第46話 『貴方』へ、どうか届きますように
数分後、エルグリが立ち去った後。ゲナムは仰向けで倒れていた。
腫れ上がった両頬から生じる強い痛みが、彼女の往復ビンタの威力を物語る。
「いてて、はァ……」
ゲナムは目を閉じながら、今回の作戦が失敗したのを認める。
『ゾーン』と呼称する異空間の発生どころか、エルグリの仕込んでいた作品という名の怪生物すら対処されては仕方が無い。
溜め息を吐きながら、彼はある存在へ思いを馳せる。
(今になって、思い出しちまうンだなァ)
新たに生まれた、5番目の『雫果』にして末妹。
ゲナムはおろかエルグリすら目覚める前の彼女の姿しか見ておらず。
何者かに連れ去られたかと思えば、この世界――『地上界』と『魔深界』の狭間から消えていた。
どちらかの世界に漂着したと見て間違いは無い。だが、それを絞り込む術も無い。
覚えている事と言えば、異様に紫色をしていた事ぐらいか。
長らく記憶の片隅に押し留めていた事を、今になって思い返すのは。
次の計画を練り上げるまでのインターバル故に。
「――何処行っちまったンだよ、『蝕色』……」
目覚めたなら、こう名付けておきたかった。
ゲナムは勿論、この場に居ない他の『雫果』の誰もがそう考える名前を呼ぶ。
だが、当然この世界に居ない者には届かず。
濁った空へ虚しく響くのみだった。
◇◆◇
暴れ出そうとしていた鎧型怪生物は次々と、冗談じみた姿に変えられ無力化される。
様々な形状の箱に噛み千切られたもの。
部位の一部がブロックとなって散らばったもの。
壊れたバネ人形のように、足の付け根と肩が伸び切ったバネになったもの。
1枚の紙になるよう平面化させられ、その上で破り捨てられたもの。
それぞれが倒れると、粒子状となって消える。
同時に繋がれていた紐が消えて、その先の倒れた人間達に生気が戻る。
この現象を、怪生物を倒した張本人達――魔法使い達が見届けた。
「鎧お化ケ連中倒すとオッケーカ、都合ガ良いネ」
正方形状の、がっしりとした箱に腰掛けるは深緑の手品師。
浮いた箱の上から人々を見下ろす琥珀色の双眸は、逆光が差していても尚妖しく輝いて見える。
「お客ちゃん達は大丈夫? 顔真っ青だけど」
四肢がバネになっているが故に、人間とは思えない手足の使い方をするのはカラフルな道化師。
手足を交互に接地させ、体の向きを上下反転させつつ。
目覚める気配の無い、倒れ伏す人間達を見て回る。
「救急は既に手配してある。怪我の応急処置はワレが施そう」
大仰な口ぶりで道化師に返答するは、白い曲芸師。
両手を描いた紙の束を純白の仮面の前に掲げ、ばら撒くと。
紙1枚1枚が倒れた人間達全てに行き届き、紙から両手が飛び出すと、一緒に描かれていた救急箱を使って怪我の処置を始めた。
一方で、消滅した怪生物の居た場所をまじまじ見るのは、灰色の髪の青年。
鎧型の数々が最後に倒れた石畳を手で触ってみても、残骸らしきものは残っていない。
文字通り、跡形も無い事実に彼は溜め息を吐いた。
「俺っちの偽物野郎の証拠、掴めると思ったんだがなぁ~……」
ギザギザの白い歯を見せて独り言を呟く彼の声もまた、特徴的であった。
尤も、サーカス団員の装いをする他3人と違い、1人だけ落ち着いた色合いのオーバーオールを着ているのは目立って見えるが。
屈んだ彼の背後から近づき、彼の両肩を掴む者が。
四肢がバネになっている道化師だった。灰色の髪の青年の体は一瞬跳ねた。
「わっ。びっくりさせねぇでくれよー……」
「ショーコ集め、捗ってる?」
「今回はからっきしだなー……ココ最近、あいつらすぐ消えちまうから」
「んー、そりゃ残念。アルダくんは無実だと私達良く知ってるんだけどねー」
アルダと呼ばれた青年は愛想笑いをしつつも、確かな焦りを浮かべていた。
他の3人は魔法関連の事件であれば警察機構への協力を厭わないサーカスの構成員であり、その組織と提携しているアルダもまた治安維持に協力的である。
だが、あくまで提携関係であり。こうしてサーカス団員共々出張ってくる必要は本来無い筈なのだが。
問題は、発生頻度の増えている怪生物の見た目にあった。アルダの持つブロックに纏わる能力と一部の怪生物の外見的特徴が似通っていたのである。
その為、アルダへ疑いの目を向ける警察がちらほら居る。……と、サーカス団員から聞き及んでいた。
一致しているか否かは警察も調べている状況だろうが、濡れ衣を着せられて黙っていられる性分では無かった。
「ブロックもどきと俺っちの能力の組成要素が一致しないのは分かってんだけど、それ以外との関連性がなー……」
「あれだけでは足りないと言うのか?」
紙の両手が丁寧な応急処置を続ける最中、手の空いた曲芸師も会話に混ざり始める。
顔全体を覆う、人の顔を模したシンプルな仮面と顔を合わせても、アルダは平静に振る舞う。
「ブロックもどき以外の化け物連中の要素まで分かった方が良いだろ。実はブロックもどきと一致しません、じゃ確たる証拠にならねーし」
「難儀なものだな。封じ込めた奴を残しておけば良かったやも知れぬ」
後悔している素振りを見せる曲芸師に対し、道化師は笑みを崩して発現した。
「そうは言っても、手加減出来なくない? ――お客ちゃん苦しめる奴なんか」
彼らの視点は、応急処置の完了しつつある人々へ向く。会話に混ざっていなかった手品師の視線すらも。
鎧型怪生物が何をしでかしたかを思い返せば、彼らに反論の意思は無かった。
「そうだな。客人は来たい時に来て、帰ると言う時に無事に帰らせるべきだ」
「病気デも無いのに、苦シソうにシテるのは見テらんないヨ」
「芸人じゃねぇけど同意だわ。こんなんほっとける訳ねーし」
サーカスの一員では無い。だが、心根が良いアルダの姿に、道化師は晴れやかな笑みを浮かべ。
次の瞬間にはバネを巻き付かせるように、抱きついた。
「やっぱりアルダくんやっさしーい♡ そろそろウチの団員に――」
「――なるとは言ってねーよ!」
手配していた救急隊が到着したのは、その数分後の事だった。
時刻は22時30分を迎える。外出制限の解除されたミュジ市の夜空は一層綺麗に映っている。
雲はそれなりにあるが、それでも満天の星空が良く見える程晴れていた。
ただ1つ、変化があるとすれば。時折オーロラのような輝きを見せるドーム状の結界が視認出来る事ぐらいか。
「…あの時のアレか。ドームを突き抜けていった」
「たぶん、そう。おっきなけっかいができてる。――しまをすっぽりおおえるような」
用いられたのは『ラ・ダ・リーシェ』メンバーの魔力だけに留まらないのだろう。
外出制限を設けて尚も、『フェルク・レスタム』を予定通り進行させた理由を少年少女は実感する。
周囲を見渡しても、終わってまだ間もない音楽祭の余韻に耽っている観光客ばかりで。
あれだけ居た怪生物の姿は何処にも見当たらない。
同時に、自分の非力さをジンは身に沁みて感じるのだった。
握り拳を震わせながら。隣を歩く義妹へと声を掛ける。
「なァ、ユイカ」
「なに? お兄ちゃん」
「上手くやれたかな、オレ達」
どうにもならない困難や敵は、今後も立ち塞がるだろう。
言い掛けた言葉を呑み込みつつ、ジンは今日の立ち回りが最善だったかどうかを結華に尋ねた。
結華は考える素振りを見せつつ、数秒沈黙し。それから返答した。
「…上手に出来てたら、それで良いの?」
幼い少女から投げかけられた言葉は完全に予想外で、それでいて今のジンに響いた。
僅かに動いた左手は硬直し。やがて頭を掻いた。
「……分かんねェな、今は。でも、そうだな。『諦め悪く生きる』だったなァ」
「くじけてほしくないの。お兄ちゃんには」
「くじけるって…そう見えてたか?」
「うん」
即答に呻きながら固まる。その隣を結華は黙々と歩いていく。
ある程度歩いた後に、彼女は振り向き。その星無き空に似た双眸がジンの姿をまじまじと見ていた。
「たちどまったっていい。なやんだっていい。でもくじけないで。お兄ちゃんはお兄ちゃんらしいやり方で。――その上で、わすれないで。みんながいる、って事」
それは助言か呪縛か。答えを示さないまま夜は更けていく。
次回更新は1週間後、その後に週1更新になります




