第3話 『異変』あり、されど…
ジンが校門前にたどり着いたのは、朝礼の30分前。遅すぎず早すぎでもないようを意識した、妥当な到着時刻だった。
白と黒とが半々に分けられた独特の髪色だが、校門前に立つ教師は咎めない。その髪が地毛でありジンの意思を尊重している為。
軽い挨拶をして通過し、姿勢を正して歩いていく。堂々とした様は普段からの積み重ねに依るものだが、存在感があるらしく周囲の目を引く。
談笑していた生徒も企み事をしていた生徒も真面目に振る舞う生徒も緊張で固まる。異様ながら毎度の事でジンは退屈そうに通り過ぎた。
ジンの視界から外れるや否や。大きな、安堵のため息が次々聞こえてくる。これも聞き流し、段差を登る足取りは下駄箱に来た。
廊下。2階に続く階段。教室前。入学してから普段通りの光景の数々を目にした上で、教室へ。
開けたところで同級生の数人と目が合う。が、その殆どが直ぐに視線を戻した。
自分の席に着き、ジンは慣れた所作で鞄の中身を整理し始める。教材を次々取り出す中、軽快な足取りで近づく人影1つ。
「おーはよっ。ジンくん」
手を止め、顔を上げた先には机の脇から覗き込む少女の姿が。爽やかな笑顔を浮かべる彼女の名は箕早 シノ。
焦げ茶のポニーテールを揺らすシノもまた同級生である。
「…シノか。毎度毎度オレに絡んで楽しいかよ?」
見ないふりで流せばどうなるか。1年前から知っているジンは否が応でも返事をする。
気後れを露わにするのは、シノの背中に向けられた奇異の目の数々を意識しての事だった。
「それもあるけど。朝から色んな人と挨拶出来たら嬉しい、でしょ?」
「はァ、否定はしねェけども」
「キミってほら、見てて飽きないし」
「なんか珍獣みてーだなァ」
「えー? 珍獣なんて思ってないよ。個性的な人だなって思うけど」
「個性的、ね……」
褒められている気がしない。ジンは会話の中でそう思った。
教材を机に入れたところで、再びシノが喋る。
「ね、最近良い事あった?」
「何だよ急に」
「ジンくん、ここ最近雰囲気変わったなーって。みんな怖がるから全然気づいてないけど」
つぶさに見てくれている。シノの事を邪険に扱えないのにはこうした部分もあった。
隠し事にするでも無く、彼女に明かす。
「まァ、良い事と言えば良い事か。義理の妹が出来た」
「へぇー。どんな子?」
「年端もいかねェんじゃねェかな。紫色したヤツだ。1週間前に引き取ったんだよ」
「かわいい子なの?」
「さァな。ただ、変なヤツでもある。事あるごとに姿が変わるからな」
ジンにとって、結華の姿が変わる現象は既に見飽きた光景であり。発動条件の不明なままだがこれを深堀りする気は無かった。
ただ、そうした性質を持っている。漠然とした認識で居候を受け入れている。
「それは確かに変わった子だね。今度会いに行っても良い?」
「オレが決める事じゃねェが。…まァ会うんならアイツの頼みを聞いてくんねェか? アイツ、姉を探してるんだよ」
「お姉さんを?」
「アイツの記憶を頼りに作った似顔絵がこれだ。アイツも聞き込みしてるが進展無しだと」
もののついでで持ってきた蓮音の似顔絵を見せる。すると、食い入るように似顔絵を見た。
少し似顔絵から顔を離すと、ほっこりとした顔を浮かべる。
「とってもかわいい。この人って魔法使いだったりするの?」
「どうだか。でもアイツ魔法使いっぽいしな、そのレンネさんから教わってる可能性はある」
「へぇ〜…」
他のクラスメート達の喧騒に紛れつつ、二人の会話は弾む。
「この島じゃまず見ない子だね。ああでも私達より年上? なのかな?」
「年上かどうかなんてオレも知らねェな」
「それで、なんでこの絵を持ってきたの?」
「少しでもアイツの力になれたら、と思ってな」
泣いている姿を見てはいないが、泣きたい程の状況下であるのを思わずには居られない。居候として迎え入れたからには尚の事。
「…放っておけっかよ。生きてるかも分かんねェのに、心細く思ってるのは他でもないアイツなんだからよ」
脳裏によぎるのは両親の葬儀。死に目に会えなかった己自身が居るからこそ、赤の他人だろうと結華の困り事を無視出来なかった。
これを示す切実な眼差し。同級生の心を動かすには十分な態度だった。
「分かった、私も協力するよ。人手は多い方が良いでしょ?」
「ああ、助かる。…っと、もう朝礼か」
「うん、また後でね」
チャイムが鳴り、担任教師が教壇に立つ頃には全員席に着いた。
出席を取る中、窓辺の席に居たジンは外の異変に気づく。
空に罅が出来ていて、その罅が次第に大きくなっている。中学校の敷地内では無いが、目視可能な程には近かった。
周囲を振り向く。が、ジンの他に異変に気付いている人物は居なかった。
(一体、何が起きてるんだ…?)
説得出来る自信が無く、また与太だと一蹴される可能性が高いと踏んだジンはどうする事も出来ず、冷房の効いた部屋でただ一人席に座ったまま向き直る。
すると、空の罅割れは消えていた。見たのは幻だと告げるかの如く。
それで胸を撫で下ろせる…筈も無く。目に映る現状が嘲笑うかのような悪意の含むものだと思えてならなかった。
何より気がかりなのは一人出歩かせた義妹の存在。か弱い訳では無いと知りつつも心のざわつきは収まらなかった。




