第25話 フェルク・レスタム① 夜・『また明日』のおまじない
『フェルク・レスタム』1日目の昼の部が終わり、そこから更に3時間が経過した17時。
生中継は現地時間18時からの再開である為、電子掲示板の数々はニュースや動画広告を映し出している。
それ故か、夕暮れ時の繁華街は異なる様相の賑やかさを見せていた。縁日としての側面も持つからか、出店の数々が騒がしさに負けない声量で店の宣伝をしている。
シノと結華はジンに奢ってもらったバナナクレープを歩きながら食している。
前に訪れたケーキ店の物とまた異なる甘味を口にし、結華はその新鮮さに興味を示していた。
「ユイカちゃん、お味はどう?」
「あまい味とほどよくすっぱい。生地もやわらか、こんなのもあるんだ」
「元の世界じゃ食べたこと無いんだっけ、こういう甘い物」
「うん。お姉ちゃんがそれとなく、おしえてくれたけど」
「あこがれたりしたの?」
「うん。でも、お姉ちゃんが教えてくれたのは、もっと大きかったような?」
「そうなの…?」
「おっきなうつわにいっぱい。これを食べるんだって」
「お姉さん、何者…?」
衝撃的な思い出話に尋ねたシノがたじろぐ。ジンは似顔絵の姿を思い出しながらその女性がとんでもない大食らいであるという情報を付け足し、「裕福な家庭の育ちなのか?」と考えた。
朱色から徐々に暗くなっていく空を見て、結華は立ち止まった。
「今日はお姉ちゃん、見つからなかった」
「…そうだな。色んな場所を見て回ったが、特に手がかりは無かったな」
日中の内にビラ配りをするのも1つの手ではあった。ひょっとすれば観光客の中に蓮音の事を知っている者も居たかも知れない。
物は試しと昼食後に3人で実践してみせはしたが、今は祭日の真っ只中。『フェルク・レスタム』の生中継に敵う算段が無かった。
付き添いの大人も居ない為に、中学生2人と児童1人が如何にちっぽけな存在感であるかを思い知るだけに終わった。
屋外での効果は薄い。ならば、次は屋内で試すべきだろう。そう思いながら、ジンは視線をライトアップされるバレルドームへと向ける。
その目線の先を、シノもまた追いかけた。
「今日は招待客しか入れない。けど、明日は一般公開だから誰でも入れる。行ってみるんだね、ライブ会場に」
「そうだ。ライブの熱気には勝てねェだろうが、やってみるだけはある。明日はこれで行こうと思うが、今日はどうする?」
繁華街も街灯が次々灯っていき、夜の風景に切り替わろうとしている。
もう少しだけ街に残ってビラ配りを続けるのも選択肢ではあるが、ジンは敢えて2人に尋ねる。
だが、ジンの考えとは裏腹に結華もシノも乗り気で無かった。
「おそくなると、おばあちゃんしんぱいするかも…」
「――ごめん! 夜から友達と遊ぶ約束でさ!」
2人の返答を見て深追いをすべきか否かを天秤にかけ、直ぐ様に判断を下した。
「そうか。なら、今日は解散にするか。シノも長々ありがとうな」
珍しく『べモン・ベルス』が出現しない1日ではあったが、頃合いと見てジンは解散しやすい雰囲気を作る。
彼の気遣いを察して、シノは深々と頭を下げた。
「こちらこそ、ありがとう。じゃ、またね」
「シノお姉ちゃん、ばいばい」
ジンも結華も手を振りつつ、人混みのその先へ消えていくシノの背中を見送る。
再び2人に戻った事で、少年と幼い少女は顔を見合わせた。
「そういえば。おばあちゃんへのおみやげ、きめてない……」
「オレは明日でも構わねェと思うが、忙しくなるかもな。今のうちに見ておくか?」
「うん、そうする」
夜が近付いてきてはいるが、人の往来は激しい。タルチのようにはぐれる事が無いよう、小さな手と少し逞しくなった手が繋がる。
彼らは進行方向を出張販売の雑貨店へと定めてゆったりと歩く。その様は仲の良い実の兄妹のようだった。
「おばあちゃんってまじょなんだっけ」
「あァ。何でもこの島でも高名の魔女なんだと」
「ふしぎなどうぐとか、あげたらよろこぶ?」
「モノにもよるんじゃねェかな。バアさんなんちゃってを嫌いそうだしな」
「分かった。じゃあ、がっかりさせないもの、えらぶ」
「魔力が見えるから、目利きが出来るってか? それだったらオレも試してみるかな」
「わたしたちなら、きっといいものえらべる」
「だと良いな。じっくり見てみようぜ」
雑貨店には色とりどりのグッズが規則的なようで大雑把に並んでいる。
最近になって扱えるようになった魔力を見る目を活用し、それぞれが自身の小遣いで購入する品物を1点ずつ、選び抜いたのは完全に日が沈んだ後の事だった。
◇◆◇
「それで、オマエ達が選んだのがこれらだね」
19時を過ぎた頃に、休憩として家に戻ってきたエツコと帰宅したジン達はキッチンのテーブルを囲み。
テーブルの上に乗った2つの、それぞれが包装された箱が並べられ、それらに一同の目線が行く。
「あァ、開けてみてくれ…」
「きっと、うれしくなるもの、入ってるはず」
「オマエ達が選んでくれたモンだ、喜んで受け取るさね」
促されるままに包装を破き、中身の箱を開ける。
まずは、結華の選んだ方から。それなりの大きさの箱から取り出されたのは、程良く装飾の施された腕輪だった。
「これは、年季のあるマジックアイテムだね」
「うん。おばあちゃんににあうと思って……」
「良い代物を見つけたじゃないか。ありがたく受け取っとくよ」
綻んだ顔を見せ、実際に装着した事で結華もまた微笑みを浮かべた。
そして、流れるようにジンの番が回ってきた。包装を剥がした箱は、結華の選んだ腕輪が入っていた物と比べるまでもなく大きい。
箱を開けた途端、エツコは目を剥く。中に入っていたのは包丁セットだった。
1本1本、刃に特殊な紋様が描かれた物で、計7本、形状も長さも異なる包丁が箱の中に配置されていた。
「この包丁……オマエが自分の目で選んだんだね?」
「あァ。ちょっとばかし目が利くようになってな。それで…」
エツコは包丁の数々を眺めつつ神妙な面持ちを見せる。
突然の静寂にジンは冷や汗を浮かべたが、直後に払拭される。
エツコの言葉が、郷愁から来るものだと分かったから。
「……キョウジが初めて誕生日を祝ってくれた日の事を思い出すよ。あの時も、魔力を感じ取れるようになったあの子がこうして、自分で選んだ贈り物をくれた。似てきたね、ジン……」
「そうか……」
キョウジとは、ジンの父親の名前だ。
生まれる以前の思い出話は滅多に聞く事が無い。
ジンもエツコも、既にこの世を去ったジンの父親へと思いを馳せる。
物悲しい雰囲気に、結華だけは平常のままでいる。
そんな時に、点けてあったテレビから『フェルク・レスタム』生中継映像が流れ、夜の部5組目の演奏が始まった。
雰囲気を吹き飛ばすような曲調を耳にし、2人とも思い出に耽るのを止めた。
「…まぁ、今日は祭りの日だ。悲しんでばかりじゃ悪い」
「この辺にしとくべきか」
「そうさね。この包丁も良い物さ。大事にしとくよ」
脱線こそしたが、渡した土産は2つとも高評価で締め括られた。
話しやすい空気になった事で、結華も会話に混ざる。
「今日は色んな事があった。まほうのつかいかたを学べたり、人さがしを手伝ったり」
「その様子じゃ、楽しめたようだね」
「うん。とっても、楽しかった」
『フェルク・レスタム』の生中継と共に、夜は深まっていく。




