第60話 『混乱』の旋律
黒のインナーに服装が切り替わり。黒のジャケットとレディースパンツを着用し。
紫の大きなスライムに全身を包まれ、両腕と両足へと纏わせる。
最後に猫耳風スピーカー付きキャップを被り、フードで覆う。
射出するように会場へと戻ってきた結華は、一層紫の濃くなった顔で忙しなく状況を見渡す。
先ずは、他の観客に集っているスズメバチへの対処を。目の前へマイクを突き刺し、DJシステムを展開させる。
「ふっとんで…!」
操作するのはターンテーブル手前、4×2の配置で存在するボタン群――名をパッドと言う。
パッドの1つを短くタッチすると、DJシステムを中心に衝撃波が発生する。これらが付近のスズメバチを大きく弾き飛ばした。
激痛の嵐から1組の親子連れが解放されたが、痛みが強いらしく、すぐには動けずに居る。
「どうしたら……」
間髪入れずに飛んでくるスズメバチの大群を同じ要領で弾きつつ、蹲ったままの家族連れへの対応に悩む結華。
すると、親子連れへ立方体が投げ込まれた。
投げ込んだ当人が直ぐ様起動コードを唱える。
「《エイド》!」
空中の立方体は、その声と同時に変形しドーム状の透明な膜へと変化する。
1箇所に集まっていたのが幸いし、大人2人と子ども1人を包み込むと不思議な力で傷を癒やし始める。
数秒後、彼らは何ともなかったかのように起き上がる。
「痛みが引いていく…!」
「これって、一体…?」
何が起こったのかが分からない、といった様子の親子連れへ、ペルシェンカが光線銃片手に駆け寄った。
「――気が付いた? すぐに動けるならなるべく遠くへ避難して。――あと、誰でも良いから応援呼んで!」
「…分かりました! ありがとうございます!」
妻と息子を先に行かせつつ、夫で父でもある男が褐色少女へと感謝し、会場から離脱する。
そして、透明な膜を元の立方体へ戻しつつ、握る光線銃を他のスズメバチが集る箇所へと撃ち込んでいく。
そこから更に逃げ遅れた観客の姿が露わになる。ペルシェンカは先程と同じく、透明な膜を呼び起こして彼らを癒やした。
結華に振り向くのは、その後の事だった。
「ユイカちゃん! お客さんの事はあーしに任せて! ユイカちゃん達はハチの群れをお願い!」
「…うん! 分かった!」
方針が決まれば迷いが無くなる。
結華は他の観客達を襲うスズメバチへの対処に集中する。
一方で、ヨウヘイを守る『オヒメサマ』達の方も方針が固まる。
鱗剣を取り出したロギィが、その短い刃を振り回すと、幾つもの鱗が空中へ飛び散る。
それらを経由して乱反射するレーザーを規則的に放ち続ければ、中へ侵入しようとして触れるスズメバチを焼き切る結界が完成した。
「タルチ、ユドゥ! アンタ達は大元を叩いて! あの伯爵を何とかすれば収まる筈よ!」
「分かったヨ。――タルチ、『ゲート』開いテ!」
「うん! ユドゥも準備お願い!」
ヨウヘイとロギィを結界内に残しつつ、タルチが『ゲート』を開き、彼女と手を握りながらユドゥもその力場の中へ飛び込む。
繋がった2つの力場はステージへのショートカットとなり。
スズメバチの大群の影響をあまり受けずに観客席を突破する事に成功する。
この一部始終を、DJアクションをしながら結華は見届けた。
「『フェルク・レスタム』の時もそうだったけど、すごい。…わたしもまけられない」
スズメバチ自体は数こそ多いものの、『べモン・ベルス』の強さとは程遠い。
然程苦とせず、結華は大群の8割程を無力化して見せる。
そして、ペルシェンカが片っ端から《エイド》の効果によって応急処置を施していく。
観客の避難は難なく進行しつつあった。
すると、思考を割く余裕が生まれ始める。
そもそも、この騒ぎは何を原因に起こってしまったのか、を考える余力が。
纏わり付く群れを続々剥がすDJアクションを続けつつ、結華は一層集中する。
空気中の魔力を見られたのだから、これを活用して異変の元を探れる筈。
強く目を閉じ、それから柔らかく開く。
自身に意識させる為の手順を踏む事で、彼女は発見した。
ヴエス――正確には彼の背後より伸びる、複数の糸のような奇妙な魔力の流れを。
「…いやなにおいがする」
意識したからか、漂ってきた僅かな腐敗臭を感じ取る。
あり得ない筈の現象は、それを引き起こしている存在の示唆をも含有する。
「……だれかに、あやつられてる?」
可視化された現象には、遠目からでも違和感を覚える。
ヴエスの動きよりも先に、糸が動いているからだ。
これが何を意味するのか。結華は糸の存在と、糸に動かされるヴエスの姿に並々ならぬ悪意を感じ取るのだった。
◇◆◇
狂乱するヴエスは落ち着く気配を見せない。
踊っているのか、あるいは踊らされているのか。無数の苦痛を振り撒きながら自らも悶え苦しんでいるように見える。
「うあ゛ぁ゛ぁっ、あ゛ぐあぁあぅ」
頭を抱え、背中からスズメバチを大量発生させ、上体を不規則に振り回す。
おぼつかない足取りでセンターを務めているが、これを見る者は観客席には居ない。
仮面越しの言葉にならない声が、状況の悲惨さを訴えていた。
この一方で、舞台袖近くに居たセラナは先程まで快活に喋っていた女性スタッフに集るスズメバチに対応していた。
見たばかりの観客席での対処を参考に、魔法弾の行使で全て引き剥がしてみせる。
痛みに呻く彼女へ、屈みながら手を差し伸べる。
「大丈夫ですか?」
「…うぅ、痛みがかなり……」
「ここは危険です。応急処置をしますので、早く離れて下さい」
女性スタッフには回復魔法の心得があるが、今の様子では落ち着いて休める時間が必要だ。
そう判断したセラナ役のソウタは、自然治癒に働きかける魔法を使い、彼女に応急処置を施した。
どうにか立って歩けるまでは回復したらしく、女性スタッフはソウタの指示に従いステージを降りていく。
その様子をある程度見た後、彼は異変の原因であるヴエス伯爵――セイジへと向き直る。
こんな事を、己の意思でする筈が無い。普段の彼を知っているからこそ、ソウタの握る拳が震える。
「…セイジさん……ッ」
彼に罪を被せる不届き者が居る。確かな根拠が無くともソウタは確信していた。
それでも、これ以上被害が拡大する前にセイジを止めなくてはならない。
この事態を引き起こしている黒幕の思惑通りになっているようで、歯痒さを感じずにはいられなかった。
「もう少し待っていて下さい! …すぐ終わらせますから……!」
ソウタは仮面蜂セラナを始め、ヒーロー役に抜擢される事が多いからか、高速化とスピード制御の魔法に精通している。
その為、スズメバチが幾ら大群を形成していても、逃げ切る事が可能で、尚且つそれら全てを無視して対象のみを狙う事を容易に可能としていた。
ヒーローショーが台無しになってしまった事よりも、セイジの無念を重んじ。
急所に当たらないように配慮をした上で構えを取る。
「――行きます」
踏み込みと同時に、ソウタの体は暴れるセイジの懐へと飛び込んだ。
そして、彼の両足を払う――――筈だった。
タイミングを合わせるように、殴りかかるスーズメッズ構成員の姿さえ無ければ。
「何……ぐわッ!」
突然の出来事に判断が遅れ、セラナはステージ背景へと叩きつけられてしまう。
破損したハリボテからずり落ちる中、ソウタは背中の痛みを堪えつつ状況の確認をする。
纏わり付いていたスズメバチが離れた途端、スーズメッズ構成員達が、1人、また1人と起き上がってセラナへと向かってきている。
知性を感じさせないその様子はゾンビに近しい。
黒幕は、彼らを操っているのを隠す気が無いようだ。
仮面越しのソウタの表情がより険しくなるのは時間の問題だった。
「何処まで虚仮にすれば気が済むんだ……!」
そして、悔しいのは操られた彼らとて同じ。
仮にこの事態を終息させられたとして、観客やスタッフに危害を加えた実行犯はセイジ達という事になる。
その上で、それを理解した上で、彼らを無力化させなければならない。
黒幕を暴けない無力さに打ちひしがれるも。
立ち向かわずにはいられなかった。
そんな時に、彼女達は姿を現す。
黄色い少女と、青い少女。
彼女達はヒーローに加勢すべく、ソウタの前へ出てきた。




