第47話 過ぎ去った『思い出』
それは、何時か見た光景。幼き日の少年が、想像もし得なかった光景。
予兆の有無に関わらず、突然巻き起こる破壊の事象は〝災害〟と呼称される。
自然現象、人為的を問わず。災害は何時如何なる時であっても起こり得るのだ。
その災害にも似た事象が、少年の両親を襲った。
喪服に身を包んだ少年の目の前にあるのは、2つの棺桶。
それぞれに、綺麗に見えるよう化粧の施されたまだ若い成人の男女が納められている。
――彼の誕生日の、1週間後の事だった。
手料理を、ケーキを振る舞い。誕生日プレゼントをくれて間も無い彼らは、少年の知らない間に物言わぬ亡骸と化していた。
何が起きたのか、など語ってくれる筈も無い。
だが、少年の目には確かに見えていた。
化粧をせざるを得なかった理由を。
隠された残酷な真実を。灯る灰色の炎が彼に見せつけている。
「あ、ああ、ああぁ……」
わなわなと震え出す小さい口はその凄惨さが故に。
大粒の涙が止めどなく溢れ出す。両親をこんな目に合わせたのは1人の人間。
肉どころか、骨まで焼き焦がし。幾つもの欠損を刻み付けた凶悪犯は、不特定多数にこれをしたのだ。
そして、その人間自身すらも。跡形も無く砕け散ったと炎は物語る。
「あああああああぁぁぁぁ!!」
少しでも多くの命が助かるように、両親は迫り来る破壊の奔流から身を挺した。
炎が消え失せると同時に決壊。だが、この絶叫に両親の実体験への恐怖の意味合いは無い。
泣き縋るのは、両親にもう会えないという残酷な事実を突き付けられた為に。
◇◆◇
「はッ――――……」
目覚めた少年は息を荒げる。
冷房が効いている寝室であっても、薄着の彼の体には嫌な汗が滲み出ている。
「…また、あの夢か……」
上体を起こした彼は額を手で支える。
体調に悪化の兆しは無い。が、精神的には負担が大きい。
自分を宥めるように、彼は深呼吸を繰り返す。
「いつ見ても、強烈だなァ……」
そもそも、まだ10年も経たない出来事故に。
直接両親の最期を見た訳では無いにしろ、その損壊状況は今となっても鮮明に覚えている。
1年前まで、心を閉ざしていた原因だからこそ。
カレンダーを見る。5月も残り1週間を切り、その日は刻一刻と迫りつつあった。
顔を洗って洗面所を出た瞬間。
タンバリンの軽快な音が数度鳴り。綺麗な着地を決めた義理の妹と顔を合わせる。
黒紫の髪と薄ら紫の肌を持つ幼い少女の名は七桜 結華。数週間前にこの屍守家の一員となった魔法使いの少女である。
既に、外行きの服装に着替えている彼女は、何時もより興奮した様子だった。
「お兄ちゃん、おはよう!」
朝から大きな鼻息が聞こえてくる勢いなのは、つい昨日に音楽祭『フェルク・レスタム』があった為である。
あれから参加アーティストの楽曲を聞いたのだろう、結華と目が合う度に鳴っていない筈の音楽が聞こえてきた。
「あ、あァ。おはよう……」
幻聴だと思いたい現象に辟易しつつ、挨拶を返す少年の名は屍守 ジン。
白と黒の髪、眉毛、睫毛で灰色の目を持つ彼は、結華を拾った張本人であった。
5月26日の月曜日。休日が終わり、再び平日が始まる。……のだが、迎え入れて間もない義妹は何時にも増して騒がしかった。
この騒がしさは、朝食を食べ終わってもまだ続く。
家の主――屍守 エツコという名の老婆が、使い終わった皿や食器を魔法による操作で片付ける中、結華はカレンダーと向かい合った。
弁当を受け取り家を出るまでの少しの間で、部屋でくつろぐジンは明らかに変わった様子の義妹に話しかける。
「まだ祭りの熱気が抜けねェのか……」
呆れ気味の言葉へ結華はテンションを変えないまま即答する。
「うん。『フェルク・レスタム』とっても楽しかった。他にもおまつり、あるんでしょ?」
「まァ、な……」
ポップカルチャーの最先端であるこの島――人工島ミュジ・シャニティも当然祭りに事欠かない。
他国文化や他の宗教をルーツとする祭りは勿論、この島ならではの祭りもある。先の『フェルク・レスタム』もそうだった。
うずうずとした様子の結華は目の前のカレンダーへ手を伸ばす。
「次はどんなおまつりがあるんだろ――――」
カレンダーをめくりつつ、目に留まった祭りの名称を結華は読み上げる。
6月はイベントが少ないが、7月は程良くイベントがあった。
カレンダーめくりを数度行ったところで、結華はめくる手を止める。
8月の日――5日を強調するように赤丸が描かれていたからだ。
「――8月の、5日。この日って、何があるの?」
結華にとっては純粋な問いだったが、これを聞いたエツコの手も止まる。
何かを言い淀む様子の彼女を見た後、結華はジンの方を見る。
エツコにも結華にも目を合わせない彼の背中に、老婆は珍しく動揺した様子を見せた。
沈黙。数秒程時が止まったような間隔が空いた後、ジンは答える。
冷静に。複雑な感情を含ませつつ。
「時が来たら、教えてやるよ」
「? 分かった」
学生服を着た少年の背中からは、昨日の昼と同じような雰囲気を感じ取れる。
弁当の包みを受け取り、出立するまで。その雰囲気は続いた。
ジンが登校してから、結華は寛ぎながらテレビを見る。
8時を過ぎてから間もない内故に、チャンネルの殆どが朝のニュース番組を放送している。
児童向け番組を流しているチャンネルもあるが、結華はそれを見る気は無かった。
目的である姉の捜索を果たすには、ニュースを収集しておく事が近道になるという確信があったから。
次々リモコン操作で切り替えるチャンネルいずれもが、終わったばかりの『フェルク・レスタム』で持ち切りだった。
高画質、高音質で流れるライブの様子を結華も鮮明に覚えている。ジャンルも曲調も国境をも越えて、祭りを彩った主役達の姿を。
「まほうの使い方、すごい。さんこうになる」
総勢40組――人数換算で凡そ140人となる面子が揃い踏みしたオープニングアクト、トップバッターを務めた『トーヴァ・レクシス』、時系列順に幾つかのアーティストのライブをピックアップ。
このようなダイジェスト形式でライブの様子が映し出される中、画面はライブ映像右上のワイプ方式であったスタジオの様子に切り替わる。
1日目は勿論、2日目夜の部のピックアップまで終われば、後は予想に難くない。
スタジオで談笑するコメンテーター達の声に熱が入る。
大本命とされたアーティストを語るタイミングならば尚の事。
『今年も色んなアーティストが参加してくれましたが、やはりダントツで凄かったのが『ラ・ダ・リーシェ』でしたね~』
『そうですねぇ。現地で見たんですけども、もう何と言いますか。色んな曲の演奏全てに言葉で言い表せない感動がありました。今でも鮮明に覚えています』
『私は『チャ=デュ・ミューレセル』という曲が胸に響きましたね。…ちょっと湿っぽい話になるんですが、あの日を知ってるからこそ。二度とあの過ちを繰り返させないという決意を感じられました』
「?」
ブラウンスーツ姿の中年男性のコメンテーターが、回顧しながらに紡いだ感想に、結華は引っ掛かりを覚える。
彼の感想の続きが気になり少しの間待ってみても。的確な声色で一同相槌を打つだけに終わった。
『では、イベント当時の様子を振り返ってみましょう。『ラ・ダ・リーシェ』のライブ映像をご覧ください』
コメンテーターの1人が促し、画面は切り替わる。
該当の曲に答えがあるのか? そう思い『チャ=デュ・ミューレセル』の番を待つも。
結局、番組内で放送される事は無かった。




