第5話 『BEAT!』
立ち昇ったスモーク……ライト共々実際に見るのは結華も初めてだったのでかなり驚いたが、その煙の中に隠れて姿を消す。
消えると同時に異空間へ転移した結華の服は、いつの間にか黒いインナーに置き換わっている。インナー姿のまま結華は目の前にある、黒を基調に紫のラインの数々を描いたジャケットとレディースパンツへ泳ぐように進んだ。
着替えると、彼女へと紫の煌めくスライムが落下してきた。
そのスライムの巨体を突き抜け包まれると、入り込まれたスライムは直ちに形状を変化させる。
両腕と両足に服の上から纏わりつき、やがてコンパクトな形状で形成を完了させ、余剰分を弾き飛ばした。
猫耳を模したスピーカーを足したキャップが降りてきて被り直し、その上にフードを被る。
衣装を整えた結華の前へスライドドアのように出口が開く。
白い光の差すそこへ、彼女は元気良く進む。外に出たと同時に噴射されるスモークを一身に受けつつ、結華は元居た場所へ飛び込んだ。
杖を掴み取り、構えを取り直す。こうして彼女の変身は完了したのだった。
◇◆◇
「今ならよく聞こえる。ここちいいリズムが」
かかりっぱなしの『ラッキー・パンチ』とも、一回聞いてそれっきりな『ルミナス・ウェイブ』とも異なるリズム。
ドラムの4ビートに似たそれを結華は言葉の通り心地良く感じていた。
「そして、どうすればいいのかも分かる」
頭が冴える感覚を抱き、初めての変身の完了直後でも次の行動は既に決まっていた。
目の前の大気へ杖を突き刺し――杖は刺さった部分を透明な穴へ収め――、半透明のDJシステムを構築させる。
再度店へ突撃を仕掛ける異形達へは目もくれず。
左側のターンテーブルに迷いなく触れ、スクラッチ。ドラムビートに合わせて音を刻んだ。
すると、異形の数々が音の心地よさに反比例して顔を歪めた。
「…効いてる?」
出現して早々店へ突撃しようとした怪物達は勢いを削がれ、どころかじりじりと後退りしつつある。
攻撃的な態度から一転したのを見てアパレル店主は冷や汗を浮かべつつ短く呟いた。
素人ながらも聞き心地の良いプレイが続く一方でそれを嫌がる異形達。遂に痺れを切らしたか異形の何体かが鋭い牙の並ぶ口を大きく開き、濁った色合いのエネルギーを貯め出す。
吐き出すように放たれたエネルギー弾はスクラッチする結華へと飛んだが、幾何学模様を描く球体状の結界がエネルギーの爆発ごとこれを受け止めた。
反撃するように、スクラッチに連動して稲妻マーク型の弾の数々が異形達へ飛んでいく。音楽の影響で動きが鈍ったらしく、躱せないまま貫かれた数体がその場で爆発した。
数が減った……と思いきや、罅割れが更に大きくなった亀裂より補充するように灰色の粘体が流れ込む。その粘体が再び冒涜の存在の数々を形成し数は寧ろ増えた。
結華を脅威と見なしたらしく、今度は彼女を避けるように身動きを取り始める。変わらず音楽に顔を歪めつつも明らかに対応が変わった。
そして、避難をしていなかったアパレル店主へと目が合うと、その目元が大きく歪む。
「あっ……」
間抜けな声と同時に、エネルギー弾の照準が店主に向いた。
思わず尻餅を突き、目を瞑る。怖がる素振りをした彼女が次に目を開いた時には、結華を守ったものと同じ結界が店主の前に出現していた。
「おそくなった。しばらくそこで待ってて」
スクラッチで放つ稲妻弾で更に異形達を撃破しながら結華が応対する。攻撃と防御を同時にこなす彼女の姿は、とても頼りになると感じ店主は従う事にした。
したものの、ふと気になって先程まで立っていた位置を確認する。結界による守りの外にあった床に穴が開いており、店主の顔が青くなる。
防御が間に合わなかった場合を考えただけでは無い。そこは店の敷地内であり。
「やばい……」
異形以前に彼女を困らせる大人の事情という現実を、静かに突き付けられたのだ。
一方で施設そのものを守る事を意識する結華はガラス張りの店へ攻撃が届かないよう結界の大きさを調整する。
押してはいるものの、異形の数が減らない。まずは次から次へ湧き出る灰色の粘体を対処する必要があった。
「あなをふさぐ。さいゆうせんで」
DJシステムのテンポスライダーを操作しBPMを上げる。
スクラッチが難しくなるものの結華は特に苦ともせず繊細な手捌きを行った。
すると、稲妻弾の密度が急激に上昇し、異形を次々撃破していた弾幕が奥の亀裂へと届く。
届いた瞬間、亀裂にノイズのような歪みが生じる。粘体の通り道もまた異形を構成する粘体と同じ性質を持っているという仮説を立てていた結華はこの効果を見て、亀裂への攻撃を強める。
結果、亀裂が音を立てながら消滅し。粘体の増殖が止まった。
「よし…!」
BPMを少し下げ、今度はイコライザーを操作する。
まずは上段。高音を操作し弾のサイズを大きくする。据え置きの速度のまま当てやすくなり命中する確率が上がった。
次に中段。中音を調整する事で稲妻弾の速度が上がる。距離の遠い敵にも届くように。
最後に下段。少し煩わしくなった低音を良い具合に調整すれば弾の追尾性能が上がる。躱しにくくなった事でより効果的な弾幕に仕上がった。
「これで……うわっ」
残った異形達を各個撃破出来る弾幕を形成した事で、結界の外を見れば結界に異形の数々が張り付きつつあった。
あまりの見苦しい光景に結華は思わず、不快感で口元を震わせる。
纏わりつく衣服の数々の隙間から、その隙にアパレルショップを攻撃しようとしている異形達の姿が見えた。
そうはさせない。結華はDJシステムにあるオート演奏機能を用いて、先程までのプレイングを機材に覚えさせる。
直後、結華が手を離しても全く同じ操作が無人で行われ、稲妻弾による弾幕を張り始めた。
両手がフリーになった事で結華はスライムを纏うその腕で結界付近の異形を殴る。
『BEAT!』
独特の効果音と共に殴った異形達が弾け飛ぶ。出来た隙間から結華が飛び出し、着地のタイミングで真下の床へ両腕を振り下ろした。
再び効果音が鳴ると同時に大きな波形を描いて床が変形する。変形中の床に乗り激しくたわむ動きに合わせて結華は高く跳躍した。
目標は当然、エネルギー弾を貯めている異形の数々。
「えいっ」
柔らかそうなスライムの腕から放たれるは強力な一撃。歪んだ体を更に凹ませて殴られたキャップ型の異形は放物線を描きながら爆発した。
「!」
1体撃破した束の間、背後より結華に狙いを定めるシャツやズボン型といった異形の数々。飛んでくるのは、DJシステムが放つ弾のような追尾弾。
察知した彼女は空中で姿勢を大きく変え、突如として出現したタンバリンに両足を付ける。
さながら縮んだバネのような体勢になり、ある程度貯めたところで真っ直ぐ飛ぶ。残ったタンバリンは追尾弾をその身で受け止めると、役目を果たしたように静かに消えた。
素早い空中機動で一気に距離を詰めた結華は既に腕を貯めており、至近距離に捉えたシャツ型異形を殴った直後にその付近に居たズボン型異形をも殴り飛ばす。
足場は再び現れたタンバリンが務め、遠くから聞こえる一定のリズムに沿ってタンバリンを乗り継いでは近付いた異形を捉えて殴っていく。
『BEAT BEAT! BEAT BEAT! BEAT BEAT!』
DJが刻む独特のリズム、合わせて繰り出す規則的なワンツーパンチとステップ移動。
完璧に近い空中機動をしながら、確実なKOをもぎ取り数体抜きを実践していくその様に洗練された美しさを見出さずにはいられない。
お裾分けされた結界の中、へたり込んだまま見惚れていたアパレル店主は、
「す…すっごぉ……」
感嘆の声を漏らし大凡現実的で無い光景に釘付けとなっていた。
その間にも10回目のKOを達成した結華は軽快な足取りで最後の1体へと迫る。スーツジャケットを模したその異形は結華と目が合うと口を開けながら巨大化した。
待ち受けるその巨体に結華は目を見開くも、対処は変わらない。タンバリンを出現させ異形の噛み付きを手前で躱し、続いてエネルギー弾を貯める異形へ渾身の右ストレートを命中させる。
流石に一撃では決着が付かず、回転しながらスーツジャケットは落下していく。今度こそと結華はタンバリンを頭上に出現させその膜を強く蹴る。
落下機動に推進力で追い付き、スライムの両腕による連打を叩き込んでいく。
両者が着地した頃には、スーツジャケットの異形は爆発すらせず消えていった。
空中に居た異形全てを倒した事で結華はDJシステム側の様子を見る。オート演奏中のそれは自分の役割を果たしたらしく、最後の1体を丁度仕留めた。
「ぐっじょぶ…」
スライムで大きくなったサムズアップを見せた後、彼女はステップを刻むような足取りでアパレル店主の元へ戻った。
「お姉さん、だいじょうぶ?」
「えっと、うん。何とかね……」
若干引き攣った顔で穴の空いた床を一瞥し、「敷金、どうしよう……」と小声で嘆く店主を見て、結華は首を傾げる。
取り繕うような様子を困っていると見た少女は、姉がよくやっていたある魔法を思い出す。
「わたし、なんとか出来ると思う、よ?」
「えっ?」
一歩前に出ると、結華は両手を重ねて手のひらを掲げる。すると、その上に紫髪の指人形が何処からともなく現れた。
簡略化されているものの何処か優しげのある青い目の人形をゆっくり下ろし、結華は唱える。
「おねがい、『お姉ちゃん』」
短い詠唱に呼応し、指人形が独りでに浮き上がる。紫のオーラを纏いながら浮遊するその人形が凹みの数々へ向くとそのオーラが床へ伝播する。
凹みを包み込むとまるで時が巻き戻るように床の凹みが埋まっていく。オーラが消えると同時に床の修復が完了した。
指人形は店主と結華の2人に向き直ると、左右に小さく揺れてから姿を消した。
たった十数秒の出来事。しかし、現実に起きた現象を目の当たりにし、店主の震える口が開く。
「す……すっごーい! 今の魔法!? どうやったの?!」
「わたしのお姉ちゃんがやってた事のさいげん。お姉ちゃんは人形なしでできる…ます」
テンションの上がった店主の様子に気圧されつつ。
「いやー、何から何まで助けられちゃったぁ。ほんとーにありがとうね。お礼と言っちゃ何だけど、これどーぞ」
「? ありがとう」
手渡されたのは5点までの商品を20%オフで買えるクーポン券。しかし、初めて見るそれを渡されても結華は困惑を浮かべるのみだった。
先程までの異形騒ぎが嘘だったかのような、日が昇りつつある朝の静けさが戻ってきたところで、ようやく店主も元の調子に戻る。
それから、店の危機を救った恩人をまじまじと見つめ、その姿に再びテンションが上がる。
「改めて見ると…やっぱりステキ!!」
満面の笑みを浮かべながら結華の腕を握った店主が腕を上下に大きく振る。
勢いにされるがままの少女の顔からは徐々に冷や汗が出てきた。
「ね! 何かの縁だし一緒の写真撮っても良い?!」
「え、えと。うん…」
稲妻弾の生成を止めたが、オート演奏を続けているDJシステムの元に行き、設備の数々を動かす素振りや、DJシステムを背景にしたツーショット、それから変身中の結華の全身像をスマートフォンの写真に収め。
店主が満足した事で2人はようやく解散する事となった。




