第26話 フェルク・レスタム② 朝・『ボルテージ』はより上がる
遮光カーテンの隙間から差し込む光で、ジンは起き上がる。
上体を起こして早々、無意識に出た大欠伸から昨夜にしていた事を思い出す。
2日目参加アーティストをネットで調べている内に、興味関心は流れに沿って『ラ・ダ・リーシェ』へと移っていき、関連記事等を読み耽っていたら遅くなってしまっていた。
『ラ・ダ・リーシェ』。本日の一番最後にして2日にかけて開催される音楽祭『フェルク・レスタム』を締め括る役を任された大本命の7ピースバンド。
素顔が謎に包まれた覆面変装集団は、やはりと言うべきか主な活動記録以外は不明なままだった。ただ、ミュジ市の中央にある一等地に居を構え暮らしているという情報はあったが。
部屋の壁に掛けた時計を見る。時刻は7時17分を指しており2日目昼の部が始まるにはまだ早い。
エツコは既に起きて朝の仕込みをしているだろうが、結華はまだもう少し眠っているだろう。そう思い、昨夜の続きとばかりにベッドの上で『ラ・ダ・リーシェ』の情報を調べる。
ジンが身支度をして部屋を出るのは、この30分後の事だった。
能力への理解を深める為の訓練は、医者からの異常無しの診断を受けてからより熱が入る。
まずは基本の形となる上腕骨を生成、棒術のように操る動き。グラフィティや大きなキャンバスに絵を描く事がある故に培われた基礎運動能力と長い得物による棒術もどきはとても相性が良かった。
骨を振り回す、骨で突く、上段や下段からの振り下ろしや振り上げ、骨の長さを活かした足払いと骨を当てる動きから鍛錬は骨を利用した足技へ移行する。
骨を突き立て、振る勢いを活かした回し蹴り。骨に掴まった上で繰り出す蹴り上げ。更には突き立てた骨を蹴り上げて手で掴み取る動きなど、骨を直接武器にする基本形を応用した立ち回りを練習した。
適当なところで一旦切り上げ、今度は能力そのものを活用する段階に移行する。ジンが左の手のひらを下に向け、真っ直ぐ伸ばすと、そこから骨が続々と出てきては芝生の上に転がった。
今度は注ぐ集中力を強め、生み出した骨の数々を操るイメージを頭に浮かべる。すると、散らばっていた骨は独りでに浮かび上がり、1つの形へと組み上がった。
閉じていた目を開く。視線の先に、少々不格好ながら案山子のような骨の塊が出来上がっていた。
「まァ、最初はこんなもんか。こればっかりは試行回数重ねねェとなァ…」
ジンとて最初から絵が上手かった訳では無い。幼い頃から好きで描き始めそこに学びを、技術を取り入れ今の画力へと伸ばしていった。
求められている要素が異なるだけで、極めたいならば研鑽を積む他無い。実際に試してみてそれを確信する。
案山子もどきから数メートル離れ、再び骨を構える。今度は振る勢いで骨を投げ飛ばした。
投げた骨は回転しながら真っ直ぐな軌道を描き、そのまま案山子もどきへ直撃する。
するが、少しだけ後ろに倒れただけで破壊どころか破損にすら至っていない。
上へ跳ね跳んでいき、落下する骨を遠隔操作し、手元へと引き寄せる。こうして握り直した骨にも欠損は見られず、結局魔法で作った骨の頑強さを証明するだけに終わった。
同じ骨が衝突したところで傷1つ付かないのか、あるいは別の理由があるのか。参考例になりそうな物が無く、巨大人型を倒した時の記憶を掘り起こすも当時の骨が無傷だったかどうかも覚えていない。
「はァ……素振りばっかしても仕方ねェか」
骨を投げるだけでなく、骨同士を衝突させて飛び道具のように扱う事も可能なのは能力を会得するに至ったあの日の時点で分かっている事だ。
まだ案山子もどきを量産する方が鍛錬になるのでは、と思い、額の汗を拭いながら案山子もどきを分解し、骨を消滅させる。
ジンが家の中へ戻ったのは、もうすぐ9時を迎える頃だった。
『――臨時ニュースです。ミュジ市警察署が緊急の記者会見を行いました。中継映像を繋いでいますのでご覧下さい』
屍守家のダイニング。テレビに映るニュースキャスターが淡々と告げ、画面の内容が記者会見の場に切り替わった。
明らかに高い役職に就いているであろう数名の警察官が深々と頭を下げた後、予め席へ置かれていた資料を読み上げる。
資料を持った時、中央の席に座る男の手が僅かに震えた、ソファでくつろぐジンはそんな気がした。
『ええ、島に住まう皆様並びに観光客の皆様におかれましては本日夜8時から10時までの間、外出を控えていただきますようお願い致します。現在開催中の『フェルク・レスタム』に関しては市役所並びに運営委員会との協議の結果、当初の予定通り進行いたしますのでどうかご安心下さい。夜8時から10時までの間バレルドーム内へいらっしゃるお客様におかれましては、その間バレルドームの外へ出ないようお願い致します。また、軽食や飲料の無料配布も行いますのでドーム内の売店含めご利用下さい。繰り返し、申し上げます――』
『フェルク・レスタム』期間中に外出制限を設ける旨のようだが、その理由が明らかになっていない。
中継映像は繋がっているが、示し合わせているかのように理由を問う声は無かった。
外出制限、『フェルク・レスタム』の予定変更は無し、それからドーム内での軽食と飲料の無料配布を伝える旨を復唱し、それから映像はニュース番組のスタジオへ戻り、通常通りのニュースの読み上げへ移った。
朝食を終え、昼の部が始まる10時に外出し、結華を連れてバレルドームへ向かう予定だったジンは突然且つ歯抜けのような出来事に面を食らう。
内容の理解は出来たが、それでも腑に落ちない臨時ニュースに気を取られていた。
それこそ、歩いて隣に座ってきた結華を、彼女が声を掛けるまで気付かなかった程に。
「お兄ちゃん。お口ひらきっぱなし」
「…あァ。ちょっとそうなるくらいの事があってな……」
口を閉じて、眉を解す。少し悩んだ末、幼い義妹へと問いかける事にした。
「なァ。夜だけ外出禁止って言われてどう思うよ?」
「どうして、って思う」
「だよなァ。普段から出歩かねェなら尚更だ。んで、やってるイベントは予定通り進めるって来たもんだ」
「がいしゅつきんしの間、外でなにかある?」
「警察署がわざわざ会見開くくらいだ。そりゃァ望ましくない事が起こるだろうな…」
そして、その心当たりはある。つい最近に警察署に属する組織の世話になったジンならば尚の事。
数日の間に遭遇した異形の数々が、昨日に限っては見当たらなかった。これが無関係とは言い難い。
「――『べモン・ベルス』。あいつらがその時間帯に襲ってくるとしたら?」
「それはたいへん」
「外出禁止が必要なくらいの量は居るだろうな。だから、家屋に居てくれ、と」
前例に無いとてつもない規模での襲撃が予想される。それを考えるだけでジンは身の毛がよだつのを感じた。
語られない裏事情の予測が立った事で、次に疑問が浮かぶのが『フェルク・レスタム』の予定通りの進行だ。文明の産物を模倣する怪物連中が徘徊する時間と夜の部が被るが、それでも進行する理由は何なのか。
食事を無料で配ってでもドーム内へ客を引き止める姿勢が、これを導き出すヒントとなった。
「ミュジ市は『フェルク・レスタム』であの怪物連中を誘き寄せるつもりか?」
『べモン・ベルス』が模倣する産物の破壊を目論む習性を持つ事を考えれば、必然的に辿り着く推測。
運営委員会はともかくヨウヘイですら把握している『べモン・ベルス』の特徴を市役所が知り得ていない筈が無い。つまりは、何らかの算段があってこの方針を取っている。
決定的な事が起ころうとしている。会場の盛り上がりへ比例するように。どういう訳か自分でも分からないまま、ジンの口角は上がる。
「なァ、今日のバレルドーム。今度こそレンネさんの手がかり掴めるかも知れねェぞ」
「このきをのがす手はない、ってこと?」
「――そういうこった」
昨日での熱気を鎮めるどころか更に高めようとする刺激的な1日が始まる。そんな予感をジンは抱いた。




