第71話 『感情』が湧き立つ
「これを、こうしてだな……よゥし」
幾つものブロックを敷き詰めたような浮遊物体で構成された浮島。
この上で奇妙な姿をした少年が慎重な手付きでセッティング作業をしていた。
彼の目の前にあるのは2つの薄型液晶……厳密には、その模造品。
だが、本物と遜色無いどころか、幾つかの追加機能をもこしらえた一品である。
時折両腕が赤熱するように光る少年――『破壊』の名を司るが故に組み上げを苦手とする少年は慎重に作業を進めていた。
現在は各種ケーブルを繋げる段階である。特定の端子へ、対応する端子を次々と繋げていく。
小気味の良い音を次々奏で、破損も無い事を確認すると、その度に安堵の色を彼は見せた。
彼の名は『破壊ノ雫果』。この『間擦界』と呼ばれる異世界の住人である。
漆黒に似た黒い肌に、光を反射させない暗闇のような色の短髪をし、みすぼらしい継ぎ接ぎだらけの服を着る少年だ。
「ジューグ兄に作ってもらったモン、大事に扱わねェとな……だァもう! ウズウズすンな、オレ!!」
加えて、『破壊』の名に違わず破壊衝動を有している。
物を壊していない日々が続いたのもあり、沸き立つ衝動を堪えながら彼はセッティングを続けた。
何故、こんな事をしているのか。原因は数日前に遡る。
ゲナムと彼の仲間達――『雫果』は『地上界』と『魔深界』に食い込むこの世界の拡充を目的とする。
『地上界』に存在する島の1つ、ミュジ・シャニティにて1大イベント『フェルク・レスタム』が開催しており。
そのイベントを潰す事で、拡充を阻む『地上界』の音楽の文化の勢力を削ぐ事を画策したが。
主戦力であった『べモン・ベルス』を大量に失い、更には島全域に結界を張られた事でポップカルチャーの最先端たる島への干渉すら困難な状態になる結果に終わった。
この時に『地上界』の様子を見る為の装置を腹いせに破壊してしまい。
代替品の支給とアップグレードを兼ねて、新たな物を仲間に用意してもらい今に至る。
全てのケーブルを繋ぎ終え、緊張していた彼の顔に爽やかな笑みが浮かんだ。
「…やった、やったッ! ガマン強くやったら出来たッ!!」
繋ぎ終えた事でゲナムの手は液晶の側に置いておいた無骨なデザインのリモコンへと伸びる。
早速電源を入れてみれば、2つの液晶はそれぞれ別の映像を映し出した。
左側が『地上界』……ミュジ・シャニティ上空の晴れやかで騒がしい様子を、右側が深海が如き紺碧の静かな様子を見せる。
右側の液晶へ映る光景こそ、『魔深界』であった。深淵にも夜闇にも似た紺碧の下では独特の形状をした施設群があり、そこに確かな賑わいがある。
各種ケーブルの繋がる先――機械部品の点在する臓器が如き肉塊の装置へ転送され、液晶に出力される映像に乱れが無い事を確認し、ようやくゲナムは胡座をかいた。
その背後へ、黒を基本色とするゴスロリファッションの少女が丁度近付く。
「さっきから何をそんなに騒いでんの?」
「おう、エルグリ。丁度良いタイミングだな! 出来たぜ、ジューグ兄から貰ったモンが!」
珍しく機嫌の良いゲナムに、エルグリと呼ばれた少女は若干顔を引き攣らせながらも相槌を打つ。
その間にも、端子が乱雑に接続されている肉塊の装置は規則的な脈動を続けていた。
装置から漂う独特の酸っぱい匂いに、少し嗅いでしまったエルグリは思わず鼻を抓む。
「…そう、良かったね……。このニオイ、もう少し何とかならないの?」
「初期稼働はどうしてもこうなるッて話だからなァ~、その内消えるから安心しろよ。ま、慣れちまえば気になンねェけどな♡」
「デリカシー……」
しかし、もう1人の兄が作った代物である以上、そこまで強くは出られない。
『憎悪ノ雫果』という名の彼女は諦め気味に少し距離を取る事にした。
「前のヤツじゃァどっちかの世界しか映せなかったからなァ、グレードアップしてくれたジュグ兄に感謝だぜ!」
「それで、あの大結界をどうにかする算段は付いたの?」
「まァそれはこれからだな。新しいのがまだ出来上がッてねェンだ」
「じゃあ…」
「あっちに置いてあるから、好きに見て良いぜ」
液晶の画面から目を離さずに、ゲナムは左方向を指差す。
彼に従いエルグリがその方向へ進んで見れば、洞窟があり。彼女は更にその中へ侵入する。
洞窟ではあるものの、ある程度整備された内装を眺めつつ足を進めると、よく響く衝突音が聞こえてくるようになる。
段々と大きくなるその音を頼りに更に歩くと、金属ハンマーに叩かれている数個の物体が見えてくる。
その物体の数々は、サーフボードのようで。ロケットエンジンらしき物体が取り付けられていた。
「これって……。まさか、こんなのぶつける気?」
『――あァそうだぜ』
視界の中にゲナムの姿は見えないが、声は聞こえてくる。
戸惑いながら灰色の肌の少女が右や左を見渡していると、壁に設置されたモニターに彼の顔が映っていた。
『こンな事も出来るンだぜ? 便利だろ?』
画面越しの自慢するような笑みに対し、エルグリは「ジューグお兄ちゃんのお膳立てでしょ…」と小さく呟く。
尚も調子良さを崩さずゲナムは続ける。
『結界に触れた瞬間に何の細工もしてねェ作品は消滅しちまうが、爆速で突っ込むンなら話は別だろう。検証用の作品だからあンま丁寧に作っちゃねェぞ?』
「それって、対策無しって言ってるようなものじゃん…」
『情報収集もせずに対策が立てるモンかよ。あンま向こうの連中ナメてっとォ何時ぞやのショー荒らしのヤツみてェに早ェ段階で潰されッぞ?』
「…見てたの?」
『そりゃァエルグリちゃんが悔しー顔してたらなァ』
「むむむ……」
『それと一部のヤツァ呪縛が解けたみてェだしなァ』
「!」
破壊の名を司るからこそ、術者のエルグリよりも察知が早い。
視線も顔も逸らしている画面越しの兄に対し、彼女は一層悔しさを滲ませた。
『別にチクるつもりはねェが、こーいうのが2度も3度も続きゃやべェかもなァ。ジューグ兄が『魔深界』で情報操作してる意味が無くなるしよ』
「協力する…」
『――ェあ?』
「協力すれば良いんでしょ! 手短に話しなさいよ!」
『ヤケに聞き分け良いじゃねーか……。まァ、戻って来いよ。落ち着いてから話そうや』
激情を露わにする妹に顔を引き攣らせながら、ゲナムは促す。
乱暴な足取りで来た道を引き返すエルグリの姿を、彼はモニターから見えなくなるまで目で追う事にした。
2つの液晶のある場所まで戻ってきたのを確認し、ゲナムは仕切り直す。
機嫌の悪さが多少落ち着いたかを、恐る恐る伺いつつ。
「ンで、さっき見てもらった作品なンだが。これから突っ込みます、ッて時に見つかるとマズい。…ぶつける10秒前くらいまでで良いンだ、連中の気を引いてくれちゃァくンねェか?」
「ワタシの作品で?」
「まァ。気が乗るなら直接出向いても良いぞ?」
「えー、やだ。そんなリスクだらけなのしたくないんだけど」
「じゃあエルグリちゃんは留守番しててくれな。オレは行くからよ」
「え、本気?」
液晶に映る2つの世界を見る彼の背中に嘘を言っている様子は無い。
それからゲナムは立ち上がり、熱を帯びた濁った赤の目がエルグリの姿をまじまじと見た。
「あァ本気だぜ。せッかくサーフボード作ったンだしよォ、この機に波乗りしてやろうかと思ッてなァ」
「見つかるかも知れないのに? ……どうなってもしらないよ?」
「構わねェぜ。ジューグ兄やトゥリエ姉に詰められたら『オレが勝手にやった』ッて伝えな」
そう言って場を去ろうとするゲナム。すれ違いざまにエルグリは問うた。
「危険を冒す理由は何なのよ!?」
「――直接、確かめてェンだ。『地上界』攻めるオレらを阻む連中がどういうヤツなのか。画面越しだけじゃァ分からねェ事もあるしなァ。『現地の熱気』とやら、どれだけ真実なのか確かめてきてやる」
背中を向け、それから背中を強調するように彼はポージングを取った。
格好つけ故に、次に出す言葉にもわざとらしく力が入る。
「『不和をバラ撒く我々だからこそ、常に真実を見続けろ』ってなァ」
「ジューグお兄ちゃんのモノマネ? 似てないからやめてよ」
エルグリの不評に、ゲナムは後ろ頭を軽く叩いて自省するのだった。




