第70話 新たな『一員』
18時を過ぎ、外が徐々に暗くなってきた頃に玄関側廊下に通じる扉が開く。
同時に「ただいま~」と下校してきたジンの平調子の声がダイニングへと伝わる。
その声を聞いていたのは結華ただ1人のみだった。
「おかえりなさい」
「あァ。……バアさんは『魔女の料亭』か?」
「もう少ししたら来るって」
「そうか」
「あと、どうきょにんがふえた」
「あァ、それとなくは聞いてるぜ」
持っていたカバンを下ろし、食卓として使用するテーブル側の椅子へ腰掛けると、ジンはくつろぐ体勢になる。
彼と目を合わせつつ、会話は続く。
「ユイカの助けになる為に来たと言ってたが」
「おばあちゃんのところで、すみこみではたらくって」
「……『ゴーレムばっかじゃ華がねェ』って散々指摘されてたしなァ…にしてもよく請けたモンだな。料理店なら他でも良いだろうに」
「『あそこがいちばんちかいから』、だって」
「身も蓋もねェな…」
ジンは天を仰ぎ、呻くような低い声を漏らしながら呟く。
「はァ……バアさんから聞かされた時は驚いたぜ」
「いや、だった?」
「皆良いっつってんならオレも構わねェけどよ。よく考えて決めた事なんだよな? 後から『やっぱやめる』じゃ困るぞ」
「……」
少しばかりの沈黙が訪れた後、ジンはフォローするように続ける。
「まァ、何にせよだ。直接顔合わせしねェ事にははっきりしねェか」
それから1時間後、ジンが入浴から戻ってきた頃に彼らは顔を合わせる事になった。
仕事着のエツコと学生服のペルシェンカに対し、私服の結華と普段着を下だけ履いて、Tシャツ1枚のジンが向かい合う形となる。
全員揃った事で、エツコが手振りをした。
「――改めて紹介するよ、今日から一緒に暮らす事になったペルシェンカだ。さ、オマエも挨拶をし」
「ペルシェンカ・娜倉=バーチェラスです! 今日からよろしくお願いします!」
エツコの催促に従い、最敬礼をしつつ簡単な自己紹介をするペルシェンカ。
対してのジンは、彼女の外見に戸惑いつつ挨拶を返した。
「あ、あァ……」
学生服を魔改造したような、露出の多い服装故に目のやり場に困る。かと言って、目を逸らしすぎるのも礼儀を欠く。
それでも、肌着が見えそうになった瞬間にジンは慌てて真横を向いた。
ペルシェンカが再度姿勢を正したのを確認し、もう一度彼女と向き直る。
すると、今度は彼女の方が顔を赤くして目を逸らしていた。
「そんな意識されると、こっちが恥ずくなるんだけど……」
「悪かったな…不慣れなモンで」
クラスメイトすら変に意識してしまう現状を、そう簡単には克服出来ない。
彼女の気を遣った物言いには『エツコの手前、下手に拗れそうな事は言えない』と理解を示し、ジンは詫びを入れつつ頭を掻いた。
ペルシェンカは気を取り直し、隣に立つエツコへ話し掛ける。
「これで全員揃った、んですよね?」
「ああ。ジンの親を待ったって来ないからね」
「えっと、別居中だったり…?」
「……そうだったら、良かったんだけどな」
彼女の問いに答えたのはジンの方だった。
俯き、目線を隠した顔からはさっきまでの恥じらいはとっくに消え失せている。
発言と少年の態度から事情を察したペルシェンカは、これ以上の詮索をせずに留める。
だが、暗く重い雰囲気では居心地が悪い。切り替えるように手を叩く。
「…え、えっと! 皆揃った事だしご飯にしない!?」
目線を右へ左へ慌ただしく動かしながら同意を求めると、ようやくエツコが頷いた。
「あぁ、そうだね。もう少しで出来るから待っとくれ」
「良ければ手伝いますけど?」
「初日から働かせても悪い。その子らと一緒に座っててくれ。テレビを見ても良いよ」
「わかった」
ジンは首に掛けていたタオルを片付けに、結華はぱたぱたとした足取りでソファに向かう。
ペルシェンカは、取り敢えずと言った形で結華の隣に座る事となった。
「お姉ちゃんはすきなばんぐみとかある?」
「こっちで何見れるかは知らないんだよねー…」
「じゃあわたしのすきなばんぐみながしてもいい?」
「うん、いいよ」
快諾の後に切り替えられたチャンネルで放送しているのは、この島の定番である歌番組だった。
老若男女の参加者が十数人程集まり、自分の番でそれぞれ各々の持ち曲を歌う。
所謂カラオケ大会であるが故に、来たばかりの島であってもペルシェンカはすんなり内容を把握出来た。
流れている映像を見つつ、彼女はご機嫌な足をする結華へ問いかける。
「ユイカちゃんの応援してる人とか居るの?」
「ううん、うたってるのを見たいから見るの」
「なるほどー。ユイカちゃんって音楽が大好きなんだね。DJやったりするし」
「うん。このしまにきてからすきになった」
「へえ。じゃあ好きなアーティストはいるの?」
「『ラ・ダ・リーシェ』。なぞのおおいふくめんバンド」
「なんか、凄い個性的だね…」
巧拙を問わず、情熱のままに歌う人々の姿を見ていると、エツコが声を掛ける。
「さあ、出来たよ。熱い内にお食べ」
その日の食卓は1人増えたのもあって、賑やかなものとなった。
それから、というものの。
更に時は過ぎ、ペルシェンカと結華は一緒に湯船に浸かった。
日頃の習慣であるが故に、大人しく身を清めた2人は程良い温度の湯を堪能する。
「はぁ~…疲れが癒えてくよ~……」
髪を大きな団子状にしたペルシェンカは脱力する。全身を包む快感の効果を一層高めるべく。
同じく団子髪の結華は表情を変えないまま火照った顔で口を開いた。
視線を、湯をかけていく褐色の右上腕に向けて。
「お姉ちゃん、その…マーク? なに?」
「…んぇ? ああ、これ? 『マジックタトゥー』だよ」
結華が見ているのは右上腕にある蝶のマーク。黒い縁取りにマゼンタカラーで描かれたタトゥーだった。
幼い少女が興味本位で見ているのもあってか、ペルシェンカは気を良くしながらタトゥーの説明を始める。
「外付けの魔力回路、ってヤツで、使う魔法の効果を高めてくれるんだ~♪」
「おしりにあったのも、そう?」
「良く見てたねー。うん、私って右腕とお尻にタトゥー彫ってるんだよね」
「でも、お姉ちゃんってまほうつかわないんじゃ…」
「魔導具を経由して、なら出来るよ。だから彫ってても無駄にはならないよ」
「ふーん…」
蓮音が『特別造形物』を渡したのも頷ける。続いて、結華は別の質問をした。
「ペルシェンカお姉ちゃん」
「なぁに?」
「お姉ちゃんはどうして、このしまに来てくれたの?」
蓮音に頼まれたから、は既に聞いている。
結華が問うのは、『日本から遠路はるばる、ミュジ・シャニティに来る事を決めた理由』について。休学の身とは言え、長期的に見れば彼女1人だけが大損になるのも考えられる。
それでも尚、ミュジ・シャニティで1年過ごす事にしたのは何故か。これを問うていた。
質問を聞いたペルシェンカは、少し考える素振りをし、口を開いた。
「人生の目標を見つける為、かな」
「じんせいの、もくひょう?」
「うん。…実を言うとね、君のお姉さんに頼まれて休学にした訳じゃないんだよ。元から、だったんだ」
過去を思い出すように、彼女は頭を上げる。
遠い所を見ながらペルシェンカは続く言葉を紡いだ。
「看護師になろうかメイクアーティストになろうか、ってずっと悩んでてさ、でも日本に居ても答えなんか全然出なくって。悩みっぱなしで大学生活送るの勿体無いな~ってカンジで思い切って休学にしたんだよ。で、向こうでレンネさんとばったり、ってね。どうせならバカンス楽しみながら答え出しちゃおう! って思って来たんだ」
「おもいきりすぎ……」
「あはは、そう思っちゃう? ――でも、来て良かったって思うんだ。面白いものばかりで、皆優しい。遊べるところや学べるところがいっぱいで、目標を見つけるには丁度良いなーって思う。…って、まだ2日目だけどね~……」
苦笑するペルシェンカに対し、結華は立ち上がった。
「ペルシェンカお姉ちゃんのこと、おうえんしてる。…たすけてもらってばかりじゃ、わるいから」
「そう? ありがたいな。さて、そろそろあがろっか。髪、乾かしてあげる」
「コツをおしえて。こんどまねする」
「良いよ~」
そうして、少女2人は浴室を後にする。夜はまだまだと言った頃合いであれど、2人は休息を優先するのだった。




