第56話 一期一会、で『終わらせない』
不安と言うものは、不確定要素が強まる故に意識してしまう。
今しがた、幼さの残る少女達の語った思惑は根拠に乏しく推測の域を出ないものの。説得力は充分にある。
公務員の端くれであるヨウヘイは、この事を上司や同僚に伝えるべきかに悩む。
大結界は『ラ・ダ・リーシェ』や『フェルク・レスタム』の他のアーティスト達の助力により、間違いなく効果を発揮した。
したが、それは島内や島の周域に出現する『べモン・ベルス』を認識次第消し去るものの為、今後それらの動きが全くの不明になる。
もし、ロギィの発言が事実であり、『べモン・ベルス』を操る者が存在し暗躍しているとなれば。
どうにかして結界を破ろうと、画策するのでは無いか。
「……ッ」
楽な仕事では無いと分かってはいたが。
それでも、とんでもない役職に志願したと思う。
弱冠21歳――今年の7月に22の誕生日を迎える――には、荷が重く感じる悩みであった。
一方で、そんな彼の動揺と葛藤を目の当たりにしたロギィは、助け舟を出す事にした。
「――まあ、証明する根拠は無いわ。ユイカ達が『ゲート』を通れなくて、タルチの聞いてきた事から膨らませた推察なのよ。そう怯えなくて良いわ」
「……そう、でしょうか…」
「ええ。この島が大結界以外の対策をしていないと思えないもの。…というより、ヨウヘイが島を信じなくてどうするのよ」
「それは、そうですね。…すみません」
「珍しく弱気ね。…どうしたの?」
「……いえ、気の所為、だと思います」
「?」
やり取りしていく内に露呈する歯切れの悪さにロギィは首を傾げる。
ヨウヘイが顔を青くしているが、これ以上の詮索は野暮と見て彼女は切り上げた。
「…まあ、いいわ。さて、これからどうする? ユイカのお願いは保留って形にするけど」
「気分てんかん、したい」
「じゃあ市内でも見て回る? おすすめスポットが幾つかあるのだけど」
「教えて。…わたし、くわしくないから」
「分かったわ。タルチもユドゥもそれで良い?」
顔を向けて、ようやくタルチとユドゥの方を見てみれば、彼女達は立方体の形をした立体パズルで遊んでいた。
ユドゥの持参したもので、複雑な形状だが最短15手で解ける物らしく、彼女達はそれに挑戦している最中だった。
それでも、タルチとユドゥは嫌な顔1つせず、親友の声へ反応する。
「うん。ユイカとロギィが良いなら」
「タルチにサンセー」
「――じゃ、片付けてから出発しましょ」
使ったカップの数々を手分けして洗い、使い込まれた水切りの籠へ置く。
それから、5人は屍守家を後にするのだった。
◇◆◇
「気分転換と言えばまず、テーマパークね。アトラクション幾つか回れば気が晴れるかしら」
そう言いつつロギィの先導でミュジ市中央広場へ向かう。
屍守家から比較的近く、徒歩数分で辿り着いた。
結華は初めて行く場所の為、期待半分不安半分といった様子を見せる。
「テーマパーク…」
「『ハニュラト・ガーデン』ってところ。ミツバチっていう生き物がモチーフの場所。ミツバチは分かる?」
「お兄ちゃんのずかんで見た」
「へぇ。虫の図鑑?」
「うん。色んな虫がのってた」
「ふーん…」
少し途切れてからロギィと結華の会話は、テーマパークの話に戻る。
「ミツバチってことは、はちのす?」
「ハニカムチックって感じね。タルチぐらいの黄色やオレンジ尽くしになってるわ。後悪いスズメバチをやっつけろ、ってヒーローショーやってる」
「…おもしろい、かも」
「行ってみたら、もっと面白いわよ」
上機嫌になりつつある結華の顔を見て、ロギィも微笑みを浮かべる。
それからロギィが向き直ると、正面に座り込んで項垂れる褐色女性の姿があった。
……かなり刺激の強い服装であるのを無視して。
「ネェ、あれダァレ?」
「知らないけど、困ってそうね」
少し近付いてみるが、風変わりな集団に気付く様子は見られない。
ヨウヘイによる隠密魔法の行使で周囲の認識を阻害しているが、どういう訳か褐色女性には効いていない。
このまま近付いていいのか、と悩みつつも『オヒメサマ』達と結華に判断を委ねる事にする。
「たすける?」
「話くらいは聞いてみましょ」
「分かった…」
会話を切り上げ、自然な形で結華が手を差し伸べようとした瞬間。
「ユイカちゃん、何処なの……」
「!」
偶然か、それとも人違いか。驚きつつも彼女は褐色女性へ声を掛けてみる。
「あ、あの。だいじょうぶ……?」
結華のその言葉で、ようやく褐色女性は顔を上げた。
目には今にも涙が浮かびそうな様子で。
数秒の後、結華の特徴的な紫色の顔を把握した途端、褐色女性は小さな両肩を勢いよく掴んだ。
「――ユイカちゃん!?!?」
「…えっと、はい。結華です……」
目と鼻の先で叫ばれた為に、結華の耳を結構な威力が襲う。
不快感を露わにしつつも、彼女は褐色女性へ応対した。
確認が取れたと同時に、褐色女性の深緑の涙腺が崩壊する。
「ううっ、う~っ…。このまま途方に暮れるしか無いかと思ったよぉ……」
「…え、ええっ? ドチラサマ、で?」
褐色女性はまるで面識があるような言い方をしているが、結華の方には心当たりが無い。
初対面の女性にこのようなリアクションをされ、結華は辿々しくもエツコやジンが電話応対している時のような尋ね方をした。
その言葉を聞き、褐色女性は流していた涙を拭った。
「ペルシェンカ・娜倉=バーチェラス。ペルシェンカって呼んでいいよ。貴方のお姉さん、レンネさんに頼まれて来たんだから」
「! お姉、ちゃん?」
「そ。レンネさんの知ってる、ユイカって名前の紫の肌した女の子って、君以外居ないよね?」
「…うん」
「あーしが来たからには、もう安心だからね! 今困ってる事ある?」
「うーん…」
別の世界へ行きたい。…などと言ったところで叶えてくれるかどうかは怪しい。
彼女にタルチのような転移能力があるとは思えず、結華はペルシェンカの尋ねている困り事を正直に伝える気になれなかった。
かと言って、女性の好意を無下に出来ず。ロギィ達とテーマパークへ遊びに行く予定を取り消す訳にもいかない。
少し悩んだ末、結華の出した答えは。
「…ここになにがあるか、分からないの。ペルシェンカお姉ちゃんは、分かる?」
「あーしも来たばかりだから分かんないね! 誰か知ってる人居るのかな!?」
「じゃあ、テーマパークに行くって言ったら、ついてくる?」
「うん! ユイカちゃんが楽しめるよう頑張るね!」
彼女達は至って真剣に振る舞っている。いるが、空回りぶりと潔さに周囲に居た4人が唖然とした。




