第48話 『快晴』かつ上々
『チャ=デュ・ミューレセル』。それは『ラ・ダ・リーシェ』の楽曲の1つであり、「哀悼」をテーマとした異質な曲でもある。
既存の楽曲とは異なる命名法則のタイトル。唯一のブルース曲。そして、メンバーの1人で普段はサブボーカルに位置する虚妄無き冥妖が珍しくメインを担当する特殊構成。
盛り上げる事を要求されている状況であっても、ライブイベントに必ず入れる定番曲ともされており。過去3回に渡る『フェルク・レスタム』においても必ず演奏していた。
バンドのリーダー、真摯なる黒陽が言うには。
今の7人体制になる切っ掛けを作った曲でもあるとか。
そんな曲を、自分の部屋に戻った結華は聞いていた。
中年男性のコメンテーターが零した発言を意識しつつ、耳を研ぎ澄まして。
「うーん……」
これで通算4回目のヘビーローテーションになるが。
思い当たる事が何も無い結華にとっては、「哀悼」のテーマらしく悲しい雰囲気の曲である事しか分かり得ない代物だった。
やや古いデザインのCDラジオカセットのCD再生を止める。
『チャ=デュ・ミューレセル』だけを聞いていても、何の進展も得られないと判断して。
「同じあやまちをくりかえさないって、どういうこと……?」
エツコは既に仕事場に入った為、暫くは家を留守にしている。
仕事場である『魔女の料亭』にも特に用は無く。また、尋ね事をするだけに留める気にもなれなかった。
天井を見上げる。子供部屋らしく整えられた空間には、数々の星飾りが吊るされている。
安っぽい星空ではあるものの。想像力を育むには充分に役立つ。
思いを馳せる。立ち止まりを実感するからこそ、記憶の中の姉――蓮音に縋る。
「『知ろうとする事が大事』。でも……」
本当に知っておいて良い事なのかな?
今の彼女に相応しい答えの出ない問いだけが、彼女の閉じた視界の中で漂った。
◇◆◇
結局、結華は外へ出た。
元々外出するつもりではあったが。
晴れやかな気持ちで今日も姉探しをするつもりだったが。
考え事が増えた為に彼女の心に靄付きが出来ていた。
「知らない事が、おおすぎる」
靄付きの正体がそれだ。
この島――ミュジ・シャニティに流れ着いてから早2週間。
屍守家に居候となり、身の回りだけでも充分理解したつもりでも、まだまだ分からない事は多い。
ジンの過去に何があったのか。
8月5日に何があるのか。
そして、この話をするとエツコが気まずそうに振る舞うのは何故なのか。
祭りの熱気が冷めれば、必然的に日常的風景に目を向けざるを得なくなる。
その上で、屍守家の過去について何も知らないという事実を突き付けられていた。
だが、疎外感は無い。「いずれ話す」との約束を信じている為。
――――気持ちを切り替える。この合図として、結華は両頬を叩いた。
改めて視界を意識すると、来た当初と然程変わらない風景が広がっている。
何も変化が無いようで、確実な変化は起きていた。景色も結華の置かれている状況にも。
『フェルク・レスタム』を利用して人探しのビラを配り。
更にはこの世界とは別の世界『魔深界』の住人であるロギィ達の協力も取り付けられた。
出来る事はやり切ったつもりで、後は進展があるのを待つのみ。
…待つだけだが、それは即ち島を去る日が近付くのも意味する。
決心は付いたものの、改めて意識してみると寂しさを覚えた。
「せめて、おんがえしはしておきたいな」
お礼の品は何が良いだろうか、と結華はこれまでに行った店を巡る事にする。
久方ぶりのような穏やかな朝故に、走る足取りは軽やかな物となっていた。
なだらかな坂を描く歩道を下りながら突き進み、向かう先は『サン・トゥ・ラトール』。
少し前に来たばかりのアパレルショップであり、魔法少女マレオルトフィとして初めて人助けをした場所である。
まだ開店時間では無いが、店の外で準備をしているオレンジヘアーを揺らすエプロン姿の女性には見覚えがある。
「お姉さんだ」
平調子の一言だったが、彼女の耳に届いたらしく、振り向いた柔らかな笑顔が走り寄る結華を出迎えた。
「あっ、ユイカちゃんいらっしゃい。今日はどうしたの?」
「会いに来た。のと、買い物」
「えっ、うれし~♡ 開店までもう少しかかるけどどうする?」
「近くでまってる」
「分かった。もうちょっと待っててね」
「うん」
首肯をした後、外から店の様子を見ていると。
結華は目立つ配置で飾られる衣装や小物類の数々を発見する。
ジャケットやレディースパンツ。独特な形状をした半透明のアームカバー。猫耳のようなイヤーマフ。
更にはそれらから派生するアクセサリー類に、他の衣服。
全てが奇妙な事に、マレオルトフィとしての姿と似通っている紫と黒を基調とした配色だった。
「お姉さん。これって」
「えっ。あ、それ。今度出る新シリーズなんだよ~」
「まほうしょうじょのわたしににてる」
「……」
本人に黙り込むのは悪いと思ったか。
沈黙に耐えきれなくなった店主が白状する。頭を下げながら。
「ごめん! 相談もせず勝手に商品化しちゃった!!」
「『アノイーズ・マレ』。じゅもんからとった?」
「そ、そうなのよ……」
「……」
改めて新商品シリーズ『アノイーズ・マレ』に視線を移す幼い少女の顔に、嫌悪感の類は無い。
少し恥ずかしいという気持ちもあったが、元のデザインを軸に自然なアレンジを加えた服飾類は結華の目から見ても素晴らしい仕上がりになっている。
「今はまだショーケース用の試作品なの。ど、どう……?」
「……」
店主は恐る恐る少女の表情を伺う。
相変わらずの無表情故に、黙ったまま吟味する様子の結華を見て顔を引き攣らせながら。
ある程度の時間が過ぎた後、結華は店主へと振り向いた。
「お姉さん」
「うっ、うん…!」
少女が下す沙汰を受け入れる覚悟の店主。
一方の結華は、柔らかな笑みを浮かべた。
「すごく良いと思う。ぷわぷわでかわいい」
「そ、そう…?」
「はんばい、はいつ?」
「9月…中旬ぐらいになるかな…」
「そうなんだ。楽しみにしてるね」
明るい表情は店主の浮かべていた不安を払拭するには充分で。
許された事を理解した店主は思わず結華に抱き着いた。
「あ、ありがとう~~~~~!!!」
勢いに依るもの故に、店主の両腕は必要以上に少女の体を締め付ける。
仄かに香る柔軟剤の花類の香りを差し引いても、笑顔が崩れ去るのは時間の問題だった。
「ちょっと、くるしい…」
「あっ、ごめん!」
窮屈そうな声に直ぐ様店主は反応する。
微かな笑い声が聞こえてくるのに振り向いてみれば、少しずつ客足が増えてきていた。
寸劇は充分、とばかりに結華は仕切り直す。
「じゃ、改めて」
「いらっしゃいませ、お客様!」
店主の朗らかで大きな声が街角のへと響き渡る。
今日の『サン・トゥ・ラトール』はいつもより快調な出だしとなるのだった。
次回から2日ごとの更新になります。




