狭くて薄暗い部屋。
そこにいるのは、神経質そうな眼鏡をかけた中年女性の面接官ただ一人。
頭上の古びたペンダントライトから放たれる不快な光のせいで、まるで取り調べを受ける容疑者のような気分だ。
「御影神菜さん。自分がなぜここに呼ばれたのか、分かっていますね?」
部屋に一つしかないパイプデスク越しに、女は手元の資料をペラペラと捲りながら尋ねてきた。
(出たよ、このカマかけ質問。まずは社員に自分のミスを白状させる気だ。典型的な圧迫面接の手法じゃないか)
下界だろうが神界だろうが、ブラックな職場のやり口なんてどこも同じである。
「……あのさ、回りくどい言い方はやめて用件だけ言ってくれない?」
神菜とて、数百年以上もこの業界で揉まれてきたベテランだ。こんな安っぽい手には乗らない。
挑発に乗らない神菜を見て、女はチッと舌打ちしそうになりながら眼鏡を押し上げた。
「最近、あなたが担当したクライアントの『幸福度』が100%を突破しました」
「最高じゃない。何か問題でも?」
神界の会社の存在意義は、下界の人々に幸福をもたらすことのはずだ。
「ですが、あなたはその幸福を達成するために『因果律』を無駄遣いしすぎです。はっきり言いましょう。予算オーバーなんですよ」
「…………」
「加えて、ここ最近のあなたは『恋愛成就課』の中でぶっちぎりの成績最下位。よって我が社のリストラ規定に基づき、あなたを『最終顧客対応課』へ異動とします」
(やっぱりそうなるか……)
神菜も薄々は勘付いていた。
『最終顧客対応課』——それは神界本社における最底辺の左遷部署。
そこに飛ばされた神様は自分の神社を没収され、信仰の力も一切得られない。
本社から丸投げされた、たった一人のクライアントだけを担当させられるのだ。
しかも、そのクライアントというのは総じて『下界で最も幸福度が低い人間』と相場が決まっている。
そんな案件でノルマを達成できるわけがない。
要するに、ここに配属される=会社からの「自主退職しろ」という肩叩きに他ならないのだ。
(ふんっ、上層部のふんぞり返ってる寄生虫どもに笑われてたまるか! 絶対に這い上がってやるから見てなさいよ!)
この最後のクライアントで一発逆転し、必ず本社の中枢へ返り咲いてみせる。
神菜はそう決意した。
彼女は女から辞令と資料をもぎ取り、自分の運命を握るそのターゲットの名前を目で追った。
——日向 悠斗。28歳。職業、社畜。
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