第66話 『時』を越えて彼方より
「ふぅ~、食べた食べた」
『ハニーミートハウス』を後にした一同は、噴水広場まで戻ってきていた。
比較的近場であり、ヨウヘイの切り出した今後の予定を話し合うに丁度良い場所でもあった。
流れ続ける水音の中、ロギィが口火を切る。
「さて、今後の予定の話だったわね。ヨウヘイに伝えた通りワタシ達は明日の夜まではこの島に滞在するつもりよ」
「そうなんだ」
少々気を良くした結華が相槌を打つと、タルチとユドゥの首肯、それからヨウヘイの「間違いありません」の肯定が得られる。
ペルシェンカの方は頬杖を付きながら話を聞いていた。そんな彼女へとロギィが視線を向ける。
「そういえば、ペルシェンカってこの島ではどういう扱いなのかしら? 『ユイカに協力する』ってテイなら観光目的じゃ無いのでしょ?」
「うんとね、特別制度でさ、1年はこの島で過ごすつもり」
「在学生とは聞いてるけど……それアリなの?」
「学校の方は休んでるし、アリっしょ。ね、ヨウヘイ!」
唐突に話を振られて少しまごつくが、ヨウヘイは取り繕いつつ公務員として対応する事にした。
「えっと、日本にある特別制度の事ですよね? 此処ミュジ・シャニティも対象ではあります。――正確に言えば本国の方が、ですが」
「でもこの島に居ても問題無いでしょ?」
「ええ、はい。こちらまで来られたという事は要件は――」
「オールクリア!」
「――でしたら、こちらから特に言う事はありませんね」
小難しい話という事でついていけなかった結華だったが、トラブルが起きている訳では無い、という事だけは把握した。
再びペルシェンカが彼女に顔を向けると、思い出した素振りで自身のバッグを漁り始める。
「――あぁそうだったそうだった。ユイカちゃんに見せておきたい物があるんだよね」
「…いいもの?」
「うん。レンネさんがさ、『ユイカが喜びます』ってさ」
そうした物言いをされれば、結華の期待も高まる。
表情こそ変わらないものの、胸騒ぎをしている彼女の元へ出されたのは、黒に近しい青の色合いをした特殊な立体物であった。
端から見ていた『オヒメサマ』達も、その複雑で見覚えの無い形状に興味を示す。
しかし、結華も同様に見覚えが無い。想像からかけ離れた物体に首を傾げるのはその提示でもあった。
「…なにこれ?」
「『特別造形物』って言ってね、レンネさんから渡された物。ユイカちゃんに会った時に『起動して見せて欲しい』って頼まれてたんだよ」
「やってみて」
「りょ。《アズロ・リーゲン》」
ごく自然な流れでペルシェンカは魔導具へ起動の呪文を唱える。
すると、小気味良い音と共に立体物は隆起部位、その次に本体の順に展開する。
呪文が必要な割に、大仰に思える。――そこから数秒待ってみても何も起きない様子から見ていた一同がそう思った。
ロギィが口を開こうとした瞬間だった。『特別造形物』は特定の対象――結華を認識し発光を開始する。
「きゃっ! 急に何なのよ!」
「ちょーぉっと、待ってて貰える? …あーしもこうなるのは初めてでさ。レンネさんからは一応何か起こるって聞いてたけど」
「まぶしい……」
近い位置で目の当たりにしたからか、その輝度に顔が歪む。
そこから更に待つと、光は収まる。加えて、分かりやすく変化が起きた。
『特別造形物』から伸びるように、1人の少女が映し出されている。立体物と似たような色合いで、煽情的に感じる服装の少女が。
これを視認した途端、彼女が何者なのかを『オヒメサマ』達も結華も思い出した。
『――レンネさん!?』
「お姉、ちゃん」
現れたのは、ペルシェンカに立体物を渡した張本人である七桜 蓮音。
立体物からホログラムのような形で出現している彼女は驚嘆する面々に、微笑みながら語りかけた。
『――えっと、これが流れてるって事はペルシェンカさんが私のお願いを聞き届けてくれた、って事ですよね。無茶振りに答えて下さってありがとうございます。それから、ご迷惑をおかけしました』
「いやぁ、お安い御用でござんす。…これで良いんだっけ?」
「多分録画だろうから向こうには聞こえてないわよ、ペルシェンカ」
一応のツッコミをペルシェンカは無言で受け入れつつ、立体映像の蓮音は続ける。
『さて、聞いている人はこれが何なのか気になりますよね。これは結華ちゃんに『特別造形物』を見せた時に自動的に流れるよう設定した物、です。――聞こえてるかな、結華ちゃん!』
「うん、バッチリ聞いてる」
『…と言っても、私にはどうかは分かりませんけど。あはは……』
『前置きが長ぇんじゃねぇのカ?』
『うるさいです! ネルベノンは邪魔しないで!』
『フン……』
2人が会話しているように聞こえるが、実際は映像の蓮音が一人芝居しているだけ。
だが、これについての事情を知っている面々は口を挟まない。唯一知らないヨウヘイだけが困惑を浮かべていた。
『では本題に入ります。…これを残すのは結華ちゃんに私の無事を伝えたかった、のがまず1つ。次に、結華ちゃんに渡したいプレゼントがあるからです。結華ちゃん、見てたなら両手を差し出してみて!』
「えっと、こう?」
『じゃあ、あげますね。私特製のお守りを!』
立体映像に差し出した結華の小さな手の上に、紐付きの巾着袋が出現する。
それを手にした瞬間、結華は懐かしい温もりを感じるのだった。
『寂しくなった時や、怖い思いをした時にそのお守りを握ってみてください! 結華ちゃんの助けになってくれますから!』
「うん、ありがとう」
『私だと思って大切に持っていてください! ……会いに行けるか分からないですけど、何処に居ても私はずっと貴方の味方ですから!』
「うん……」
『だから……私の事は心配しないでください。結華ちゃんさえ信じてくれれば、また会えるはず、ですから……』
「……」
『優しい人に出会って、美味しいものを食べて、楽しい思い出をいっぱい作ってください。……出来れば、こんな事があったよ、ってお姉ちゃんにも教えてくださいね?』
「かんがえてみる…」
『元気にしていてください。体に気を付けてね。――以上、貴方のお姉ちゃんから、でした』
段々と込み上げてくる感情を隠しきれなくなった、奇妙な姉妹のやり取りはこれで終わる。
流れていた目元の熱さを、結華は鼻をすする音と共に拭き取る。
『オヒメサマ』達もペルシェンカもヨウヘイすらも、生暖かい目で見守る。
それから、少しして震えの収まった結華の口が開く。
「――ずるい」
『えっ?』
困惑に固まっている一同を気にせず、結華は珍しく怒り眉を作った。
「わたしもおかえししたいのに、お姉ちゃんばっかり言いたいこと言って。今すぐおへんじしたいのに」
「ゆ、ユイカちゃん……」
「今どこにいるかも分からないのに? しんぱいするな、って? なにそれ?」
タルチの言葉も振り払い、結華は愚痴を零していく。
止めようか? と悩む黄色い少女を親友2人が制する。
ペルシェンカやヨウヘイの微笑ましい物を見る顔から、止める必要は無いと把握したからだ。
「さいごのはなに? お姉ちゃんはあぶないところにいるの? お姉ちゃんこそそうするべきなんじゃないの? それでしんぱいするな、っておかしいと思わないの?」
珍しく口数を多めに、言いたい事を吐き出し。ようやく結華は落ち着く。
それから、彼女の居るかも知れない青空を見上げた。
「でも、ひさしぶりに声が聞けて、うれしかった。――ありがとう、お姉ちゃん」
爽やかな風が吹く感覚を、結華は一身に堪能するのだった。




