第19話 フェルク・レスタム① 朝・思惑は『入り混じる』
『トーヴァ・レクシス』の番が終わり、速やかに2組目の準備へと取り掛かる傍ら。
生中継映像を尻目にジンと結華は横並びに繁華街の通路を進んでいた。
「次のアーティストは『クマバチキコウ』。3人組のバンドでプログレッシブ・ロックをするんだって」
「ロックと言っても種類が違うのか」
「うん。さっきまで聞いたオルタナティブ・ロックとはちがうジャンル。かんたんに言うと、『どくじせい』のオルタナと『かくしんてき』のプログレ。……でも、さいきんの主流じゃないって聞くけど」
「懐かしのジャンル、って奴か? まァ何にせよ切り口が違うのか」
会話と共に、生中継では大きな拍手が段々小さくなっていく中、『クマバチキコウ』の1曲目『風を待ちながら』が開始する。
エレキギターの静かな入りから徐々に盛り上がりを見せる様は『トーヴァ・レクシス』のそれと似ているようで、リズムが大きく異なる。
センターに立つ、チェック柄の赤い服を着た男性の渋いボーカルが歌い出した時、結華は何かに気付いた様子を見せた。
「…! やっぱり、そうなんだ……」
「どうした、ユイカ?」
突然の事にジンが尋ねると直ぐ様結華の顔は彼の目と合う。そうして、口を開こうとした時――――。
「おーい! ジンくーん!!」
2人の視界の外から、ジンにとって聞き覚えのある快活な少女の声が聞こえてくる。
生中継のボリュームに負けない程の声量でしっかり聞き取れた声にジンが振り向くと、夏用の涼しげカジュアルコーデの焦げ茶髪少女が走って近付いてくるのが見えた。
手を振りながら2人に合流する彼女の名は箕早 シノ。ジンの同級生であり数少ない同年代の友人だった。
発言を中断させられた事を不服と思わず、上半身を傾けながら結華は問う。
「知り合い?」
「まァ、そんなトコだ。外で会うのは珍しいが」
「ジンくんも来てたんだね~。人多いから知ってる人に会えると安心するよ~」
そして、合流した事で結華とシノが初対面となった。顔を見上げている幼い少女を見て、シノの表情が一変する。
普段のストリートファッションとは異なる、紺を基調としたセーラーワンピース姿の結華を見て、興奮を露わにし。
「誰このかわいい子!? 前言ってた義妹さん?!」
「あァそうだよ! …でけェ声出さなくても聞こえてらァ」
耳に近い分、生中継映像の音響よりもシノの声の方が大きく聞こえたジンは耳を塞ぎつつ彼女の質問に答える。
容姿を褒められた事に少し機嫌を良くする結華は先より柔らかい顔でシノに自己紹介を始める。
「ななお ゆいかです。 お兄ちゃんの家でお世話になってます」
「そうなんだぁ。私、箕早 シノ! 気軽にシノって呼んでいいよ~♪」
「分かった。シノお姉ちゃん」
「シノお姉ちゃんだって! きゃ~♡」
女友達と化粧品談義で盛り上がっている時のような、テンションの上がり具合にジンは呆然とする。
このままだと勢いだけで結華に抱き着きそうになりそうな為、ジンは以前伝えた交換条件を改めて提示する事に。
「…おい、オレが前に言った事忘れた訳じゃねェよな?」
「――ああ、そうだったね。ユイカちゃん、行方不明のお姉さん探してるんでしょ? 私も協力するよ」
「ほんと? ありがとう。――この絵の人、さがして」
以前ジンが見せた似顔絵と同じ物を、結華の持っていたバッグから取り出され、シノは受け取る。
改めて似顔絵の絵柄を見て、シノの好奇の視線が今度はジンの方へ向いた。
「ねぇ、これってひょっとしなくても、ジンくんが描いたの?」
「あァ、そうだ。コイツの情報通りにな」
「お姉ちゃんそっくりに、しあげてくれた」
「やっぱりそうなんだね。絵柄が提出作品とおんなじだったからすぐ分かったよ。知らないところでお兄ちゃんしてるね~」
「からかうなよ…。頼られる奴の一歩になると思ったからしたまでだ」
「じっさい、たよりになる。今はもっと」
「へぇ~。出会った頃から詳しく聞いても?」
根掘り葉掘り尋ねようとするシノに対し、浮かない顔をしつつ結華の様子を伺うジン。
姉と引き離された当時を思い出させる事に気が乗らなかったが、当の結華は平気そうな顔をしていた。
「シノお姉ちゃんが聞きたいなら、いいよ」
返事も快諾そのものであり、彼女自身が問題無いと判断するなら良いか、とジンも割り切る事にした。
改めて、七桜 蓮音との出会いから、屍守家に転がり込むまでのいきさつを語る結華。
この間にも生中継は同時進行し、『クマバチキコウ』の2曲目『向日葵の道』に移行する。
長閑ながら何処か悲しい雰囲気を軸に、向日葵に囲われた道を進む様を表現した曲を耳にしつつ、結華は語り終える。
聞き終えたシノは気になる事を幾つか質問した。
「違う世界ってどんなところだった?」
「よくはおぼえてないけど、おそろしい感じのするところ、だった気がする。お姉ちゃんもわたしも何かに見つからないようにかくれてた」
「ふーん…。ジンくんと会ったのはいつの事?」
「その日は5月10日だったから、13日前だったはず」
「そうなんだ……」
うんうん、と結華の過去を咀嚼するような素振りを見せるシノ。
対して、念の為とばかりにジンは問う。
「信じてくれるか、コイツの話を」
「…いきなり別世界だとか言われても分からない事だらけではあるけど、信じるよ。見つかるといいね、お姉さん」
「ありがとう。そういってもらえるだけでも、うれしい」
事情を知る味方がまた1人増えた事に、結華は安心を露わにした笑みを浮かべる。この表情にジンもシノも心が温まる感覚を抱いた。
それから時間は過ぎ、時刻は11時を過ぎる。
『フェルク・レスタム』を楽しむ内に、結華はある事実を切り出す。それも衝撃的な事実を。
「そういえば、お兄ちゃん。…音楽にはまほうがつかわれてるって、しってる?」
「えっ、そうなの!?」
尋ねた相手はジンだが、驚きの声を上げたのはシノの方だった。対するジンは半ば納得の行った様子で生中継映像を見て、「やっぱりな」と完全に納得する。
アーティストの周囲から溢れ出すもの、ステージに備わる各種装置から発生している明色の放射体。『トーヴァ・レクシス』の番の時も存在していたそれらが、正体が判明した事でより鮮明に見えてきていた。
「何となくだが、見えるモンがあるな。あれ全部魔法か」
「やわらかいもの。かたそうなもの。ゆらゆらとしたもの。マレオルトフィになってから、気付いた」
魔法に関する適性を持つ者同士の会話に、シノはついて行けないと感じる。
だが、何となく凄そうな話をしている、と自分を納得させる事にした。
同級生がそんな短い振る舞いをしている一方で、ジンは現在ライブをしている3組目のバンドのパフォーマンスを眺めながら、次の疑問へと辿り着く。
それは、ライブへの評価が群を抜いているからこそ、過ぎる可能性であり。
「魔法が用いられてるって事は、『ラ・ダ・リーシェ』も当然使うって事だよな?」
「うん。……けど、『ラ・ダ・リーシェ』は」
思い出すのは、ラジオで聞いた『ルミナス・ウェイブ』のファーストインプレッション。メインボーカルの力強くも繊細な声の裏で入り混じる特殊な音声。
水音のように聞こえるそれを、結華は確かに聞き取れていた。『歌詞の翻訳』に『呪文詠唱』を混じえたあの声を。
「それだけじゃない。そんな気がする」
『ラ・ダ・リーシェ』の出番はまだ遠い。それでも、結華はそんな高度な芸当の出来る彼らの正体が何なのか、徐々に興味が湧いてくる感覚を抱いた。




