第53話 『やってきました』、遠路はるばる
結華が魔法少女としての自己を確立し。
ジンが記憶にあった特殊な蛾に魅入られたその翌日。
朝の港も空港もいつも賑やかだ。
週が始まって間も無き日の早朝より到着するのは貨物船の数々と少し小さな船。
それぞれが何事も無く停泊し、仕分けの成された貨物が次々と運び込まれていくが、それは窓の向こう――つまりは外での話だ。
港にある施設の中では、数少ない海の向こうからの来訪者が島に立ち入る為の手続きをしていた。
赤褐色の肌に、気品の感じられるベージュ髪のワンサイドアップ。
凛々しさの感じられる深い緑の目は書き進める手元をまっすぐに追う。
だが、その一方で彼女の服装は刺激が強い。
ヘソ出し、谷間見せつけ、尻肉どころか下着が見えそうな程に短いスカート。
キューブ型のアクセサリーを髪飾りや衣服に付けているのもあって、彼女は自身をギャルであると主張しているようだった。
鼻歌混じりに記載必須の内容を事細かに書いていく協力的な様子故に、目線を外しつつ入力業務に取り掛かる壮年女性が話し掛ける。
「順調のようだけど、書き慣れている感じ?」
「そんな感じ。よく旅行行くんだよねー。行く先々で細かい所が違ってて、書類からでも文化的背景感じれてオモシローって思うんだ♪」
「へぇ」
「ミュジ・シャニティって魔法が使えるかどうかと、魔導具に関する規定が結構キビシイよね。何かヤバい事あったの?」
興味本位からの質問ではある。だが、そこに悪意や面白半分といった様子は無い。
繊細な気配りが出来ている事を、壮年女性の職員は評価する。
「まあ、ね。大きな事件が起きたわ。慰霊碑が建つ程に」
「…そうなんだ。あんまり深堀りしない方が良いカンジ?」
「ミュジ市の子達は良い顔しないわよ。気を付けなさい」
「了解。地雷は避けたいもんね」
打てば響く。それを体現するような彼女の態度に壮年女性は拍子抜けする。
そして、手続き開始から5分足らずでギャル少女は書類を書き終え提出した。
「ご確認よろ~」
「……貴方の付けてるそれらって、本当に魔導具?」
書類を見ながらに、壮年女性の職員は記載内容への質問をする。
事前申告があり、検査でも証明されているのでわざわざ尋ねるまでも無いが。
それでも、形式を無視する事は出来なかった。
彼女が言うそれらとは、髪飾りや衣服に付いたキューブ状のアクセサリー15点を指す。
頷きつつ、ギャル少女はスカートに付けていた物を外して年季の入った両手へ手渡した。
「これに命じるとねぇ、色んな形になるんだよね」
「試しにやってもらえる?」
「おっけー」
一旦返却されたキューブを摘み、ギャル少女は呪文を唱える。
「《グローブ》」
キューブはその短い言葉に反応して融解するように変形し、指先から手首までを包み込んでいく。
呪文の通り、手袋の形になって成形を完了したキューブだったものは、包んだ彼女の手の動きに追随する。
「《シューター》」
続いて彼女が唱えた呪文で手袋は元のキューブに戻る。戻った直後に、今度は玩具の光線銃のようなものに変化し彼女は握る。
使い慣れているだろう所作を何度か行い、その中でギャル少女はキメ顔を幾つかした。
「《エッジ》」
次に少女がキューブを作り変えて成形するのは片刃の剣。少し見ただけで片手剣と確信出来るサイズで、こちらも少女は使い慣れているようだった。
「《バイク》」
最後に少女が形成したのは大型バイク。近未来的デザインのそれに跨り、少女はVサインを見せた。
「どう? 『ギフト』って言う魔導具なんだけど中々イケてるっしょ?」
「他にも幾つかの形があるのね。――それで、他に『特別造形物』というのも所持しているそうだけど」
「ああ、コレね」
そういって背負っていたバッグから取り出したのは、斜方切頂二十・十二面体の一部の面を隆起させた物体。
黒に近しい青の色合いの中央に、淡い光が宿っている。
工芸品のようで、これもまたれっきとした魔導具だった。
「『ギフト』もそうだけど、こっちはこっちで不思議な形をしてるのねぇ…」
「うん。スゴい形してるけどコレも変形するんだよ」
「やってもらえる?」
「りょ。《アズロ・リーゲン》」
カチン、と小気味良い音がすると、隆起部位と本体が展開する。
展開したが、それだけだった。先程までの曲芸ぶりを見たばかりからか、微妙な空気が漂う。
「……何が起こるの?」
「うーんと、『ギフト』の調子が良くなる、って話だけど」
「強化系の魔導具ね……分かったわ、ありがとう」
「じゃ、戻すね。《リリブ・アズロ》」
多面体は元の形状へと戻り、再びバッグに納められた。
提出書類の内容と今しがた確認した魔導具各種、そして、彼女自身には魔法を強化出来るタトゥーがあるという補足事項を把握した上で、壮年女性は質問する。
「魔導具と魔法の行使の確認が取れたから、幾つか質問させてもらうわね。――デリケートな事だけど、良いかしら?」
「おっけー」
「では。――精神科の受診歴は?」
「無いよ」
「破壊衝動に襲われた事はある?」
「そこまでイライラする事無いなー」
「犯罪歴は?」
「軽犯罪すらやった事無い、至ってマジメだよ」
「では、最後に。魔法使用許可証は持ってる?」
「うん。魔導具のと合わせて提示すれば良いんだっけ」
バッグから取り出し、提出するのは2つのライセンス。それに加えてもう1つのライセンスを提出した。
それぞれ魔法使用許可証と、魔導具使用許可証。最後に国際運転免許証だ。
「あとバイク運転するから、これもちゃんとね」
「コピー取るから、少し待ってて。もう少しで終わるから」
表裏をコピー機で取り、必要書類はこれで揃ったと女性職員の表情が物語っていた。
「お待たせしたわね。――ようこそ、ミュジ・シャニティへ」
壮年女性の差し出した手に、ギャル少女は明るい振る舞いで握手を返す。
予想を立てていたが、長くやり取りした事で女性職員は確信を持つ。
(この子、市長の秘書さんの妹さんね……)
顔立ちに若干の面影があり、タトゥーの申告も相まって彼女との共通点が多い。
失礼な態度を取らなくて良かった、と手を振り離れていくギャル少女を見送りながら、女性職員は胸を撫で下ろすのだった。
◇◆◇
港を離れ、キャリーバッグと背負うバッグを持ちミュジ市に到着したギャル少女。
その手のスマホには、紫色の肌をした少女――結華の写真が映っていた。
「――待っててね、ユイカちゃん!」
変形する2つの魔導具『ギフト』と『特別造形物』を所有する彼女の名はペルシェンカ・娜倉=バーチェラス。
ミュジ市市長の側近である秘書を姉に持つ、現役大学生のギャルだった。
そして、彼女は堂々と結華探しを開始する――――のだが。
到着してから2時間。紫の少女探しは大きな壁にぶち当たった。
スマホに映る写真の姿――マレオルトフィと言う――の居場所を誰も知らないのである。
彼女を『フェルク・レスタム』で見たと口々に言われるが、ペルシェンカ自身はそれが何なのかを知らない。
音楽祭と言われても小耳に挟んだ程度で来た事が無い。そもそもそこまで音楽に熱狂していない為に。
ミュジ市の一角、『サン・トゥ・ラトール』で見たと報告があっても、行き方を知らない。
更にはミュジ市が思いの外広い、という地理的事実もあって。
地図を見直す度に渋い顔をするようになった少女は歩き疲れて挫けかけていた。
「ユイカちゃん、何処なの……」
その場に座り込んで項垂れる少女の呟きからは元気が消え失せている。
露出の多い服装は道行く女性もまたその通りで。ペルシェンカを見る視線は数あれど、様子のおかしさからか声を掛けずに通り過ぎていく。
このまま何の手掛かりも得られないまま、乾いて朽ちていくのか。
こんな突拍子もない事まで頭を過ぎったその時。
「あ、あの。だいじょうぶ……?」
影がペルシェンカへと被さる。思わず涙ぐみそうになりながら顔を上げると。
ギャル少女の願いは聞き届けられたかの如く。それぞれ特異な肌の色をした4人組少女が手を差し伸べていた。




