第50話 祭りの『後』に
過去の事と割り切って考えないようにするのは、難しい。
昔に刻まれ、今も尚抱える心の傷の原因となった光景ならば尚の事。
結華に悪気は無かった。それは心得ている。得てはいるが。
出来る事ならば、放っておいて欲しかった。
登校中のジンは、辛気臭さを露わに校門前へ辿り着く。
まだ、思い出した悲しみが拭える程落ち着けてはいない。
せめてもの形で、ジンは表情だけは取り繕う事にし、校門手前に立つ男性教師へと挨拶する。
「…おはようございます」
「うん、おはよう」
朝から朗らかな声色で挨拶を返される。
少々申し訳無さを覚えるが、それを意識して直ぐ様改善出来るなら過去に囚われてなどいない。
気まずい時間が流れるが、男性教師――白髪の目立つ初老の男は然程気にしていない様子だった。
どころか、気が晴れないジンを気遣うような素振りすら見せる。
「眠れなかったかい?」
「まァ、そんなところですかね。居眠りしないよう気を付けます…」
「昨日までの祭りには行ったかい?」
「ええ。楽しかったです、けど?」
「そうか。それは何よりだ」
そこまで親しい間柄では無いが、今日は会話が続く。
何処となく引っ掛かりを覚えたが、ジンは『フェルク・レスタム』が終わったばかりだから、と判じて詮索はしないようにする。
「…引き止めてしまって悪かった。ではまた」
「えっと、はい…」
通り過ぎて数秒後、ジンは振り返る。
初老の男性教師は登校してきた生徒達とも挨拶を交わしているが、ジンみたいに長めに引き止めている様子は見られない。
疑問に思いつつ、ジンは彼の名前を思い出す。
名前は初川 クニトシと言い、数学教師である。
そして。
「あの人って、新学期になってからこっちに来た人だったっけか」
年度を跨ぐ前はこの中学校に不在であった事も。
ジンは向き直って再び歩き出す。
校舎へ向かう道中を彼は日頃から退屈に感じている。
ジンの左右に分かれた頭髪と灰色の目はよく目立つらしく、堂々と歩いているだけで注目の的になる。
通り過ぎるまで無視を続けるか、仲間内での談笑に集中していれば良いものを、ぶつ切りにして目で追われていては誰だって嫌気が差す。
噂話の1つでも耳にしていたなら、もう少し気が楽になったかもしれない。
噂を流した本人を突き止めるかと言われれば、する可能性が高いが。
何時も通り、教室に向かうまでの辛抱だ、とジンは身構える。
周囲の視線を通り過ぎる。過ぎている間に、違和感を覚えた。
その視線に棘を感じなかったからだ。
シノが普段向ける視線の感情――をもっと極端にした感情ばかりが通りかかる彼を見ている。
しかし、ジンに思い当たる節は無い。
祭りに行って、それが明けただけ。
ジンからすればその程度の認識。
だが、周囲にとってはそうではない。
意外にもそれは、あっさりと突き付けられた。
突如として、男子生徒が3人。ジンの進行方向を塞ぐ形で姿を現す。
これを無視出来る程の横柄さは持ち合わせて無いので、ジンは必然的に足を止める。
「…そこ、退いてくれよ」
数秒経っても進展が見られず、埒が明かないと感じたジンは沈黙を破る。
見たところ同学年のようだが、面識は無い。
気に障る事をした覚えも無く――そもそも1年前まで塞ぎ込んでいたから当然だが――、一声掛けただけでは変わらない状況に居心地の悪さを感じた。
待っていると、男子生徒達はようやく口を開く。
堰を切ったかの如く。
「おい、屍守! 何でオマエとマレオルちゃんが一緒に写ってんだよ!!」
「そうだそうだ! 羨ましいぞコンチクショー!!」
「1年前まで陰気なヤツだったクセによー!!」
「な、何…??」
まくし立てられながら見せられた写真には見覚えがある。そして、彼らの言う「マレオルちゃん」にも心当たりが。
前日の夜に観光客の誘導を行うべく、バッジを配っていた様子は思い出すのに容易だ。
そして、マレオルの名前は彼女本人から聞いている。結華の魔法少女としての名前であるマレオルトフィで間違い無い。
周囲がざわつく。謎のDJ少女は最近のホットワードで、この市立中央中学校も例外では無い。
発見報告が『サン・トゥ・ラトール』の1回と、『フェルク・レスタム』2日目の夜のみの、紫の装いをした少女の話題となれば、野次馬が増えてくる。
「屍守が何か知ってるってー?」
「何処に居るか教えてくれよぉ!」
「どんな関係なの??」
「何処で知り合ったんだよ?」
「あの子の好きな物なにー?」
矢継ぎ早に来る質問に対し、ジンは唖然とする。
しながらに、外野達は話しかける切っ掛けが欲しかったのだろう、と推察した。
見るからに興味はマレオルトフィ――結華の方へ向いており、そこにジンに対する意識は見られない。
(まァ、そんなモンか)
興味が、恐怖を上回っている。ただ、それだけの事なのだ。
ジンの事――そもそも関係性からしてジンに触れざるを得ないが――を極力避けての質問ばかりで、次第に落ち着いていく。
だが、そうだとして。ジンに意地悪をする気は無かった。
「さぁ屍守、白状してもらうぜ! マレオルちゃんはオマエの何なんだ!?」
「――義妹だよ、オレの」
「「「「えっ」」」」
騒がしさが一瞬で収まる。
「知りたがってたのはオマエらだろ…」とぼやきつつこの状況に頭を掻く。
再び数秒沈黙するのを見て「もう行っていいか?」と尋ねた途端。
堰は再び切られた。
「妹なんて話初めて聞いたぞ!!?」
「屍守って妹居たの!?」
「家行ったら会えるのか!?」
矢継ぎ早の質問が再開し辟易としていると。
後ろから手を取る人物が現れ、彼の右手を引っ張って「行くよ!」と声を掛ける。
焦茶のポニーテール少女、箕早 シノだった。
「あッ、シノ!?」
「ジンくん困ってるじゃん! ほら、朝礼始まるから早く早く!」
この状況をどうやって解決すべきか悩んでいたジンにとっては、彼女の存在は渡りに船だった。
ジンを包囲網から引き離し、下駄箱へと急いで連れて行く。
そんな2人に大声が投げかけられた。
「――待ってくれー! シノはこの事知ってたのか!?」
これを聞いたシノが急に足を止める。
ジンが困惑すると、彼女の後ろ顔に怒りの色が見えた。
ジンは苗字呼びなのに対し、シノへは下の名を呼ぶその態度が気に食わなかったらしく。
振り向いた彼女はあっかんべーをした。
「んべっ! 教えてあげない!」
それから再びジンを下駄箱へと連れて行った。




