第9話 育む『絆』と『縁』
「ただいま」の一言と共に玄関のドアを開けると、ジンは結華と顔を合わせる。
少し遅くなったから心配させただろうか、そう思いつつ彼は口を開いた。
「悪ィな、色々あって遅くなった」
「お兄ちゃん、その傷……」
気付けば結華の注目は顔に付いた切り傷や擦り傷に向けられている。
異変に対処した当時の打撲の痕は既に消えており、治りの速さに苦笑しつつも結華の心配の声に応える。
「あァあまり気にすんな。休めばその内治るからよ」
「ほんとに?」
「オレに限って言えば、そうだ。…オレを基準にはすんなよ」
何故このような体質なのか、と疑問を投げかけられたところで正確な答えは出ないし出せない。
物心が付いた頃から、異様に傷の治りが速かった事で両親から驚かれた思い出がジンの頭に過ぎる。
出血する程の怪我でも数分程度で瘡蓋が出来る。風邪が長引いた事すら無く、遅くても半日程度で快復する。
異常と言える程の回復力に対し、「霊に愛されている」などと真面の医者から言われた過去すら思い出したジンは意識を現実に引き戻した。
話題を下校途中で遭遇した異変にスライドしつつ。
「そういや今日は何ともなかったか? ここ最近物騒な事起きてるじゃねェか」
「今日はケーキやさんがおそわれてた。どろどろしたの、に」
「マジか。店は何ともなかったのかよ?」
「うん。くいとめたから、なんともない。……くさかったけど」
「臭う怪物ってそれはそれで嫌だな……」
食品…それも甘味を主に取り扱う店で異臭騒ぎが起こるのは死活問題足り得る。
2人とも想像する最悪の事態に眉を顰めながら、水際で防げた事に安堵するのだった。……説明不足でイメージする異形の存在が食い違っているのはさておき。
ケーキ屋の話で思い出したらしく、結華は明るい顔に切り替える。
「それはそうと。〝おれいのしな〟もらった。ばんごはんの後でいっしょに食べよ」
「おっ、良かったな。どんなモンなんだ?」
「まだないしょ。…お兄ちゃんもよろこべると思う」
「ほう? んじゃ期待しとくぜ」
今日一日で起きた出来事に比べればささやかな物ではある。が、悪いニュースばかりでは無い事にジンの顔も次第に明るくなった。
その時になって、出されたのは小さくも特別製のチョコケーキ。人数分用意されており、上には結華の変身した姿を模した紫を基調とした砂糖人形が飾られていた。
ケーキ生地に練り込まれたチョコに細かなチョコチップの入ったチョコクリームと様々なチョコレートのコクを堪能し、今日の疲れを労うには十分過ぎる程だと結華とジンは評価するのだった。
翌日の朝。繁華街にある小さなケーキ屋に小さな影が近づく。開店準備を丁度終えた頃合い故に、外に出ていた従業員である男女2人がその影と顔を合わせる。
「やぁ、また来てくれたんだね。いらっしゃい」
「いらしゃイ。今度こそお客サンとして歓迎するヨ~」
元からの愛想に先日の一件での恩もあり、2人は快く柔らかい笑顔で影の正体である結華を受け入れた。
ストリートファッション姿で会うのは初めてだったが、顔を覚えてくれていた事に彼女も少しだけ顔が柔らかくなった。
「うん。今日はきゃくとして来た。…それと、昨日はどうも……」
体調不良もあって事が終わった途端に寝てしまい、夕方前まで面倒を見てくれた2人に迷惑を掛けた事を改めて謝罪する。
頭を下げた後、お詫びの品としてエツコに持たされた紙袋を男性の方に渡した。
受け取りが完了し早々に取り出されたのは、丁寧な包装の大きめの箱。包装まで剥がしてようやく中身がハンドミキサーだと判明した。
「これ、最新モデルじゃないか! ありがとう、助かるよ!」
「たくさんお菓子作れるネ~。ウレシィヨ」
「わたしがえらんだわけじゃないけど…」
エツコもまた飲食店を切り盛りしている身。道具選びの目利きも良く、相手が喜ぶ物を選ぶ事が出来るのだと2人の反応を見て結華は考えた。
しかし、手ずから選んだ訳でも無く選ぶのを手伝った訳でも無い自分が感謝されて良いものなのか。彼女はそうとも考えていた。
エリーと男性は顔を見合わせ、俯く少女に声を掛ける。
「持ってきてくれたんだし。ありがとう、だよ」
「ソウソウ。コッチのジジョーに合わせてくれて、ウレシィデス」
朗らかな様子を見せる2人を見て、結華は受け取っていい感謝だと理解し、微笑みを見せる。その顔を褒められる事に彼女は悪い気はしなかった。
「…それで、きょうはおつかいにきた。このリストにかいてある物、ください」
ズボンのポケットから取り出した4つ折りの紙を男性に手渡し、彼は直ぐ様内容を確認する。
箇条書きだが取り扱っているメニューの正式名称と要求個数が整った字で記載されたそれを見て、男性は快諾する。
「これ、エツコさんの字だね。あの人の知り合いなんだ、君」
「うん。結華、です。いそうろう…です。めんどうみてもらってます」
事実上そうなる。…のだが扶養されるべき年齢と思しき少女が「居候」と自身の立場を定義する事に男性は苦笑した。
その一方で、エリーが昨日の出来事を思い出しながら目を輝かせる。
「ユイカ、チャン。アノ時のキミ、マホーショージョみたいデシタ」
「まほうしょうじょ…」
それは、姉もよく口にしていた単語。「あくまで、私の事じゃ無い」と謙遜気味に振る舞う蓮音の姿を思い出して結華は懐かしい感覚を抱いた。
この思い出には続きがある。「魔法少女には名乗るべき名前がある」、と。
「そうだよね。なまえがひつよう、だよねお姉ちゃん」
「ン? どうかシマシタ?」
「『マレオルトフィ』。…あのすがたは、そうよんで」
名前を決めようとしてすぐに、思い浮かんだ響きを結華は本採用する。――その名前がどういう意味であるのかはさておき。
スライムとDJと魔法を組み合わせた新たな魔法少女。マレオルトフィは今この時をもって誕生するのだった。
それを祝福するかの如く。朝日は昇り、鳥達は囀る。




