第7話 人工島『ミュジ・シャニティ』
それは、ある男の願望から始まった。
150年前、大海原の南西に投下された種が一つ、海上で芽吹いて広がった。
やがて、芽は12年で海に咲く巨大な花となり、13年で朽ちた残骸が大地となって島の礎を築いた。
魔法が可能とした大自然への挑戦。数多の支持を集め誕生した島は当初、何も無かった。
しかし、島の誕生を望んだ男が上陸した事で現実は一変する。
45年のもの時間を費やし、足掛かりとなった小さな村が町となって、町から都市となった。
都市は世代交代を挟みながらも男の望み通りに更なる拡充を行い、今となっては島の大地の8割を占めるに至った。
島作りを望んだ男は遥か昔にこの世を去ったものの、彼の息子、それから孫に意志は受け継がれている。
開拓者としての名誉を頂いた彼の名はカルギム・羽島=ジェーオ・ミンドリン。
島に於ける最も偉大な人物として今も数多の人々に親しまれている――。
かつて生きていた男の夢の結晶である、人工島『ミュジ・シャニティ』はこの世界のポップカルチャーの最先端。
音楽を始めとした、最新かつ様々な現代的文化がこの島に集約している。
外を少し歩けば右に左に大衆向けの娯楽が満ち溢れており、一年中温暖な気候という事実もあってか、観光地としても居住したい土地としても名高い。
数ある有名アーティストも一層充実した活動に打ち込む為に移住しており、誰が言ったか『楽園』との評を縦としている。
その島にある、知る人ぞ知る穴場料亭『魔女の料亭:アルテ・モファウ』の経営者……と同居する少女こそが、結華。
フルネームを七桜 結華とする彼女は日が浅いながらもこの島の活気に馴染みつつあった。
◇◆◇
「ん~~~~~……」
島に来て11日目、5月21日の新しい朝。日が顔を出し始めて間も無い内に黒紫の長髪を揺らしながら結華は両腕を真上へ伸ばす。
何処かの国に伝わる、ラジオ体操なるものを参考にした柔軟体操が、新しく始める朝の日課となっていた。
今日は、その日課の初日。腕を下ろし、深呼吸で調子を整え、ようやく次の項目へ移る。
口を開いた結華が唱えるのは、あの日と同じ呪文――――。
『始めてよ、DJマレオル』
アパレルショップを襲った異形達に立ち向かった時と同じプロセスで、結華は変身を完了させる。
右手のマイク型の杖も、黒を基調に紫のラインが描かれた服装、四肢に特定の形状を維持したまま纏わり付く紫スライムも変わりは無い。
「いい感じ。じゃ、次」
基本の姿を確認した直後、大気に杖を突き刺しDJシステムを構築する。やはりと言うべきか、紫の半透明であった。
ターンテーブル。テンポスライダー。イコライザー。当時使ったのはそれらだけだが、他にもシステムの部位は存在する。
記憶が正しければ、配置に変更は無い。新品相当ながら、頼りがいのある造形だと結華は感じた。
「これからも、よろしく…」
表面をそっと撫でて、動作の調子を見る。この前のおさらいをすべく。
日課を終えて屍守の家のダイニングへ戻ると、欠伸をしながら部屋に入るジンとばったり会った。
「おはよう。おねむ?」
「んあ? …あァ課題やってたら遅くなっちまっただけだ」
「かだい? しゅくだいじゃなくて?」
「それと別枠の提出物だ。オレも一応部活入ってるからな。美術部なんだが」
「きいたことある…げいじゅつせいをみにつけるためにだっけ」
「ああ。『アート』ってヤツを知るのに要ると考えてな」
「ユイカにも見せておくか」とジンは一旦自室に戻る。課題用に仕上げてきた絵を持ってダイニングに再び来た彼はその絵を広げた。
描かれているのは風景画。夕暮れ時の市街を描いた物で、結華も見覚えのある光景だった。
「すごい…よくできてる」
「そう思うか。オレは少し物足りない気がしてな…とりあえずこれで出してみて、アドバイス貰ってくる」
「どこがもの足りないって思った?」
「まァ色彩ってとこか。もっと自然な色に仕上げれりゃ良いんだが」
会話を切り上げると丁度部屋に来た、エツコからの呼び出しで朝の支度が始まる。
その日の太陽がもうすぐ真上に来る頃、結華はジンの通学路と同じ方角に向かって進み、店の建ち並ぶ繁華街エリアへ来ていた。
観光地としても年々注目を集めている島の、その中央に位置する場所故に、昼前の街は大賑わいの様相を見せている。
だが、結華のように異色の肌を持つ人物はこの中に居ない。
陽の光で多少誤魔化しが効くものの、凝視すれば気付ける違和感に注目する視線がちらほらと。
対して堂々と店を見て巡る振る舞いの結華に、何時しか視線は散っていった。
「おいしそうなにおい……」
焼けた肉の香ばしい匂いがすると思えば、タレやソースなどの調味料の匂いもする。
長々と歩いていて、程良く空いていた腹が食欲を促す匂いの数々に刺激されていく。放っていては体に毒だと思い、エツコから渡されていた小遣いを確認する。
財布の中に入っている硬貨と紙幣の数々はミュジ・シャニティで流通されている通貨であり、『ビュトラ』という単位を用いる。
現在の為替では1ビュトラ=約2.5日本円であり、今は3000ビュトラ…約7500円が入っていた。
3日分の小遣いを取っておいた事で、昼食をがっつり取ってもあまり支障は無い。結華は行列が本格的なものにならない内に店を決める事にした。
10分程悩んだ末に選んだのはとある外国のチェーン店であるファミリーレストラン。「小さい子が1人で来た」という事実に店員から驚かれたものの、結華の説明により、起きたごたつきはその程度で収まった。
席に案内された彼女は鉄板焼きハンバーグとライスにコーンスープが付くセット…のリトルサイズを堪能した。値段は220ビュトラ。
小柄な体には丁度良い量であり、空腹が解消された結華は満足げに店を出る。行列の客達の奇異なものを見る視線を受けつつ。
「うーん、おかし食べたくなった……」
ファミリーレストランでスイーツを頼む事も出来たのだが気分というものは移ろいやすい。当時は不必要としていても後になって欲求が強まってくる。
たまに家で食べている駄菓子や袋菓子でない、また別の甘味を欲する気分を解消するにはどうすれば良いか。取り敢えずとして噴水のある広場にある繁華街のマップを結華は確認するのだった。
「ケーキのお店…? ここがよさそう」
歩いて5分程の距離にシュークリームを始めとする箱菓子やケーキを販売する小さな店がある。此処に決め、結華は向かったのだが――。
「ダメー! 店を荒らさないデー!!」
残り25m付近で、ぎこちない発音の女性の悲鳴が聞こえてくる。フライパンを振り回し、浮遊する数々の何かを追い払おうとするがっしりとした体格の男性も見えてきた。
どう見ても只事では無い。そこで、結華はマイク型の杖を出現させ――――
『始めてよ、DJマレオル』
得たばかりの力を用い、彼女達に加勢する事にした。




