第21話 フェルク・レスタム① 昼前・『トラブル』にご用心
「アッ、ヨウヘイダァ。今日も様になってるネェ」
「ヨウヘイさん、こんにちは…」
「はい、ユドゥさんにタルチさん。こんにちは」
軽く手を振る青色の少女ことユドゥと、背を正しつつもおずおずとした様子の抜けない黄色い少女タルチとの挨拶をまず交わす。
小学校高学年程の体格の彼女達だが、市長室所属職員の中では最年少のヨウヘイにリラックスした様子で応対していた。何度か交流した事による慣れもあるが、地上世界の年齢に換算して年が近い事がプラスに働いている事が大きい。
それぞれのにこやかさで接する、海洋生物または海に関連する特徴を持つ彼女達とその同族の事を『深魔族』、あるいは『魔深族』と呼称する。
この世界――地上世界と合わせて表裏を成すもう1つの世界『魔深界』の住人であり、地上世界と大差のない文明を築き上げている。
そんな彼女達が、3人の内唯一転移能力を持つタルチが接続する、表の世界へと遊びに来ているのだ。世界中にはまだ広まっていない事実ではあれど、少なくとも市長側の人間達は歓迎の意志を総意としていた。
当然、資料等で『魔深界』の存在を熟知しているヨウヘイは、青と黄色の2人の体温を持参していた非接触体温計で測定し、症状の兆候も見られない事から記録用紙のチェック項目を次々埋めて行き。最後の、健康状態を示すチェック欄の『健康』の箇所にチェックする。
タルチの項目も埋めたところでユドゥからは「相変わらずマメだネェ」と軽口を笑って流し、次にマゼンタの少女のロギィを見る。
「そういえば、挨拶がまだでしたね。こんにちは、ロギィさん」
「…ねぇ、またクマが増えたんじゃない。ヨウヘイ」
「えっ? …そうでしょうかね?」
目を逸らしてはぐらかそうとするが、図星である。ここ最近の異変事件処理で残業を含めた業務の平均時間が1.5時間程伸び、家で過ごす時間は前に『オヒメサマ』3人と会った頃より更に減った。
19時を過ぎても家に帰れない日はこの2週間の間ほぼ毎日となっており、また、家に帰っても肉体疲労と精神的ストレスから十分に休めず前日の疲れを翌日に持ち越す、という日も増えてきている。
実際、目の周りの黒ずみは濃くなってきていた。お節介焼きの側面があるロギィが心配するのも無理からぬ事である。
「ちゃんと食べて、眠れてるんでしょうね?」
「一応は…」
「出来てるヤツの言う事じゃないでしょ、それ……」
年齢の差から気を遣われる事は無いが、体調面で気を遣われては本末転倒。面目ない、という気持ちでヨウヘイは項垂れる。
一方で、ロギィは労うように微笑みを見せた。
「でも、そういう日々の頑張りがあるから今こうして来れてるのよねワタシ達。いつも、ありがとうねヨウヘイ」
「ロギィの言う通りだネェ。ありがとヨウヘイ」
「ありがとうございます…」
「皆さん…どういたしまして」
与えられる温もりを受け取り、その上でロギィの検温も行った。
3人のチェックが無事完了したところで、工程は次の段階に移る。
「では皆さん。滞在許可証の提示をお願いします」
ロギィ、タルチ、ユドゥは正式にミュジ・シャニティ内全域への滞在が許可された『深魔族』であり、顔パスでも島の法律上問題は無いのだが、証明書を提示してもらえた方が円滑に進めやすい。
また、警察とのいざこざを未然に防ぐ為の対策でもあった。3人の少女はそれぞれが持つ海洋生物をモチーフとしたバッグからそれぞれの滞在許可証を提示する。
2つ折りのケースに収められたカードで、3人分の許可証を預かり本物である事を確認する。
「はい、問題ありません。お返ししますね。ようこそ、ミュジ・シャニティへ!」
『オヒメサマ』の3人以外の相手でも唱えている定型文だったが、肩の重荷が取れたからか、何時もより調子の良い声で彼女達を改めて出迎えた。
それから少しして、時刻は11時前。『ゲート』出現地点より600m程歩いた頃合いで再びロギィはヨウヘイに声を掛ける。
「ねぇ、今日は毎年恒例のあのイベントがあるわよね?」
「『フェルク・レスタム』ですね。もう始まってますよ」
「今年は確カ、歴代最大規模を更新するってネェ。海の向こうから前よりも大勢のアーティストが来るって聞いてるケド」
「そうですね。今回は彼らも含めた総勢40組で行います。彼らもパフォーマンスに魔法を用いますから粒揃いになりますよ」
概要を読み上げるような応対が少し気になったロギィは問いかける。
「ヨウヘイの好きなアーティストは来てるの?」
「ミフェッシアさんは今回は来てないですね。いつか呼べるかなぁ」
ヨウヘイの言うミフェッシアは全国を股に掛ける女性の有名アーティストであり、今の時期は世界の西側で公演に勤しんでいる。
『フェルク・レスタム』にも出演オファーがあったものの、スケジュールが合わないという理由で断られてしまった。
彼の声の少し落ち込んだ調子を耳にし、ロギィはフォローを投げる。
「呼べるわよ。ミュジ市のエイキョーリョクなら、きっと」
「多忙なので、毎年スケジュールが合わないと聞くんですよね。向こうも来たいと思っていれば良いですけど…」
ヨウヘイとロギィ達がミフェッシアの話題に持ちきりな一方で、会話に参加してないタルチは見慣れない店の数々に気を取られていた。
「気になるもの、いっぱいある……」
タルチの呟きから、既に3m程の間隔が空いている事にユドゥが気付き、注意を促した。
「タルチ、タルチ。あんまりヨソ見してるとはぐれちゃうヨォ」
「ま、まってぇー!」
ユドゥの一瞥で我に返ったタルチが急いで合流しようとしたところで。
「皆さん、ちゃんと付いて来てくださいね〜」
案内人に誘導されたツアー参加者達の列に阻まれる。
突然の出来事に動揺したタルチの足は止まり、増々距離が離れていく。
「正午が近いですけど、どこか飲食店に行きますか?」
「まだもうちょっと時間をつぶしたいわ。どこかいい場所無いかしら?」
「待ってぇー!」
「ネェ、タルチの大きな声聞こえなイ?」
「もう、タルチは何やってるのよ?」
「待ってぇ……」
「いい場所…繁華街の外れの辺りはどうでしょう? あそこならまだ空いてるでしょうし……ん? あれ?」
「……」
違和感に気付いたヨウヘイは段々顔色を青くする。
彼の異変にユドゥとロギィもまた気が付いた。
「タルチさんは何処に!?」
「さっきまで離れたトコに居たけド……」
「はぐれちゃったの!? ってか、何あの列?!!」
黄色い少女がはぐれてしまった事実に、一同は騒然となった。
その時のヨウヘイは、ロギィの指差すツアーの列に気を取られ魔力探知機能の事が頭から抜けていた。
「……ん? どうしたんだアイツ?」
とあるツアー団体が横断する光景が目に止まり、ジンはその手前――途方に暮れた黄色い少女に注視する。
取り留めのない会話に花を咲かせていた結華とシノも彼女の姿を見た。
次に気付いた事は、海の中で聞こえるような水音が聞こえてくる事だ。
近くに水場は無い。本来聞こえる事自体があり得ないが、呟くような音量で聞こえるのは紛れも無い事実だ。不思議な事に、生中継映像の音量に掻き消されてはいなかった。
そして、何より不思議なのは、水音の鳴り方と黄色い少女の口の開閉の仕方が一致している事だった。
何かに気付いた様子で、結華は進み出る。
「わたしなら、力になれるかも」
今の状況に於いて、黄色い少女が何に困っているのかは彼女当人と結華だけが知っている。
その言葉が、これを示していた。




