第62話 『操り』、仕組む
観客席側では、群がるスズメバチを引っ剥がしては『ギフト』を変形させた《エイド》で治癒し、避難させる一連の流れが続く。
襲われていた観客の約7割が既に避難完了しており、群がる箇所も減って視覚的にも終わりが見えつつあった。
「もう一息! ユイカちゃん、あとちょっとだからね!」
「分かった」
このやり取りの間にも、光線銃から放つ光線とDJシステムから放つ衝撃波を的確にスズメバチへ命中させる。
残るは5箇所となった途端、ヴエスが操るハチ達の挙動が変わった。
観客達へ集るのを止め、結華達を狙って飛びかかる。
「!」
「ユイカちゃん、気を付けて!」
急速接近と同時にハチ達は空中で陣形を組む。
さながら槍のようになった群れを、2人は可能な限り引き付けながら回避する。
するが、これを予測してか陣形を崩さないまま急旋回。
今度は軌道上に動けずに居る観客達が居る状況での対処を迫ってきた。
「また来る…! 近くに来て、ペルシェンカお姉ちゃん!」
「オッケー、何か策があるんだね!」
『ギフト』の変形による対処を取り止め、ペルシェンカは結華の真後ろに来るよう飛び込む。
彼女の到着と同時に、結華は球体状の結界を展開し、槍の数々を受け止める。
「……!」
5つだけならばまだ防ぎきれる。
穴を抉じ開けんとするハチの群れを見ながら結華はそう判断する。
急ぎ左のターンテーブルを回し、スクラッチ。
飛び出す稲妻弾の数々が、スズメバチの群れに命中し、虫食いのように消滅させた。
「――やった!」
ペルシェンカが《エイド》を駆使しつつ小さく喜ぶが、結華の表情は芳しくない。
ステージ方面から感じていた悪意のオーラが、より一層強まったからだ。
まるで『これからが本番だ』と告げるかのように。
そのオーラはヴエスの真上から下へと降りていき――――ヴエス当人へ流し込まれていく。
「……セラナ」
すぐそこへ向かう術を持たないが故に、結華は案じざるを得なかった。
今しがた告げた名の彼が、尤もヴエスに近い位置に居るから。
◇◆◇
同時刻、セラナは持ち前のスピードと瞬発力で実現させている空中機動で、ヴエスを翻弄する。
急加速を伴う飛び蹴りや、ストレートパンチ。
敢えてステージ上に降り足をブレーキ代わりに用いる事で死角に回り込む。
魔力を纏う拳打と足技、それから不規則なインターバルを挟む読みづらさで以って、ヴエスの行動を阻止しつつ、その頭上にある糸を攻撃するも。
糸は適度にたわんで衝撃を吸収し、有効打に至らない。
「くっ、頑丈だな…!」
魔力を身体に纏わせる行動は、同時に防御へ転用出来る。
糸を切断出来ずとも、ソウタ自身無傷で離脱出来るのはこの為だ。
耐久性を軽く見た訳では無いが、手応えの無さにソウタは焦りを募らせた。
仮面蜂セラナ作中で使用するナイフ型の武器「プリュームエッジ」がこんな時にあれば、と考える。
だが、ショーに用いられる小道具のそれに切れ味は見込めない。安全性の観点から分厚く作られているからだ。
強く振ったところで細い糸を斬るには適さず、また舞台裏へ取りに行く余裕も無かった。
飛び回りながら、ソウタにある考えが過ぎる。
「刃物……? そうだ! あの子達に貸してもらえば!」
さっきのカメラのように、武器になりうる物を持っているのでは。
こう考えている間に。ソウタはマスク越しに、糸を伝って何かが降りてくるのを目撃する。
それはどす黒いオーラであり。一目見た途端、身の毛がよだった。
そして、悪意の煮凝りがヴエス――その中のセイジすらも――を包み込むのは時間の問題で。
苦しみ悶えていたヴエスは小刻みになっていく身震いと共に、直立体勢になった。
「……う゛ぁ゛」
短く呻くと同時に、スズメバチの怪人が奔流に呑み込まれる。
この奔流を形成しているのもまた、スズメバチの大群であった。
それらは直ちに陣形を形成し、矢のように飛んでいく。無差別に、あらゆる方向へ。
ヴエスから最も近い位置に居たソウタは、反応が遅れる。
飛んでくる数発の直撃こそ避けられたものの、掠った箇所から激痛が走った。
「うぐっ…!」
本編は勿論、ショーの最中にて用いられる魔法ではあるが、本来は今の比で無い程に威力も数も落とされている。
『そんな意図した手加減が出来なければこうなるのか』と、ソウタは右腕を擦り空中機動をしながらそう考えるのだった。
考えつつも、まだステージ上にはスーズメッズ以外にもう1人居る事を思い出す。
「そういえば、あの子は!?」
一時後退。そうしながらスピーディな動きでユドゥの状況を確認する。
いつの間にか出現し、膨張している風船のような2つの物体に身を隠し、彼女は大群の猛攻をしのいでいた。
猛突進を弾力の強いその物体に誘導し、その中へと沈み込ませる。
鋭利な針が何本刺さろうと割れる気配の無いそれを見て――もう片方に構成員らしき部位が見える事からは目を逸らしつつ――、彼は一安心する。
が、余所見している間に、新たに出現した大群が迫ってきており、更にはその反対側からも旋回してきた群がソウタを狙って突進してくる。
「セラナ!」
ユドゥが叫ぶと同時に、ソウタは大気を蹴ってハチの挟み撃ちを回避する。
着地と同時に転がり、彼は追撃を回避しながらユドゥの元へ。
「すまない、ちょっと使わせてくれ!」
「良いヨ、使っテ」
先程彼女がやってみせたように。ソウタは可能な限り引き付けて、それから風船のようになったフグ型物体の陰へ隠れる。
一発勝負であったが、彼は見事に決めてみせた。追撃に来た群れは全て物体に沈み込み、事態は少しだけ好転した。
したが、手持ち無沙汰では振り出しに戻るだけと判断し、すぐには動かなかった。
「そうだ、君。武器になりそうな物は持っていないかい?」
「武器カァ。投げて使うのは何個かあるケド」
「それ、分けてくれないか。…このお返しは必ずする」
「ホント? ――じゃア、良いお菓子あったらちょうだイ」
自分のバッグを漁って取り出すのは、海藻に似た札の数々。
よく乾いた表面に青白い塗料で独特の文字を刻んだそれらを見て、ソウタは面を食らったかのような間を空ける。
「魔力を流し込んで投げればすぐだヨォ。目眩ましくらいにはなるんじゃナイ?」
「――あぁ、ありがとう。大事に使わせてもらうよ」
その言葉通り、慎重に受け取り腰ベルトの僅かな間に挟む。
そして、スズメバチの大量発生が落ち着いたと見て、物陰から飛び出した瞬間。
丁度、ステージに凄まじいスピードで向かってくる、ペルシェンカと結華の姿を見る。
結華をペルシェンカが抱き抱え、その後ろをDJシステムが追随する奇妙な光景。
そして、褐色少女の足には丈夫そうなローラーブーツがあった。
景気良く飛び出し、それからセラナの姿を見て彼女は一言。
「あっ、セラナ! 他のお客さん達皆避難したからね!」
「――そうか! ありがとう!!」
懸念は減った。これだけでソウタは動きやすくなる。
一方でヴエスは変わらずスズメバチの大群を出し続けているが、ペルシェンカが結華を抱えつつ構えた光線銃で、次々と撃ち抜き爆発させていく。
そうして生じる突破口へと、速やかに突き進むソウタ。
間もなく懐へ飛び込む段階となった、その時。
「『ヴェのムきャのン』…」
おもむろに前へ出した手から、その名に違わぬ毒砲を撃つ。
光線によって生じる爆発に乗じたか、不意を狙ったそれをソウタは間一髪で回避する。
が、ヴエスの狙いは彼だけに留まらない。
「…! 危ないッ!!」
もう片方の手はペルシェンカと結華に向けられていた。
同様に、『ヴェノムキャノン』は彼女らへと撃たれる。
これを見た結華は、抱き抱えられたまま結界を張り、ギリギリにはなったが防ぎ切る事が出来た。
「ぐゥ…、んん゛ッ!」
しかし、ヴエスの攻撃は止む気配が無い。結華達の方へ向き直ると、スズメバチの大群の発生と『ヴェノムキャノン』の猛攻を開始する。
「なっ…!」
ソウタは絶句する。攻撃の苛烈さよりも、使用者であるヴエス――つまりはセイジの負担をまるで考えていない酷使の様に。
考えてみれば、当然の事だった。セイジを操り、観客も演者をも苦しめる黒幕が配慮する筈も無い。
結華が展開し続ける結界は猛攻の直撃を受け耐えている。ローラースケートの要領で移動し続ける彼女達が無傷でいられるのは類稀なる魔法のセンスを持つが為。
彼女達を余程の脅威と見做しているのか、ソウタの方へは全くと言って良い程攻撃が来ない。
故に、立ち止まって悔しさを露わにするだけの余裕さえあった。
「命を、何だと思っているんだァ!!」
勢い任せに突き進む。義憤に駆られた為に、不思議に思える程すいすいと身体が動く。
懐へあっという間に飛び込み、ヴエスの動きを封じようと迫る――――。
――――両腕を伸ばした瞬間、ソウタは理解してしまった。
これこそが黒幕の狙いであり。黒幕の持つ煮詰めた悪意が仕組んだ罠だと。
ソウタの方へ向いたヴエスの仮面に、この世ならざる悍ましさを感じ取る。
そして。
「『ヴェのムきャのン』」
少女2人の悲鳴を聞きながら。
ソウタの体は大きく吹っ飛ばされた。




